02
ネロ・アフィニティーは痛みと重みに目を覚ました。ぺしぺしと頬を叩く感触。体にのし掛かる、決して軽くはない重量感。ネロはこの二つの感触を不思議に思いつつ重い目蓋をこじ開けた。そして絶句した。
「おきたのー!」
「おきたおきたー!」
目を覚ましたネロを見て嬉しそうにする五歳児と化したクリムとナディア。クリムの左手にはクリムと一緒に小さくなった結婚指輪がはめられている。服装だって二人ともいつも通りだ。しかし精神年齢と肉体のサイズが普段と違いすぎる。
「えっ……あ? ……クリム? と、ナディア?」
「あたりなのー!」
「おーあたりー!」
名前を呼ばれて嬉しそうにする幼女二人。ネロは戸惑うばかりだ。どうして二人はこんなサイズになってしまっているのだろうか。そんな疑問がぐるぐると渦巻く。
「あ、分かった。これは夢だ」
結果、現実を受け止めきれなかったネロはそう結論付けて再び目を閉じた。次に目蓋を開けたときには、こんな理解不能な状況ではなくなっているだろうと思いながら。
しかし、ロドルフォに『起こしてこい』と命じられた幼女二人が現実逃避の二度寝を許すはずがない。
「おきるのー! おーきーるーのー! おはようなのー!!」
「ネロくんあたしとあそぼー! おーきーてー!」
大声で叫ぶように言いながらユサユサと体を揺らす二人。腹の柔らかい部分にのし掛かった状況でそんなことをされたらたまったものではない。ネロは二人の体重がかかる度に「ぐえぇっ」と蛙の潰れたような声を出した。そして手をあげ、降参を示す。
「分かった! 分かったから! 起きるし遊ぶから二人とも降りてくれ!」
「はーい」
「はーい」
ネロの申し出に二人は素直に返事をすると、ネロが寝ているベッドから飛び降りた。そのとき、二人はネロの身体の上に立ち上がっていたため、ネロは内臓を潰され中身が口から飛び出るようなダメージを受けた。
「お、おぼぅ……」
謎の声をあげながら、ネロは腹をおさえつつゆるゆると身体を起こす。そんなネロの動きに焦れたのか、クリムとナディアはぐいぐいとネロのシャツの袖を引っ張った。
「はやくー!」
「おそいのー!」
子供一人では大したことがなくても、二人の力が合わされば五歳児というのはそれなりに強い。急に引っ張られてバランスを崩したネロは、気が付いたときにはベッドから無様に転がり落ちていた。それでも二人はネロのシャツを引っ張ることをやめないので、結果としてネロは幼女二人に上半身を裸にされてしまうことになる。シャツのボタンを全開にしていたのが原因だった。
「ちょっ、服! 返せ!」
幼女二人を前に、上半身裸の二十過ぎの男。どう考えても変態的な構図にさあっと青ざめたネロは、慌てて二人からシャツを取り返そうとした。それが間違いだった。ネロの慌てる姿を見て、幼児である二人の悪戯心がくすぐられないわけがない。
「おーにごっこするひと、こーのゆーびとーまれー! はーやっくしないと、にげちゃうぞー!」
この指止まれ、なんて言いながらナディアは指を出す気は更々ない。鬼ごっこをすることはたった今確定してしまったのだ。
「ネロがおになの!」
ビシッとネロに人差し指を向けると、クリムとナディアはきゃっきゃと楽しそうにしながら、ネロのシャツを持って一目散に逃げてしまった。
「待てってば! こら!」
ネロは叫びながら、上半身裸で部屋から飛び出す。部屋の外にはもう二人の姿はなかった。
それは本気の隠れ鬼のスタートだった。




