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第5話



「セシア、おはよう」

「……おはようございます」


 目覚めて自室から廊下に出た瞬間、あの男は悠々とやって来た。昨日、『僕より後から起きるなんて許せない』と言ってきたので、少しでも早く起きたつもりだったが……これは、なかなか厳しそうだ。まだ朝日が昇ったばかりだというのに、男は私とは違ってスッキリとした顔をしている。この人、一体いつ寝ていつ起きているんだろうか。

 それでも彼は穏やかな顔をしており、怒っている様子は全くもってない。


「一緒に朝食にしないかい?昨日の話も聞きたいし」


 突然の誘いに焦る私だったが、落ち着いて答える。


「私、朝食はあまり食べないので遠慮しておきます。でも、私もあなたと話をしたいとは思っていました」

「……そうか」


 『話がしたい』その私の言葉に、少し嬉しそうな表情を浮かべる男。そういう顔もできるんだ……。そんなことを思いながら、彼の後ろをついていった。


***



 ゆっくりとティーカップに注がれる紅茶を見ながら、私は静かにソファーに腰をかけていた。あの男の自室に呼ばれて話をすることになったからだ。

 すごく良い香りがする……。鼻を通り、お腹まで届くその香りだけで満足している自分がいた。そんな私の様子を見ながら、ロールパンとクロワッサンを1つずつ皿に取り分けた彼は、私が座っている目の前の机に置いてくれた。その側には、先程の紅茶が入ったティーカップも添えられている。


「あの、私朝食はいらないって……」

「仕事をする上で食事を取るということは大切なことだよ。少しでも良いから口に入れておくこと、良い?」

「……はあ」

「……それとも僕の用意したパンや紅茶は口にしたくないとでも言いたいの?」

「別にそういうつもりで言った訳じゃないですけど……」

「ならいいよ。一人で食事を取るのも楽しくないから、少しは付き合ってくれないとね」


 彼はそのまま、私の向かい側のソファーに腰かけると長い足を組み、ティーカップを手にした。香りを楽しんでいるその姿も、やはり様になる。


「……それで?話したいことって一体何だったの?」

「え?ああ……まあそれは、もう少し後で良いんじゃないですか?まずは、そちらの話からでいいです」

「勿体ぶらないでくれよ。……まあ良い。とりあえず、昨日君が例の本を渡した女の子だったか?その子の情報を教えてくれ」


 一気に仕事モードに切り替わったのか、彼の口調も少し固いものになる。手にしたティーカップを元に戻し、話を始めた。


「情報ですか。まだあまり関わっていないので、推定の部分もありますが……名前はエレナ。年齢は14歳ぐらいでしょうか。髪の毛も身に付けているものもボロボロといった感じでしたね。体つきも不健康な細さでした」


「貧乏人といったところか?」


「それもまた違うようです。彼女は家族を全員亡くしています。唯一の頼りであった姉もつい最近亡くしたそうです。」


「なるほど、何があったんだ?」


「ここ最近流行している不治の病によるものだそうです。家族の中で彼女だけは、その病にかかりませんでした。彼女は一人ぼっちになってしまったと嘆いていました」


「なるほどな、それで食事もろくに喉を通らないっていうことか」


「それもあるでしょうし、生きている理由がない。死んでしまいたいとも言っていましたね」


「よく分かった」



 真剣な眼差しで私の話を聞いてくれた彼の様子に、私は少しだけ心を開けるようになった。



「それに彼女は、少し私に似ているとも感じました。纏っている雰囲気もそうですし、境遇も似ています」

「そんな少女だったから、魔法の本を渡す気になったってことだな?」

「まあ、そういったところですかね」

「渡してしまえば、あとはその子がどんな願いを本に書くのかが問題だな」

「そう、私が気になったのはそれです」


 私のその言葉に、彼は目の奥を光らせ、先程まで香りを楽しんでいたティーカップを机の上に置いた。そして、腕を組んでニヤリと笑みを浮かべる。


「何が気になったんだろうね?答えられる範囲で答えてあげるから言ってごらん?」


 威圧的な態度に少しビクビクしながらも、呼吸を整えて私は尋ねる。


「あなたは、最初に私に魔法の本を見せた時『私以上の願いを叶えようとする人物を見極めてほしい』そう言いましたよね。どうして私以上の願いを叶える必要があるんですか?」

「よく覚えていたね。でも言っただろう?それは僕の永遠のためだって」

「そこも気になる点です。昨日も言っていましたよね?永遠って。願いと、永遠と、何か関係があるんですか?」

「……アハハッ……!」


 突然響く乾いた笑い声。目の前の彼は、お腹を抱えていた。緊張でひどく喉が渇く。でも、紅茶を口に含む余裕なんてなかった。


「セシア……だから君は面白いんだ……!君をこの屋敷に呼んだことは間違いじゃなかったようだね」


 歪んだ笑顔を浮かべたまま、彼は続ける。


「いいよ、教えてあげる。願いと永遠の関係をね。でも、それを聞いて逃げ出したら……どうなるか分かってるよね?」




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