力
子供のいた方向を見ると、渡り廊下を歩く漆黒の美人の姿が目に止まる。
「なんて事を言うの、あのお方じゃないの」
「違う、あのお方はあんな目してないっ!もっと優しい。あのひとは違うっ!」
「もう……。良いから遊んでおいで。母さんは仕事があるの」
子供の背中を押して、仕事へ取り掛かる。
渡り廊下を見ると、こちらを見つめる漆黒の美人がいた。
「……幼子は聡い。奴に知れてしまえば面倒になるな……」
呟くのと同時に少しの間何かを考えている。
いつもと変わらない姿だというのに、どうしてこんなに怖いと感じる?
漆黒の美人の視線の先にはわが子の姿がある。
見守っていてくれる。
それだけ。なのに、隠さないといけないと母性本能が警告する。
「 」
聞き取れないほどの小さな声と唇の動き。
指先がぱちんと小さくなった。
「え……?」
ぱん、ぱんと記憶から何かが消えていく。
やめて、やめてっ!
頭を左右に動かして抵抗してみるが、消えるほうが余計に速さを増して行く。
その何かはとても大事で大切なモノ。
何かは――。
消えるという感覚さえなくなり、強い睡魔と気だるさが意識と五感を奪った。
「か……」
助けを求めて伸ばした掌は母親まで数センチだった。
母親が手を伸ばせば掴めた。
ただ呆然と目の前を見つめていた。
一瞬で爪先から頭部までを包んだ炎は跡形もなく燃やした。
燃え跡から真っ白な炎が浮遊する。
一人だけではなく近場にいた数人の母子に起きていた。
「やはり、あれは不要だったな。本来に近いものを出せたな」
複数の炎を掌にまとめて空いている片手の指先に仄かな光が宿り、滑らせるようにして蝋燭のような弱い光を帯びた五芒星が描かれた。
白い炎は、幼さゆえにまだ成熟していない魂。
五芒星に炎をかざすと渦を巻きながら吸い込まれて、向こう側で人型となっていく。
二十歳前後で締まった体つき。女の丸みはなく、男だと判別できる。
闇のような褐色の肌に包まれた端整な顔つきでゆっくりとその瞼を開けた。
漆黒の美人を睨むように鋭い目尻の双眸は、血の色。
「名は空」
早口で告げると、札を取り出し呆然としている母親たちに札を投げる。
札は、母親たちに貼り付くと一瞬ビクッと痙攣したようになった。
そして、ぎこちない動きで燃え跡のを掃除する者や破損したものを片付けて行く者──後始末を黙々とこなしていく。
「一つ聞かせろ」
首筋に手を当て欠伸を一つしながら、空は跳ねたり屈伸したりし、身体の感覚を確かめていく。
「何だ?」




