盤外戦闘:没交渉
目を覚ませば、さわやかな朝。
起きたら隣に誰かがいるとか、そんな事は一切なく、ごくごく普通の平穏な朝。
ここ最近は心労が溜まる朝が多かっただけに、とても気分良く目覚めた。
昨日リアと話をして、少し疲れる事があった。
ケーキを買ってきた理由を聞いてみたのだ。
「アルは食べたそうにしてた。でも、待てずに諦めた。だから買ってきた」
つまりはレミットさんと一緒にいたところを見ていた訳でして。
俺が全く気が付かない距離から、マップの範囲を広げる≪遠視≫、遮蔽物を無視して索敵を行う≪透視≫、任意の場所から音を拾う≪盗聴≫の併用でかなり遠くから見ていたらしい。
確かに一緒に行動している間にマップの索敵範囲とかを把握されたのは分かるよ。でもそれ、完全にストーカーだよね?
これは迦月が「受け入れてもらうためにもっと相手の事を知るべきじゃ」「気が付かれぬように観察する事で本音が見えてくる」などと吹き込んだことが原因だ。
どうやらリアは、変な方向に進化しているらしい。迦月の入れ知恵で。
超長距離からの観察は俺の視線恐怖症にも感知できなかったので、昨日も一昨日もまったく気が付かなかった。
監視される事にデメリットはあまりない(強いて言えば無駄に探し回ったことぐらいだろう)が、あまりいい気分にはならないので、止めるように言った。止めるように言ったら素直に聞いてくれたからいいけど、ちょっと怖い。
とりあえず、迦月がどうしてそんな入れ知恵をしたのか問い質す必要があるよな。
リアが世話になっていたようだしお礼に訓練でも付き合って、そのついでに聞こうかな。
うん、何をするか考えたらちょっと楽しくなってきた。
昨日の事を思い出し、ケーキが焼きあがるまで今日の予定を考える。
約束したのは朝のうちにターシャさん達にケーキを振舞う事、公爵家縁の人と昼前に会う事の二つ。
まずはケーキを焼いて、ターシャさんらの反応を見てからミューゼルに渡すかを決める。
公爵の使いっぽい人に会って、話が終わればミューゼルのところへ。一昨日の屋台に行けばいいだろう。
ターシャさん達は今朝のうちに話し終えてしまえば今日は出向く必要は無い。
午後はある程度暇が出来るから、レミットさんを探すか迦月たちと訓練をするか。
今日の予定はこんなものだろう。
時間が経ち、ケーキが焼きあがる。
上品な甘さを上手く使ったシークレットガーデンとは違う、僅かにコーヒー豆を混ぜた苦味のあるシフォンケーキにしてみた。添えたバニラアイスとパウダーは甘いものにしてある。
ケーキ自身に甘みは無いが、アイスで冷えた口の中を柔らかく温め、アイスの甘さを際立たせる。ケーキを食べさせるのではなく、バニラアイスを食べさえる為にケーキを添えたというのが実情だ。
ちなみに、アイスはバニラ以外にストロベリーやチョコも用意してある。基本はバニラだと思っているので、ターシャさん達にはバニラを出すが。
俺が朝食を終え、一回部屋に戻ってアイテム作りに勤しんでいるとターシャさん達がやってきた。昨日の約束だからとケーキを出し、アイスを添えて振舞う。二人は幸せそうにそれを食べてくれた。
よくよく考えると、この時間に食べると朝ご飯扱いされてしまうのだが、健康を考えるともうちょっと何か出した方が良かったか?
