おもちゃの理由
ぼくの名前はコロ。特別なクマの人形だ。
自分で考えて動く人形は珍しくない。そうじゃない人形の方が多いけど、他にもたくさんいる。ぼくはそんな中でも、もっと特別なんだ。
ナナの、ぼくの持ち主のお父さんとお母さんは彼女の事が大切で、たくさんお金を持っていた。だからぼくを作るよう頼むときに、色々と変わった注文をつけたらしい。
簡単には壊れない頑丈な骨、人間の大人よりも強い力、自分で自分を直せる頭の良さ。作られたぼくが言うのも変だけど、なんでこんな風に作ったのかさっぱり分からなかった。
普通じゃない材料もどこかから持ってきて、ぼくに使うよう言ったらしい。頭の中身や胸の中の電池なんかがそういうすごい部品みたいだ。ぼくを作った人も不思議がっていた。
その人はこうも言っていた。
「色々とお前は特別だけど、おもちゃの本分を忘れちゃいけないよ。こどもの為の、遊ぶこどもあってこそのおもちゃだ」
ナナのうちに来る少し前のことだ。とてもよく覚えている。
初めてナナと会った日は、彼女の四歳の誕生日だった。プレゼント箱の中で待っていたぼくは、箱を開けた彼女に自己紹介したんだけど、なぜかナナは泣き出してしまった。
後で聞いた事だけど、ぼくの体が思ったよりも大きくて怖かったらしい。
普通なら、ぼくらは持ち主よりもサイズが大きくなったりはしない。大体は子どもが抱えられるかもう少し大きいくらいだ。
ぼくは、その頃の彼女と同じくらい背が高かった。必要な機能をつけるために色々なものを詰め込んだせいでこうなったらしい。もっと小さく作ってくれれば良かったのに。
ぼくの見た目はナナは決めていた。お父さんから何の動物がいいか聞かれて、こんな風になるというイラストも渡されていたんだけど、絵だけじゃ大きさが分からない。目の前でぼくが実際に動いているのを見て、初めて彼女は怖いと思ったんだ。
ナナに怖くないと思ってもらうのは、本当に大変だった。
ボールで玉乗りとか、ダンスとか。気を引くために色々な事をしたけど、すぐには近寄ってもらえない。結局、彼女がぼくの大きさに慣れるまで待つしかなかった。
『コロ』って名前をつけてもらうまでは、一生仮の名前なのかと本当に不安だった。作った人が呼んでいた、部品の番号からとった数字の名前。今はそんな事、想像したくもない。
彼女と一緒にいる様になって、ようやくぼくは「ぼくが特別に作られた理由」を理解できた。彼女の近くには危険なものがたくさんある。彼女に近づくそういうものをどうにかする必要があるから、ぼくには色々な機能がついているんだ。
分からなくなった事もある。何でこんなに、ナナの近くには危険なものがあるんだろう? 怪我どころか、死んでしまうような危険がいくつもあるなんて普通じゃない。
理由は知りたくないし、知る必要のない事だったんだと思う。……もう、分からなくなってしまった。
ぼくは、彼女を守れなかった。
ナナのところに来て長い時間が経ち、彼女の背がぼくよりも大きくなった頃の事。ナナと一緒に乗っていた車が事故に巻き込まれた。
その時の事ははっきりと覚えていない。思い出したくもない。
ぼくはナナの為に作られた。じゃあ、ナナがいなくなってしまったらぼくはどうすればいい?
