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「梅の心臓を食べた事はあるか?」
彼は横から突然、その一言を放った。
「ええと、円君、だったっけ。梅の、心臓って?」
彼はこちらに顔を向けず、真正面の試合を眺めたまま、答える。
「梅の、心臓だよ。ほら、アレだ、梅の種を噛み砕くと出て来る苦いヤツ」
「ごめん、食べたこと、無いや」
僕は自分のユニフォームの裾を掴んでから、彼の方へ顔を向けた。
一方、彼はその柔和な顔つきを崩さず、首を捻る。左右に過剰に傾けるので、首が折れるのでは、と心配になった。
「アレはよ、苦いのに、居心地が良いんだ」
ゴリッ、と何かが割れるような音がして、やっと僕は彼が首を鳴らそうとしていた事に気が付いた。
「居心地、が?」
食べ物に対する表現として余りにも違和感が浮かぶ。それだけではなく、突然、しかも良く知らない人間に対して話す話題としてそもそも梅を持って来た事も、疑問を作るのに充分な程、不自然だった。
彼はそんな僕の気持ちなどお構いなしに、首を捻り続ける、やたらと長い首と、張り付いた笑顔は気味が悪く、不安を誘う。
「まあ、怖がるなよ。万年ベンチ同士仲良くしようって、話さ。君と、仲良くなれそうな気がしてさ」
「はぁ」
「何だよ。その気の抜けた返事は」
「これでも、頑張ってるんだけど」
ユニフォームの裾を、強く、強く、握りしめる。
彼は僕の返事を聞いて、軽く含み笑いをして、それから初めてこっちに顔を向けて
「これ、やるよ」
と、言った。
彼の掌には袋に包まれた梅のお菓子があって、
僕は、それを、何度も躊躇ってから取った。