01
ビアンコ・ネーヴェは困惑していた。
自分をオモチャにきゃっきゃとはしゃぐ三人の子どもの相手もろくにできずに、現状をどう打破したものかと悩んでいた。
「どうしたのさ、お兄さんになにかあったのかい!?」
「……ああ、スメールチさん。すみません、呼び出したりなんかして」
慌ただしく扉を開いて中に入ってきたスメールチ・ザガートカ・アジヴィーニエを見ると、ビアンコは助かったと言いたげな表情でため息をついた。普段強気な彼女がこんな顔をするなんて珍しい。
しかし、それよりももっと珍しい顔をする人物がいた。スメールチだ。
「……え? ロチェスさん……? ナディアちゃんに、お姉さんも……え?」
素早く右手を口許に当て、三人を指差しながらビアンコと三人を交互に見るスメールチ。本人は隠しているつもりだろうが、ニヤついているのがおさえきれていない。ビアンコの視線に気付くと、スメールチは直ぐに顔を背けた。
「何ニヤついてるんですか、このロリコン」
「酷いな、お兄さんじゃないんだから。僕は幼女には興味ないよ」
「じゃあなんで顔を背けるんですか」
顔を背けたままスメールチは黙りこんだ。返す言葉がなかったのだ。
沈黙を肯定と受け取ったビアンコは、ため息をついてから一先ずこうなった経緯を訊かれる前に説明することにした。
◇
「――つまり、ナディアちゃんが割ったグラスを誤魔化そうとしたと」
「そうなりますね」
一通り話を聞き終わると、ロレーナを肩車しながらスメールチはやれやれとため息をついた。
「時間を戻す魔法、ねぇ……。なんで最近やっと魔法を使い始めたひよっ子がそんな大きな魔法を使えると思ったんだか。そりゃあ暴発するよ。バカなんじゃないのかい?」
「ごもっともですが、説得力が皆無ですよ。喜んじゃってるじゃないですか」
「……僕は子どもが好きなんだよ」
スメールチは普段の無表情ではない。肩車をされてはしゃぐロレーナにいくら頭を叩かれようとも、髪を引っ張られようとも、へにゃりと笑ったままだった。本当に子どもが好きなようだ。ビアンコはそんなスメールチを純粋に気味悪く思う。
「おー、なんだスメールチも来たのか」
そこへロドルフォ・レトゥールの声が飛んでくる。声のした方を見てみると、そこには両肩にそれぞれクリムとナディアを乗っけた三十路の男がいた。声は明らかにロドルフォなのだが、ロドルフォは今五十代だ。まず若さが違う。しかも、ロドルフォの声を持つ男は短髪だった。今のロドルフォはすっかり禿げてしまっている。だからスメールチは、その男がロドルフォではないと判断した。そして戸惑う。
「えっと、この人は……」
「ロレーナさんの魔法の被害に遭ったロドルフォさんです」
ロレーナが、ナディアが割ったグラスをなんとか魔法で誤魔化そうとしたとき、そこにはクリム、ロレーナ、ナディア以外にロドルフォもいた。たまにはネロのカクテルが飲みたいと気紛れを起こし、開店前なのに来ていたのだ。
若かりし日の姿となったロドルフォの隣にはふわふわとブランテがついている。ブランテの表情はとても複雑そうだった。
「二十年くらい年齢が戻された訳だが、今までの記憶はちゃんとある。ただ、この三人は五歳児の精神状態だからな。確証は持てん」
自分の状況を冷静に分析した結果をロドルフォは言う。その後肩の二人を下ろし「さ、ネロのやつを起こしてこい」と言うと、クリムとナディアは嬉しそうにネロの寝室へ走っていった。
「そういえば、ビアンコさんは無事だったんだね。あと、ブランテ君も」
「そうだな。あくまでも物理的に作用する魔法だったんだと思うぜ?」
顔を引っ張られながら問うスメールチにブランテは笑いながら答えた。「じゃなかったら、ネロまでちっちゃくなってビアンコちゃんの存在が危うかっただろうしな」
子どもの魔力がどのくらいのものかは分からないが、一人の人間と大差無いような半自立式の分身を作れるとは到底思えなかった。それに、この『戻る』という現象が、どの程度今の状態を残しているのか、どの程度戻されたのかがわからない。肉体だけが完璧に戻っているのだとしたら、ネロはヴァンパイアじゃなくなる可能性だってある。そう考えると、ビアンコの存在はとても危うい状況におかされていたのだ。自分に作用せずに良かったと、消えずにすんで良かったと、ビアンコは密かに胸を撫で下ろしていた。
「ねーねー、いつまでロチェをなかまはずれにしてぇ、むつかしーおはなし、してるのー?」
構ってもらえないことにさっきから不満を抱いていたロレーナがとうとう我慢の限界を迎えた。どうやら一人称は『ロチェ』らしく、その舌っ足らずな口調が本当に幼児化させているのだということを実感させた。
「ああ、ごめんね」
スメールチはしゃがんでぶーぶーと文句を言うロレーナを下ろしてやる。そして立ち上がろうとすると、ロレーナの小さな手がスメールチの袖を引っ張った。
「スメおにーちゃん、ロチェとあそぼ?」
「……うん、遊ぼうか」
天使のような顔で言われて断れるはずがなかった。