ずっと一緒だった彼女が死んでしまったこと、自分が動く理由がなくなってしまったこと、そのふたつでぼくの頭はいっぱいだったんだ、と思う。
気がついたら、外側をなくした状態で人の少ない場所を歩いていた。人形としてのフワフワした部分がはがれた、骨組みだけのがいこつみたいな姿。人が見たら不気味に思うかもしれないけど、あの時のぼくにはどうでもいいことだった。
悲しいけれど、外側以外に壊れたところは無い。もう使う必要のない、色々な道具もしっかり生きている。ぼくが普通の人形だったら、ナナと一緒に壊れる事ができたのに。
ぼくは、彼女をかばって壊れるべきだったんだろうか。彼女の両親はそれを期待して、ぼくを頑丈にしたんだろうか。
動いている理由、人間でいう所の生きる理由をなくしたぼくが行ったのは、ゴミ捨て場だった。自分で自分を壊そうという気にはならなかったけど、あの時のぼくはそうしなければいけないと思っていた。
人目を避けて辿りついたそこは、イメージしていたのとは違ってとても賑やかな場所だった。まだ使えるものを拾い集める人、ぼくのような機械やふつうじゃない姿の人も混じっている。個性的な外見ばかりなので、骨組みがむき出しのぼくも大して目立たない。
最初は、体が動かなくなるまでそこにいるつもりだった。だけど周りがうるさい上に、まだ動ける内からパーツを取ろうとする人がいて、そんな気は無くなってしまった。
特別に作られたぼくのパーツはたくさんのお金になるだろうから、欲しくなるのも分かる。でも、寝ころんでるところを勝手に分解しようとしてくるんだから、ひどすぎる。
寝ている訳にもいかない。かといって動き回るとエネルギーを使う。
そんな訳で、ぼくもゴミの中から使える物を拾い始めた。拾う側になっていればちょっかいを出される事はなくなったし、良いものが拾えればエネルギーや予備のパーツとかと交換できた。
人間でいう所の自殺をしようとしていたのに、何でこんな事してるんだろう。そんなことも思ったけど、まだ動いている内からバラバラにはされたくなかったから、そうしていた。
ぼくは、自分で自分を直せるように作られている。そういう事をするための道具がついているし、ぼくの頭にはそのための知識がたくさん入っていた。危険を察知するために感覚も鋭い。
だから、ぼくにとってはガラクタの中から良いものを見つけるのは簡単な事だった。そして何となくガラクタ拾いを続けているうちにお金持ち、というよりも物持ちになっていた。使うあてなんか無いのにね。
だから、そういうものは足りなくて困っている人や機械に分ける事にした。使わないのももったいないから。
ただ、それでも物が増えるスピードの方が速かった。みんないつも困っている訳でも無いし、ぼくはそれだけ良いものを拾うのがうまかったから。
そんな、集めた部品の使い道を考えていた頃に、ぼくは彼女と出会った。
あまり知りたくないことだったけど、何かに使うため作られる人間がいて、要らなくなったそれがたまにここへ捨てられるらしい。
顔は全然似ていないけど、初めて会ったときのナナと同じくらいのこども。
おもちゃが、人形がこんな事を考えるなんておかしい。でも、その時ぼくは「その子が欲しい」と思ったんだ。普通はこどもがおもちゃを欲しいと思うから、あべこべだよね。
ぼくを作った人の「こどもがいてこそのおもちゃ」という言葉。自分で遊んでくれるこどもがいる。自分が動き続ける理由がある。何てすばらしい事だろう。
ナナへの後ろめたさが無いわけじゃなかった。それでもぼくは、理由もなく動き続けているのが嫌だったんだ。
ごみ捨て場のみんなが気にしない、外側をつけていないぼくの姿。それを最初の頃、彼女は怖がった。初めて会った日のナナのように。
怖がられたままじゃ彼女といっしょにはいられない。だからぼくは、捨てられた人形をつぎはぎして新しい外側を作った。昔と同じようなクマの顔はあったけど、色がちょっと違う。昔は薄い茶色だったけど、新しいのは黒っぽい色をしている。
それをつけた日、少しだけ自分が「いらないもの」から「おもちゃ」に戻れた気がした。動く理由は無くしたままだけど。
昔のぼくと同じように、彼女は番号の名前しか持っていなかった。だれかに作られたものだからね。
