第7話
エレナは会う度に、どんどん綺麗になっていった。元々可愛らしい顔立ちをしていたので、服装や髪の毛が整うとその可愛らしさに磨きがかかり、彼女の魅力は増していったのだ。
綺麗になったのは容姿だけではない。彼女の心も綺麗になり、自信に溢れているのだろう。それが、表情や立ち居振舞いに現れていた。
そんなエレナを日々監視し続けながら安心している自分がいた。
やはり、エレナは私とは違う。
初めは私と同じだと思っていたけど、彼女の願うことは小さなことばかりだった。私みたいに、人の心をコントロールすることなんてしない。
彼女が多く願うことは、『笑顔の溢れる1日になりますように』だ。その願い通りに、エレナは最近たくさん笑うようになった。
私は彼女にこう尋ねたことがある。
「もっと他に叶えたい願いはないの?」
「叶えたい願いはあるよ」
「何で?それを叶えて貰えばいいじゃない」
「それはね、最後に願うって決めてるの。私が叶えてほしいたった一つのかけがえのない願いだから」
「最後に……か」
「これは、セシアさんにも教えてあげられないの」
「そっか。それは残念」
最後に願うこと。想像もつかなかった。
でも心優しいエレナのことだ。きっと、素敵な願いに違いない。そう考えるとワクワクして、最後の願いを見るのが楽しみになっていた。
***
「セシア、ちょっと良いかしら」
ある晩のこと。屋敷から少し離れたところで星空を眺めていると小鳥たちに声をかけられた。
あの男の秘密を知ってからも、私は屋敷に住み続け、仕事も続けていた。なぜ逃げ出さなかったのかは、自分でもよく分からない。
ただ私のねじ曲がった性格だ。『逃げてしまえばいいじゃないか』と言われて、そのまま逃げてしまえば負けになると感じたのだろう。それに、そのまま逃げてしまえばエレナにも危害が加わるのではないかとも考えた。そうすれば、私は一生後悔して生きることになってしまう。
もう後悔するのは嫌だ。
その思いが、私をこの場に留まらせているのかもしれない。
「何?何の用事?」
「……ご主人様のことについて、話したいの」
「……」
そういえば、少し前に小鳥たちに、あの男が企んでいることを知っているかどうか尋ねたが、返事は返って来なかった。ちょうど、エレナが側にいたこともあるし、そこでは返事が出来なかったのだろう。それに、私も自分から再び尋ねることはしなかった。
きっと、返事を聞くのが怖かったのだ。
「前にセシアがご主人様のことを尋ねてきたでしょう?ご主人様が企んでいることを知っているのか?って。単刀直入に言えば……知っているわ」
「……そう。知ってたんだ」
「ええ、そうよ。……私たちも、最初にそれを聞かされた時には酷く驚いたわ。そんなことがあるのかって、信じられない気持ちだった」
「でも、私たちもセシアと同じように逃げ出すことはしなかったの。まあ、セシアが逃げない理由と私たちが逃げなかった理由は、全く違うでしょうけどね」
「……あなたたちは、命を救われたから逃げられないんじゃないの?」
「違うわ」
「じゃあ何だって言うの?」
「……ご主人様はね、かつての本の所有者だったの」
「……?」
頭の中が混乱していた。
かつての本の所有者ってどういうこと?あの男は、今現在、魔法の本を所有しているじゃない。
この世には、魔法の本は3冊存在していて、その内の1冊は私が、もう1冊はエレナが、残りの1冊は男の手元に残っている。確かその筈だ。
「ごめん、いまいち理解ができない」
「そうよね。じゃあ、こう言えばどうかしら?魔法の本は、本当は1冊しか存在していなかったのよ」
「……1冊……だけ?……つまり、魔法の本は1冊しか存在していなくて、その1冊をあの男が持っていたってこと?」
「そういうことよ」
「……じゃあ、私が手にした魔法の本は?エレナが持っている魔法の本は?どうして、この世に存在しているのよ?」
「……ご主人様が願ったのよ。……かつて1冊しか存在しなかった魔法の本に。魔法の本を、3冊増やしてくださいってね」
「……どうして?」
「……それはーーーー」
「ーーーーそれは僕から教えてあげるよ」
突然後ろから聞こえたその声に、私も小鳥たちも一瞬固まった。
何の気配も感じなかったはず……!?
振り向けば、あの男が涼しい笑顔を浮かべて立っていた。暗闇なのに、その表情は何故かはっきりと読み取れた。
「こんなところで何をしているかと思えば、僕抜きでそんな話をしていたなんてね」
「ご、ご主人様っ……これは、そのっ……!」
「べ、別にご主人様に秘密でという訳ではっ……!」
「別に怒っている訳じゃないよ。だから、そんな険しい顔をしないでよね」
落ち着いた声で、小鳥たちにそう話しかける男。頭を撫でられた小鳥たちだが、恐怖心は無くならないのかまだ震えている。私も、固まったまま動くことができないでいた。
企んでいることを聞いたあの日以来、この男を避けて生活してきたからだ。久しぶりに男を目の当たりにすると、声も出せない恐怖に襲われていた。
「だから、怒ってないからそんな顔をするなって言ってるんだよ。分かんないの?」
少し、怒気のこもった声でそう告げる男に、小鳥たちはすぐに答える。
「「……も、申し訳ありません……」」
「分かったならいいよ。……今夜は冷える。中に入ろう」
「「かしこまりました」」
バサバサッとすぐにあの男の肩に飛び立つ2羽。
「セシア、僕の部屋においで。少し昔話をしよう」
あまり気は乗らなかったが、これ以上男を怒らせないためにも素直に頷いておいた。
それに、1冊目の魔法の本のことも少し気になる。何故、男はかつての本の所有者であることを隠していたのか。何故、魔法の本を3冊増やしたのか。昔話を聞けば、何か分かるかもしれない。
悠々と歩く男の後ろを、私は静かについていく。冷たい風が、私たちの間を通り抜けていった。
確かに今夜は寒くなりそうだ。