予想外
スマホがけたたましく鳴った。
ちょうど寝起きでテレビを見ていたから反応が鈍く、10コールほど鳴ってからようやく取った。
「おしおし?」
呂律がまったく回っていない。なんだよ、おしおしって。口を動かしただけで頭がガンガン痛む。昨日の夜飲み過ぎたせいだろう。
こんな昼近くに電話してくるのは、暇な野郎友達しか思いつかない。相手の反応を待ってみる。しかし、何十秒経っても一向に無言のままだ。
間違い電話かイタズラ電話だな、これ。スマホの画面をにらみ、刻む秒数を眺める。
1分ちょうどになったら切ってやろうと思っていたら、59秒を刻んだところで相手の声がした。
「北林くんの携帯ですか?」
なんと、予想外も予想外で女の声がした。慌ててスマホを耳にくっつける。
「はい、そうですけど」
「私、同じゼミの上林千重美です」
ああ、あの強制加入のゼミのね。茶髪でポニテの今どきっぽい娘だったけ。
「大学の講義室に忘れ物をしましたよね?」
忘れ物? なんのことだろうか。全然憶えがない。
「すいません、まったく憶えてないんですけど……」
「『中学を卒業してカツオの1本釣り歴3年の俺が、異世界に転生してしかもTSもして漁師を束ねるようです』のコミカライズですよ」
「え?」
ベッドから飛び降りて通学用のカバンの中を漁ったけどなかった。まったく気づかなかった。
「拾ってくれてありがとう」
「いえいえ、どうしましょうか」
壁に貼ったカレンダーを一瞥する。今日は土曜日だし、1回読んだから別に今なくてもいいか。
「申し訳ないんだけど、月曜日のゼミのときに渡してもらえたら助かるよ」
「わかりました」
「それじゃ、また月曜に」
耳からスマホを離す。実は話してる間にも頭がガンガン痛んでしょうがなかった。一刻も早く電話を切り上げて頭痛薬を飲みたい。
「あの……」
おずおずとした感じの口調がスマホからした。
「はいはい?」
「月曜に返すまでに読んでもいいですか?」
へえー、予想外だな。ゼミのフリートークの時間では、ラノベを読んだりやアニメ見たりせずに、日本のドラマや外国のドラマが好きって言ってたのに。
「いいよー。原作はラノベなんだけど、コミカライズもよく出来てておもしろいからね」
「わあ、ありがとうございます。私、大好きなんですよ」
あれ? 前に漫画原作の映画で、特に旬の若手俳優の甘酸っぱい恋愛が最高です! なんて力強く語っていたのに。これは予想外だな。
「あと、男同士のカップリングを想像するのがもう至福のときで」
予想外のカミングアウト。ああ、この人GHZなんだ……。まあ、そこまで仲良くないからショックは少ないけど。
ちょっと話を合わせてみようかしら。
「やっぱり、若いエリックとジャスティンがいいのかな」
どっちも細身で筋肉質。クールで実はヘタレなエリックと、俺様系なんだけど実は世話好きのジャスティンのカップリングは、その手の界隈では断トツで人気だ。
「あ~いいですねぇ~。でも、私はマットとコールが一番好きですね」
臆病だけどいざというときにやるマット。普段はめちゃくちゃおっかないけど、押されると弱いコール。前者は細身で後者はゴリマッチョ。うーん、予想外だ。
「でもでも、ジェイソンとダグも最近来てますよ!」
小柄な老人のジェイソンと年老いても紳士のようなダグ。って枯れ専もいけるのか!? 予想外を通り越してこの娘こっわ! めちゃくちゃヤバイ人ですやん……。
「あとは――」
「あ、ごめん着信が入った」
遮るように早口で言って、通話を終了させた。
頭が二日酔いと混乱で熱くて痛い。もうひと眠りしよう。そうだ、これは悪い夢だったんだ。予想外にもほどがある。
ベッドに横たわったときトントンとドアをノックする音がした。
「はいはい」
ドアを開けると予想外の人物が立っていた。
「実は近くまで来てたの。さあ、これから一日かけてカツオ漁師の良さを語り合いましょう!」
目をギラギラさせた上林千重美だった。
ちなみに『中学を卒業してカツオの1本釣り歴3年の俺が、異世界に転生してしかもTSもして漁師を束ねるようです』の略称がカツオ漁師なのである。
俺は気が遠くなるのをどこかで意識しながら気を失った。