しばらくケーキの感想を聞き、その後はミューゼル攻略のための打ち合わせに入る。
今日の服装とお土産のケーキ、他には見つけた喫茶店の話をどう使うかを考える。
正攻法すら分かって無い恋愛初心者への講義を受け、各種準備を整え一人出かける。まずは公爵関係者との、頭の痛くなりそうな顔合わせである。
昼前に昨日の場所で、という事だったので11時から待機してみる。
待機をしてから5分と経たずに迎えが来た。もっと早くから監視しているんだろうね。ついでに、周辺のどの方角から来たのかを知る事で俺の拠点を知ろうとしている可能性もあるけど。
お迎えさんは密偵さんではなく、それなりにいい服装のお嬢さん。直観だが貴族っぽくは無い。だが礼儀正しく動きも優雅。なんとなくお嬢さんの使われ方が見えたけど、そこはいいか。
連れていかれた先にあるのは馬車。外から中を覗えない、機密性の高いもの。19世紀のイギリスあたりにでも出できそうな、ファンタジーっぽいけど時代考証を無視したデザイン。あんまり拘るところじゃないけど。
それに乗ると、先客という名のお使い担当者が待機していた。
「細かな時間も無駄にすべきではない。こちらは貴公の持つマジックアイテムを出来る限り譲ってもらう心算だ。何を対価とすればよいかね?」
「貴族様はもっと平民を見下してるかと思いましたよ」
「それは誤解だ。貴族とは国とそれを支える民を守る為にいる。見下すなど、表立ってすれば相当楽しい刑罰を受ける事になる」
事実かはともかく、一般的に高貴なる者の義務とやらでも持っているんだろうね。領民のいない土地の王様ほど虚しいものは無いし。
お使い担当者さんはいきなり、名乗りもせずに要件を切りだしてきた。
普通、お貴族様(笑)なら、長ったらしい家名と、これまた長い自画自賛を行うと思っていたのだが、いい意味で予想を外された。家は関係ないって可能性が高いわけか。
「今、手元に自然治癒力と魔力回復を僅かに強化する指輪が4つある。1つ金貨2000枚。出せるなら全部出すよ」
まずは吹っかけてみる。
こちらのマジックアイテムの値段は調べられなかった。
なので適当に吹っかけて、その時の売れ具合から運ぶしかない。懐から売り物を取り出し、相手に見せる。
「では全部いただきましょう」
担当さんはこっちの作ったものを一通り観察するとテーブルの上に戻してあっさり言いきった。
俺が出したのは回復力を本当にわずかだが増やす程度の代物。そもそもHPの時間経過による回復は量が少ないので、それを10%増やしてもスズメの涙程度しか変化しない。MPならそれなりに意味はあるけど。ちなみに原価は金貨200枚程度で、そこまでレアな素材を使った覚えは無い。
それを日本円換算8000万円と言ってみた訳だが。
さすがに値切りなどの交渉が入ると思っていただけに、ちょっとびっくりしている。
「よい買い物でした。もし今後も売り物があるようでしたら貴族区のアルコック邸まで来なさい。身分証明書の代わりになる、オルコック家の紋章入りメダリオンを渡します」
この人は忙しいのか、俺に金貨8000枚相応の大小様々な宝石を渡して俺を馬車から追い出し、そのまま去っていった。
こっちの技術を見せるために作ったなんちゃって商品に近かったのだが、この世界ではちょっとオーバーテクノロジーに近い状況のようだ。
ここまで速断するには何らかの意図があったのだろう。
予想はいくつかできる。
おそらく、相場を知らない奴と思われ、正しい相場を知られない為に相対する時間を削ったのが一つ。
こっちの予想を狂わせる事で人物評をするので二つ。
冷静さを奪うので3つ。
俺に交渉で優位に立った状態で終わらせるので4つ、かな?
こっちの言い分を完全に呑む事で、よい縁を作るきっかけにしたというのなら最後は追い出さなかっただろうし。
そこだけちょっと微妙なんだよね。
何がやりたかったのか。もう少し考えてみて、出来ればフィリスに相談するかな。
俺だけでは貴族の考えを理解しきれない。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、日本語の間違いなどありましたら指摘をお願いします。
8月10日 誤字修正
× アイス甘さ →
○ アイスの甘さ
× アイスを添える手振舞う →
○ アイスを添えて振舞う




