全軍前進:ミューゼルとお店③
暇になった。
現在時刻は12時前。正直、貴族様にご飯を奢ってもらう心算でいたのだ。それがダメになった今、自力で昼飯を調達する必要がある。
「そういえば」程度の気持ちでシークレットガーデンに行ってみるが、やはり盛況。
ただし、前回は店内の客に対し待ち行列は3倍と少な目だったのに対し、今は6倍と、恐ろしいことになっている。
最後尾の客は何か串肉らしきものとドリンクを手にしていることから、待ち時間が終わるころには15時になりかねない状況というのが嫌でも理解できた。半ばの方々はきっとすでに食事を済ませているだろうね。
少し気になっている事として、この店の値段設定に注目してみることにした。
ミューゼルがお店を持つとして、この質をどの程度の値段で提供するのか、それが気になったのだ。将来はライバルになる店の調査は基本なので。
ケーキセット、銀貨3枚。
日本ならファミレスで5~600円程度、それなりに本格的な店で1500~2000円程度。高級な店ならもっとするはずだが、この店は市街地にある一般的(?)な喫茶店としては、かなり高い。
逆に、富裕層がこぞって押しかける店というのも変な話だ。今店に並んでいるのはこの街の一般的な平民のはず。並ぶ人が着ている服の値段からそう判断できる。ミューゼルも2回ほど来たことがあるようだし、この店はある程度お金がたまった婦女子が一度は行くお店として有名なんだろうか?
ちなみに、一般的な飯屋の値段は一食銅貨5枚が普通です。味を無視して腹を満たすだけなら1枚でもいいけど。
ゲーム的には金貨2000枚とかで取引される一番おいしいケーキ類だが、原価が安くなったことをベースに手間賃もすべて等比で考えれば、こちらなら銀貨4枚が妥当だと昨日考えていた。
リピーターが多く、確実に毎日売り切れる保証があるなら、この値段を維持するのは不可能でもないのか?
ゲーム時代も消費期限が設定され、時間経過による劣化があったので、売れ残りはあったし。それ込の値段設定とすれば……。
この辺の考察はミューゼルとした方がいいかな? あの子はいろいろ考えているだろうし、話題の提供になる。
今日もいい天気だし、ミューゼルがいるであろう屋台に顔を出してみますかね。
っと、いけない。お昼がまだだった。
昨日の店でケーキを単品一つテイクアウト。
シークレットガーデンに負けないこの味と、俺のケーキを比較しながら食べてもらおうか。
そんなことを考えながらミューゼルのところに顔を出す。
ミューゼルは前回と同じ白のワンピースにエプロンという格好でパンケーキを売っていた。
が、今日はあまり売れていないのか、ストックが溜まっていて、次のパンケーキを焼いていない。
逆に隣の人の焼きそば屋は好調で、客が切れることなく買っていく。
たぶん、近くでやっている授業の生徒が入れ替わったんだろう。前回好調だったのは、女生徒が多かったとか。おそらくそんな理由だろう。
遠目に見てもミューゼルの前には空間ができ、客がよりついていない。ミューゼルは何度もこういうことを経験しているんだろう、何事もないように笑顔で声を出している。
「パンケーキ、焼き立てのパンケーキはいかがですか~」
「1枚ください。銅貨3枚でしたよね」
「ありがとうござい……ます。焼き立ては熱くなっていますので、気を付けてください。ちょうどですね。ありがとうございます」
とりあえず1枚買ってその場で食べる。
焼き立てとは言っていたが、そこまで熱くないし。近場で買っておいた冷えた牛乳で飲み込む。パンケーキが熱くない分、ちょっと残念な組み合わせになってしまった。
俺がこうやって店の近くで食べていると、他の人がふらふらと寄ってくる。場所を開けるために俺が退くと、それなりではあるが客が来るようになった。ちらっと店の奥を確認すれば、残りの材料はまだ十分にある。ここで何もせずに待つのも無駄だし、少し時間を潰してきた方がいいかもしれない。
