第6話
「……セシアさん?」
「あ、はい」
「何かボーッとしてるけど大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
エレナの声かけで、現実世界に戻って来た。それでもボーッとしていることに変わりはない。それも仕方のないこと。今朝のあの男の言葉は、私の頭の中をぐるぐると回って離れないからだ。
それにしても良い天気だ。今日は雨が降る予定じゃなかったっけ?あ、そうか。エレナが今日晴れるようにあの本にお願いしたんだった。
「セシアさん、何かあったの?魂が抜けきってるような感じだけど」
「気にしないで。それより晴れてよかったね」
「あ、まあ、そうだね」
「うん、良かった良かった」
「……」
エレナは今どんな表情をしているのだろうか?それすら確認する余裕もない。とにかくあの男の言葉が頭から離れない。
先ほどまでその辺りを飛び回っていた小鳥たちが、私の両肩に一羽ずつ止まる。
「ねえ、セシア。あなた本当に様子が変よ」
「熱でもあるんじゃないの?」
「あなたたちは知ってるの?」
「「「え?」」」
エレナと小鳥たちの声が見事に重なる。エレナに関しては、小鳥たちの話していることも分からないので、訳が分からないのだろう。
でも、どうしても確認したかった。
「あなたたちは知ってるの?あの男が企んでいること」
***
時は少し遡り、場所は今朝のあの男の部屋。
「いいよ、教えてあげる。願いと永遠の関係をね。でも、それを聞いて逃げ出したら……どうなるか分かってるよね?」
その男の言葉を聞きながら、私はごくりと唾を飲み込んだ。逃げ出すほどのことなの……?
「僕の体には、魔法がかかっているんだ。どんな魔法かっていうと、不老不死の魔法さ」
「不老不死……」
「そうだよ。だから、僕の見た目はこんなにも美しいし、色んな人を虜にしてしまう。……まあ、セシア、君だけは違うようだけどね」
確かに異様なほど整った顔立ち、そしてほっそりとした体、纏う妖艶なオーラ、綺麗な声色。全ては、男が言った不老不死の魔法で作り上げられた物っていうことなの?
「さあ、ここで問題。その魔法は何によってかけられているんだと思う?」
「何に……よって……?」
「ヒントは、少し前までの君だよ」
少し前までの私……。少し前までの私は、魔法の本を持っていた。そこに願いを書き込んで……。……魔法の……本……?願いを……書き込む……。
「……まさか……!!」
私がどんな表情を浮かべていたのかは分からないが、男はまた声を上げて笑っていた。美しい顔が歪んでしまうほどに。
「そのまさかだよっ!!僕は君の願いによって魔法がかけられていたんだ!!君の願いは傑作だった!酷く醜く、自分勝手で……あまりに大きすぎる願いだった……!そんな君の願いはどんどん僕の体を美しくしていった……!笑いが止まらなかったよ……!」
嫌な汗が背中を伝う。絶望と怒りで体はプルプルと震えていた。
私の願いが、この男を生かしていた。私の大きすぎる願いが……この男をより美しくしていた。信じたくない事実に、まだ止まらない男の笑い声に、頭を抱えたくなる。しかし、うまく動くことが出来ない。
呼吸が荒くなる。目頭が熱い。心の中で黒く渦巻いた感情は、どんどん大きくなっていく。
「だから僕は君をこの屋敷に呼んだんだ!君みたいな人間が本を渡す相手は……より大きな願いを叶えるんじゃないかと思ってね……!そして、君は選んだんだ。……よりによって自分とよく似た女の子をね!」
止めてと叫ぶこともできない。右頬を伝う涙を拭うこともできない。自分の非力さに、男の言葉に腹が立っているのに、私は何もできない……!!
「その目……堪らないよっ……!……ねぇ、逃げ出しちゃえば?……そのまま涙を流して、私には関係ないって全て無かったことにして……逃げればいいじゃないーーーー」
ーーーーパシンッ!!
乾いた音が響いた。目の前の机に片手を置き、私は身を乗り出していた。ほぼ無意識の状態で、男の頬を叩いていたのだ。
少し驚いた表情の男。変わらず呼吸の荒い私。
「ふざけっ……ないでっ……!!」
ようやく絞り出した声は、小さく震えていた。
男は、叩かれた頬を押さえながら尋ねる。
「……それだけ?」
「これ以上っ……言うことなんてないっ……!!」
「……そう」
そのまま勢いよく立ち上がると、男の部屋を後にした。乱暴に袖で涙を拭っていると、後ろから羽音が聞こえてくる。そのまま両肩にちょこんと乗ってきた2羽は、いつもと変わらない調子で尋ねる。
「出掛けるのね!」
「エレナのところに行くの?」
「あの子の雰囲気好きなのよねー!何か最初の頃のセシアを見ているようで」
「それ私も思ってた!そっくりよね!エレナとセシアって!」
そんな2羽の会話に答えることなく、私は早足で進む。一刻も早く、この気持ち悪い空間から立ち去りたかった。
***
その質問をした瞬間に、小鳥たちの表情が変わるのが分かった。きっと2羽は、今朝の会話を聞いていたのだろう。だからこそ、わざと明るくあんな会話をしていたのだ。
ふと、視線を移すとエレナがあの本に何かを書き込んでいるのが見えた。
「エレナ……?何を書いているの?」
「セシアは、その小鳥の言っていることが分かるんでしょ?セシアの友だちみたいだし、私もその小鳥の言っていることが分かりたいと思って」
「と、友だちって……」
バサバサッと、耳元で大きな音がしたかと思うと2羽はエレナの肩へと飛んでいった。驚いた表情の彼女と私をよそに、2羽は嬉しそうに話し始める。
「エレナ!あなたって何ていい子なの!!」
「もう!本当に可愛いんだから!!」
「……あ、こんな声だったんだね」
「そんな願いを本に書いてくれるなんて、私たち嬉しすぎて泣いちゃいそうよ!」
「実際に涙なんて出ないけどね!」
「アハハッ!よろしくね小鳥さんたち」
無邪気に笑うエレナ。その穏やかな表情に、私の口角も自然と上がっていた。
エレナは、私とは違う。この子には太い芯がある。
私のように身勝手な願いなんて叶えたりしない。
あの男の思い通りになんてさせないんだから。




