幕間:双子の姉は振り返る
(なんとかなりましたぁ~~)
全身から力が抜け、私は思わず床に座り込んでしまいました。
心臓がうるさいぐらい大きな音を立てて鳴り響く。指先一つ動かす事ができないほど、筋肉が弛緩しています。
だけど思考だけは今後の事をずっと考えている。どうすれば私たち姉妹が幸せになれるかを。
私の名前はシエル。
双子の姉で、ルースニア王国ガロウィン公爵家の隠し子です。
「惜しかったなぁ」
「何が、です?」
「ん? もちろん親友の初夜を見学出来なかった事が、だよ?」
話しているのは親友のルリエ。公爵家に仕えるブライスト子爵家の末娘で、私の護衛でもあります。いや、正確には、私の種違いの姉なのですが。
「全て計算通りです。あの人があのまま私を襲う可能性は低かったのです。だから、私の勝ちなのです」
「うんうん、アルヴィース君にはたくさん恩返ししないとね」
「ええ、ノエルも同じことを言うはずです。あの子の事だから、それ以上もするでしょうけど」
私たちは簡単に予想される未来に二人で笑う。
久しぶりに、心から笑えました。
私たち姉妹の立場は複雑です。
主家が、下の物の妻に手を出し孕ませる。気が付かれなければそれで済むのですが、私たちは公爵家の初代と同じアルビノで、ちょっと貴族の事情に詳しい人ならすぐに気が付くでしょう。
子爵家は公爵家を代々守る騎士の家。だけど公爵家の血が入っだ事は一度もない。それも悪い方に働きました。疑う相手が、少なすぎたのです。だからあの男は私たち姉妹を死んだ事にして、幽閉しました。
初代と同じアルビノの私たちを殺す事は、彼にとっては禁忌に触れる行為だったのが幸いしました。一応は貴族らしい教育というものを受け、魔法に才能を見出すことができたのですから。私は付与魔法と召喚魔法、妹は神聖魔法と回復魔法の才能があり、12歳の時にはどれも中級まで使えるようになりました。
この力があれば、いつか大人になった時に自由をつかめるかもしれないと思ったほどです。
10歳の時には不祥事で取り潰された子爵家の末娘、ルリエが一緒に幽閉されるようになりました。同じ境遇に墜ちた彼女とはすぐに仲良くなったのです。
ルリエは魔法の才能がない代わりに剣の才能に恵まれ、お互いがお互いを補える関係になれました。
いつか3人で冒険者でもやって、自由気ままに過ごそうと誓い合ったのです。
私たちが14歳になったばかりの事だ。家を出る事になりました。
子爵家が取り潰されたこともあり、私たちの出自を知る者もほとんどいない。子爵様は他の国へ行ってしまったので、ここで誰かに知られても問題が無くなったのでしょう。
あの男たちは私たちを追い払った心算でしょうが、私たちにはようやく手にした自由に文句などあるはずもなく、何も知らずに喜んでいました。
最初、私たちは冒険者になる予定でした。
だが、その予定は敢え無く崩れさる事になりました。
自由を手にし2カ月。日雇いの仕事で少々の金銭を稼ぐ事に成功し、冒険者登録ができる様になったころ。妹のノエルが倒れました。
最初は慣れない事をして疲れたのでしょう、しばらく休めば良くなると思っていました。ノエルも笑って「すぐに良くなるから」と言っていたのです。
しかし、日に日にやつれていく妹からは一向に回復の兆しが見えず。1週間経ってから医者に診てもらうことにしました。
原因不明の病と、匙を投げられてしまいましたが。
その後は悲惨でした。
ノエルの病にきっと効くからと言われて使った薬が全く効かず、だというのに法外な請求をされるようになったとか。
ようやく見つけた延命の薬も高価で、私やルリエにはとても手が届かない物だったとか。
その支払いの担保に、娼館の見習いとして働く――いずれは躰を売る商売をする――ことになったとか。
最後の一線こそまだ守れていたものの、私たちが駄目になるまで、あと少しでした。
そんな時に出会ったのがアルヴィースという少年でした。