名前を用意する必要があったんだけど、ぼくはそういうのが苦手で良い名前が思いつかない。ペットにつけるような名前ばかりが思い浮かぶ。だから、他の人に考えてもらうことにした。この頃のぼくはもう「自分でできないことを人に頼む」ことができる。
ここで知り合った人たちにちょっとしたお礼を持っていけば、良さそうな名前はいくつか考えてもらえた。いくつか上がった案の中からどれが良いか聞いてみて、彼女が選んだのは「ユリ」という名前。普通のこどものような名前、らしい。
名前のない彼女がユリになったので、ぼくも『ナナのコロ』でいるのをやめる事にした。あの日、「コロだったぼく」はナナと一緒に死んだんだ。
新しい外側の色から取って、これからは『クロ』と名乗る事に決めた。
ユリに必要なものを手に入れなければならなくなったので、必要なものが増えた。交換できるものはたくさんあるので、最低限必要なものだけなら大した負担じゃない。
でも、少し前のぼくみたいにただ動いているだけなら、それは「生きている」って言えない状態だと思う。ナナはよく笑う子だったけど、ユリはあまり気持ちが顔に出ない。
ぼくは、どうにかして彼女を笑わせたいと思った。その為にもっと色々な事をしたいけど、一体では出来る事に限界がある。
だからぼくは、拾ったものを使って仲間を作ることにした。ぼくと同じような「特別な人形」を作るのは無理だけど、普通の動く人形くらいならぼくでも作れる。
そうして作った一体目の仲間は、重いものやたくさんの荷物は持てないけど、物拾いならぼくと同じくらいにうまくできる。そういう風に作ったおかげで、探せる場所が広くなり良いものがたくさん拾えるようになった。
思ったより早く使った部品の元が取れたから、もっと仲間を作ってもっと色んなことをしよう。そう考えたのがトラブルの元だった。
一体や二体くらいならともかく、十体を超える仲間を作ったせいで近所で拾える良いものを根こそぎにしていたらしい。もの拾いは仲間たちに任せて、直せば使えるガラクタを修理していた所に他の住人達が文句を言いに来た。
あの頃のぼくは、そんなこと考えもしなかった。このごみ捨て場に捨てられるものの量はとても多い。だからぼくがちょっと多く拾っても他の人の分が無いなんてことは無いはずだ、と思っていた。
実際にそこまでひどくはなってなかったけど、ぼくたちが先に拾ってしまうせいで他の人が良いものを拾いづらくなってはいた。
もっとたくさん良いものを集めて、色んなことをしてみたい。けど、他の人に辛い思いをさせてまでそうしたいとは思わない。バラバラにされかけてもね。
だから、どうすれば良いかを話し合って、少しやり方を変える事にした。仲間達のセンサー部分を良いものにして、他の人達を手伝うこと向きの体に作り変えた。
「重いものが持てない」「持てるものが少ない」という欠点を人と組む事で埋めることができて、良いものを効率よく拾うことが出来る。拾ったものの一部をお礼にもらうことになったので、仲間達に直接拾わせていた頃よりも手に入るものは少なくなった。
そのことはちょっと残念だったけど、そんな事はどうでも良くなるくらいに良いこともあった。色んな人と触れ合うようになったからか、ユリが少しずつ笑うようになったんだ。
ぼくがユリを笑わせたい、笑わせなきゃダメだ。自覚はしていなかったけど、そう思っていたのかもしれない。人を頼れるようになったはずなのにね。
ナナを守れなかったからかもしれないけど、ぼくはユリを人に会わせようとしていなかった。彼女を笑わせるのに必要だったのは人との関わりなのに。
今ぼくがしているのは、「彼女を育てる」という事だと思う。人形のぼくがこんな事をしていいんだろうか、なんて考えた事もある。
でもここでは、余裕がある人がそうでない人の面倒を見るように、こどもを拾って育てるのも珍しいことじゃないらしい。人以外、ぼくみたいな機械に育てられたという人もいた。
「自分が何か」にこだわる必要なんて、無いのかもしれない。今のぼくは、自分でもなんだかよく分からないものになっている。『ユリのクロ』ではあるけれど、おもちゃがやらないようなことを色々やっている。
このごみ捨て場で暮らす人たちといっしょにいる内に、いつのまにかそうなっていた。
このままなら、動けなくなるまでに長い時間の余裕がある。
自分がなぜ動くのか、動ける内は理由探しを続けてみることにするよ。