第4話
「おはよう。素敵な朝ね」
私の突然の挨拶に、目の前に座る女の子は目をぱちくりさせるばかり。幼い顔立ちに、華奢な体。胸元まで伸びた髪は、色んな方向にはねている。身に付けている服も破れた部分が目立ち、体にはたくさんの痣がある。
「……誰……ですか?」
「さあ誰でしょうね。隣座っても良い?」
私の言葉に彼女は返事をしなかったが、お構い無しに隣に腰かける。彼女は俯いて、こちらを見ようとはしなかった。
「何かあったの?」
「……」
「こんなところで、そんな格好してボーッと座ってたら目立って仕方ないよ」
「放っておいてください」
俯いた状態で、さらに向こうを向かれてしまう。
「セシア、この子に渡そうとしてるの?」
「完全に警戒されてるし、諦めた方がいいんじゃない?」
肩に乗っている小鳥たちは、小声でそう話しかけてきた。その言葉に答えることはなく、黙ったまま彼女の隣に座り続ける私。行き交う人々は、全くこちらを見ようとはしない。こんな異様な私たちのことを、誰も目に留めようとはしないのだ。
と、その時、ぐぅぅぅ……と彼女のお腹の音が鳴った。焦ったように顔を上げた彼女は、私の顔を見ると顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。
「お腹すいたの?」
「……昨日から何も食べてないから仕方ないの……」
「どうして?」
「……死にたいんだもん」
ぽつりぽつりと返事を返してくれるようになった彼女。その彼女の姿はどこか自分を見ているようで目が離せなかったのだ。
「こんなところで生きていたって……何も楽しいことなんてない。生きる理由が、私にはもうないの」
「生きる理由?」
「……家族は全員死んだの。皆、あの不治の病にやられて……。大好きだった姉もつい最近亡くなった。……一人取り残されるぐらいなら、私もその病で一緒に死んでしまいたかったっ……!」
震える声でそう言いながら、彼女はボロボロになった袖で目元を拭う。
正直とても驚いた。自分に似ているとは思っていたが、まさかここまで似ているとは……。ますます目が離せなくなってしまった。
「私と一緒だね」
「……へ?」
「私は交通事故で両親を……つい最近祖母を不治の病で亡くしたの。私には家族はもういない。一人ぼっちよ」
「……」
「一目見た瞬間、あなたと私は似てるんじゃないかって思って声をかけてみたんだけど、まさかここまで似てるとはね」
そこまで言って私は例の本を取り出した。彼女は、突然出てきた真っ白な本に釘付けになっていた。
「……何それ?」
「気になる?」
「……今のタイミングで出すくらいだから、何か特別なものなんじゃないかって思って……」
「大当たりよ」
そのまま本のページをペラペラと捲り、そこに何も書かれていないということも確認させた。彼女は首を傾げたまま、本から私の顔へと視線を移動する。
「これはね、魔法の本なの」
「魔法の……本」
「この本に願い事を書き込めば、どんな願いでも叶えてくれるの」
「何か信じられないな」
「最初はそうよ。でも、この本は本当に全てを叶えてくれるの。……いい願いはもちろん、悪い願いもね」
自分の過去を振り返りながら、私はその本を彼女の手に握らせる。
「死ぬ前に何か願ってみるといいよ。今、とりあえず何か書き込んでみれば?そうすれば、魔法の本の効果も分かるでしょ?」
「そう言われると難しい。……あ、じゃあ明日雨が降りそうだけど、晴れにしてほしいっていうのは?」
「いいと思うよ。それをこの本の1ページに書き込めばいいの」
「……分かった」
彼女は、本の背表紙のところに付いていたペンを取り外すと、膝の上に本を広げ、背中を丸くしながら文字を書き込み始めた。
彼女はこれからどんな願いを書き込み、どんな日々を過ごしていくことになるのだろう。私と同じように欲望の赴くままに生きるのか、それとも私とは全く違った生き方をするのか、それは全く分からない。
でも、同じような境遇である彼女に後悔だけはしてほしくないと、自然とそう思っていた。もし、彼女が間違った使い方をしようとしていた時には、監視者として教えてあげよう……そうとも思った。
「……これでいいの?」
書き終えた彼女の一声にハッとする。
「うん、それで大丈夫だよ」
「何かいまいち信じられないけど、とりあえず明日になるまで待ってみることにする。それで、もし明日本当に晴れて、願いが叶ったって分かったら……私は最後の最後にある願いを叶えてほしいの」
「……ある願い?」
「うん。それはまだ言えないけど、最後にはこの願いを叶えてほしい」
「分かった。じゃあ、その願いは最後のページに書くといいよ。その本のページ数分は願いが叶うから、慎重に考えながらね」
「分かった」
そこまで話をしたところで、2人揃って立ち上がる。彼女が本を渡そうとしてきたので、その本はあなたにあげると断った。
「あの、お姉さん」
「何?」
「名前教えて?また会って話がしたいから……」
「私もあなたとはもっと話がしたいと思っていたの。私の名前はセシアよ」
「セシアさんね。私はエレナ」
「エレナね。分かった。私は毎日この噴水の辺りをウロウロしていると思うからいつでもおいで。待ってるわ」
「ありがとう」
少しだけ笑みを浮かべた彼女、エレナは軽くお辞儀をして去っていった。その後ろ姿を見送ってから、緊張の糸が解けベンチに座り込んだ。
「セシア!お手柄じゃない!きっとご主人様も喜ぶはずよ!」
「今、その人の話はしないで」
「早くご主人様に報告しましょうよ!」
「はあ、言っても無駄のようね。分かった、一度帰ることにしよう」
重たい腰を上げ、またあの屋敷に向かって歩き出す。小鳥たちは嬉しそうに、私の回りを飛び回りながらついてきていた。