まだ私よりも若いのに、とても力のある魔法使いでした。私も魔法使いだから、彼が見た目からは計り知れない魔力を保有しているのが一目でわかりました。その魔力にも圧倒されましたが、守衛の人が入店を婉曲的に拒否しようとしたときに見せた装備もすごかったのです。あれは公爵家にだって、きっと王家にだって無いような神々しさを纏ったものです。
彼を通す事に、守衛は反対できなくなりました。
私はその時に決めました。
もし躰を売るならこの人に買ってもらおう、そしていつか妹を治してもらおう、と。
どうせ自分を売るなら妹を助けてくれそうな人がいい。
そして、私たちを守ってくれる力のある人がいい。
そのことを、私が信じられそうな人がいい。
何も選べなかった人生の、せめてもの選択肢を、私は選びました。いや、選べました。
席に着く前に守衛にルリエを呼ぶように伝えます。この客が暴れた時に必要になるから、と。ルリエは力があるので、酔って暴れる客を押さえる用心棒のような真似もします。アルヴィースが強い事は守衛にも分かっているのですぐに了承されました。
ルリエと二人、彼を籠絡するようアイコンタクト。
私たち二人は、今までにないぐらい真剣にお客様の相手をしました。
結果は拍子抜けするほど簡単に成功しました。
何か裏があるのではないかと心配してしまうほどに。
アルヴィース様はとてもナイーブで、ここに来るまでにずいぶん疲れ切っていたようでした。何をやってもうまくいかず、自身のすべてを否定され続けてきたその姿は、妹の事すら関係なく助けてあげたいと思えるほどに弱々しかったのです。
だからこそ、心から慰める事ができ、あの方の信頼を簡単に得る事ができました。
こちらの事情を少し漏らしただけで食いつき、助けると約束ではなくいきなり実行された時には驚きましたが。
これはきっと、アルヴィース様が自分を認めてくれる誰かが欲しかったのではないかと、私は推測します。心が弱っていたからこそ、短絡的に行動に移したのではないのか。私のご主人様は、どこまでも危うい状況にあるように思えました。
ノエルを助けてもらったあと、私たちはアルヴィース様の隠れ家に移動する事になった。
アルヴィース様は私たちの事を丁寧に扱ってくれますが、必要としていません。
ノエルの安全は確かに大事ですが、このままではご主人様と縁が切れてしまう。
なんとかしなくては。私は必死に考えました。
いい事を言って傍に置いてもらえるように頼み込んで、失敗しました。
他に何かできる事、打てる手がないかと、あらゆる手段を考えました。
子供を、作ろう。
なぜかそんな考えが頭に浮かびました。
あの男とご主人様は違う。子供がデキれば、きっと捨てられない。ずっと一緒にいられる。
途中で目的が変わってしまった気もしますが、ルリエの協力もあり、あと一歩というところまで進んだのですが、最初の目的をなぜか達成してしまいました。
ちょっと惜しかったので我儘を言ったら、アルヴィース様は何故か泣いていました。
数日後、私たち3人は静かな山の中で平穏で優雅な生活をしています。
自炊とノエルのリハビリ以外、何もしなくていい毎日。
幽閉されていた時代など比べる事が出来ないほど快適な生活。
アルヴィース様と4人で暮らせたら、などと夢見てしまいます。
ノエルはほんの少し話しただけのご主人様をいたく気に入り、姉として少々不安な未来が見えます。心の中でご主人様に謝ったけど、夢見る乙女ノエルがリハビリする様子を見ると、謝って許してもらえる範囲はきっと超える気がしました。せめてベッドを使ってくれる事を、姉として一人の女性として、切実に願う次第です。
祈ってしまえば姉としてできる事は他に何もないし、ご主人様ならきっと自力で何とかするでしょう。
セイレンに帰るまでの2ヶ月間。
今だけは心穏やかに笑っていよう。
読んでいただきありがとうございます。
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