2時間ほど人目に付かない場所で装備の点検や手入れを行い、軽めのアイテム製作をしてきた。
現在時刻は16時前。ミューゼルの屋台はもう少しで完売だろうというところまで材料がなくなっていた。
「お疲れ様。調子はどう?」
「先ほどはありがとうございます。もう少しで完売なんですよ」
1枚買っただけで大げさな。
在庫と材料はなく、今焼いている分で完売のようだ。前回よりもハイペースで売れているようだ。
「えぇっと、その……」
「うん?」
「また、少しお話しできませんか?」
お客様に向けていたのとは違う笑顔を向けるミューゼル。
俺はそこまで積極的じゃない方だと思うが、女性陣は数少ない男を捕まえるために必死になれるんだと思う。
去年は父親の後ろに隠れようとした女の子が世間という荒波にもまれ、肉食獣の目をするようになっていた。
クエストそのものの進行は楽になるんだけど、少し冷や汗が流れおちた。
「すみません、ワガママ言っちゃって」
「あはは。たまにならいいよー。こっちも少し用事があったし」
恐縮するミューゼルにパタパタと手を振ってなんでもないことだとアピール。
こっちも狙って動いているので、そこまで恐縮されることでもない。
場所は前回と違う、持込みありの喫茶店を選んだ。
近くに露店があるので、休憩所に近い方式の店はこのあたりに多い。飲み物代のほかに席料も取られるが、運営しているのは学園なので、店の入らなかった場所を有効活用しているのだと思う。
「用事、ですか?」
先ほどの発言から、不思議そうな顔をするミューゼル。
「そうそう」、と軽く返し、アイテムボックスから出したと分からないように持っていた、大きめの紙袋からケーキを取り出す。保冷剤も一緒にしてあるので、少しひんやりしたそれをテーブルに並べる。
片方は俺のお手製なので箱はシークレットガーデンの使いまわし。勘違いさせないようにロゴは消してある。
もう片方があの地味なお店で買ったやつ。「三笠亭」という三度笠に股旅という純和風ロゴの書かれた箱に入っている。
「試食をお願いしたくてね。こっちが俺の自作で、こっちは俺がおいしいと思ったお店のケーキ。値段は秘密」
なんとなくではあるが、俺のケーキにストロベリーとチョコのアイスを添える。
バニラを自分用にと皿に盛り、それを食べながらミューゼルの様子を窺う。
ミューゼルは躊躇いながらも俺のケーキから口をつける。アイスの分、早めに食べた方がいいのは確かだし。
一口ケーキだけを食べ、次はチョコアイスと一緒に食べる。そしてストロベリーアイスを食べてからケーキを食べると、何か考え込んでしまった。
俺のケーキを食べ終えると、次は三笠屋のケーキ。
これもシフォンケーキだが、ケーキに甘味がある、ごく普通のケーキ。いや、とても美味しいんだけどね。
それをミューゼルは一口一口、ゆっくり食べる。途中、ここで頼んだ紅茶を口にし、ゆっくり食べる。
食べている間のミューゼルは、無言。
美味しさに打ち震えることはなく、ただ真剣に食べたものがどうやって作られているのかを検討している。ちょっと怖い。
食べ終わり、紅茶の残りを飲んで、一息ついたミューゼルがいきなり倒れる。いや、特に大きな音はしなかったので伏せただけか。何かもぞもぞしている。
「これ……アルヴィースさんが作ったんですよね」
顔を上げることなく尋ねられる。とりあえず肯定する。
そうしたら動きが止まった。「うぁー」とか意味不明なことを言っているが、何かまずかっただろうか?
なんと声をかけていいか分からず、オロオロしているとミューゼルが勢いよく顔を上げた。
「もしよかったら、明日の朝、うちに来ていただけませんか」
読んでいただきありがとうございます。
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8月11日 誤字修正
× 美味しさに振るえる →
○ 美味しさに打ち震える




