望むものは……④
シア――本名はシエルと言い、シアというのは店での名前だった――の家に向かう。
ルナ――本名ルリエ――はシアと友人だから、一応連れてきた。
この段階でクエストの状況を確認したが変化はない。この二人はクエストとは無関係のようだ。放り出す気はないけど。
シアのアパートは店の近く、貧民街の一画にあった。
似たような店に勤める女性が集まるエリアで、このへんは彼女ら自身が実力を以って治安を維持している。
家の外観は朽ちた廃屋と言って差し支えなく、店が女の子管理ってことでちゃんとした場所を用意しろよと思った。しかしこの外観にはちゃんとした意味があり、ここなら税金も取られずに生きていけるという話だった。……俺が領主関係者とは言わないのが優しさだろう。
今は妹とルリエの3人で暮らしていて、シエルの親はすでにいない。ルリエと違って死別のようだ。
二人が働いている間は他の住人が世話をしてくれているという。彼女たちも、他の住人の子供の相手をするなどしている。彼女らの今の家族は、この建物の住人のようだ。
部屋に案内され、対面した妹さんは骨と皮でできているかのような状態だった。頬は痩せこけ、肌は土気色。いつまで持つのか、という状態だった。双子の妹と言うが、髪の色は同じだと言うのに似ているとは思えない。そこまで変貌しているのだ。
今の彼女は衰弱しきっており、部屋に入ってきた俺に反応することもできない。ただ静かに横たわるだけだ。
これは栄養失調とか、そんな生易しい状態ではない。≪直観≫が何者かの悪意を感じ取った。
「双子の妹、ノエルです」
沈痛な表情でシエルが名を教えてくれる。何か言おうと思ったが言葉も思いつかず、無言で頷き返す。
相手が寝ているので、俺は早速状態を『診察』する。マップ上の状態異常表記を使うだけだが。
その結果は黒、ノエルは『呪い』と『猛毒』状態だった。
『猛毒』といってもなかなか死なない遅行性のもので、薬草類では解毒しにくいものが使われている。『呪い』も衰弱効果と、長くじっくり甚振る為のものだ。
おそらくシエルが欲しくてやったのだろう。借金漬けではなく定期的にお金が必要な状態にして、あの店に固定する。次に「優しいお客」を装って仲良くなり、支援の代価に手元に置く。手間はかかるがそこまでして手籠にすれば周りにも不信感を抱かせず、自分の意志で手折る事ができると言うところか。
自作自演だが、妹さんを治療すれば信頼を強く得る事ができるだろうし、逆に死なせて失意につけこむといった選択肢もある。気が付かれなければうまい手だと思う。
これなら治すのは簡単である。
『猛毒』を≪毒消し≫で治し、≪呪い解除≫……いや、≪呪詛・倍返し≫でいくか。何度も呪われるのは防ぎたいし。
方針を決め、すぐさま実行する。
≪毒消し≫はともかく、≪呪詛・倍返し≫はノエル嬢から黒い塊が抜けだしたのでシエルやルナを驚かせてしまった。
とにかく、ステータス的には健康な状態になんとか戻した。
あとは≪蘇生≫で弱った部分を治し、減ったスタミナを『スタミナポーション』で回復させれば大体の治療は終わりだ。今は『スタミナポーション』を飲む事ができないような状態なのでぶっかけて使う事になるが、シエルにはちゃんと説明し、回復した後はすぐに蒸発するから、と納得してもらった。
全てが終わると身体に赤みがさし、血行が良くなったのが目に見えて分かった。
その様子を見たシエルは妹の回復に泣きだし、ルリエもまた涙を目の端に滲ませていた。この二人は本当に仲が良さそうに見える。
今できる治療はこれで全部である。
あとは食事で体重を元に戻して、リハビリで体が動くように頑張ってもらうだけだ。
問題があるとすればこの件の黒幕で、もし彼(?)がシエルを執拗に狙うとなれば似たような事が起きかねない。
フィリスを頼ろうとは思わなかった。この件は、俺の手で解決したい。
意地になっているという自覚はあるが、自信を取り戻すための何かが欲しい。それが理由だ。
しばらく考え、二人と相談し、出した結論は俺の別荘――最初に来た時、山に作ったログハウス――まで連れて行くこと。
移動がノエルの負担になるけど、少なくともここに居続けるのは得策でないし、周りの人を巻き込みかねない。それに俺が一緒に行くので魔法で治療をすれば負担の軽減はできる。
シエルとルリエは誰かの意図によりはめられたという俺の考えに懐疑的だったが、治療により多少は信頼を獲得していた事、ルリエの借金を全て身請けをする事、店の事が無くとも将来が不安であることから俺の提案を受け入れた。
駄目だった場合は長期間このあたりに召喚魔法で護衛を潜ませるつもりだったが、これなら移動する日までで済みそうだ。
「でも、どうしてここまでしてくれるんですか?」
今後の事が決まった時、シエルが俺に質問した。
疑問はもっともだと思う。少なくとも、現状で俺に利益は一切ないのだから。
「ただの趣味。お金はある、名誉は無い方が楽、欲しいもののほとんどは自前で調達できる。だから、これは金持ちの道楽と思ってほしい。しいて言うなら、感謝されたい。それだけ」
偽りなしの本音である。
だが、シエルは何か納得できないようだ。
「対価に躰を要求されるのかも、と思っているなら安心してほしい。この件はこっちがやりたくてやった事だから。何か要求する事は無いよ」
対価を要求した方が安心させる事ができると思う。だが、強引に関わって無理やり助けるのは俺の事情なんだから、何かを要求する気にはならない。
「あの……対価という訳じゃないですけど、一つだけ、いいですか?」
「ん?」
「お店で言っていた、『クエスト』の事です」
シエルは、どこかつらそうな顔をして口を開く。
「たぶん、アルヴィース様が「何も欲しがっていない」のが原因です。夢を叶えようとするのは、何かを求める事です。ですが、アルヴィース様は何も欲しがっていない。だから、夢を共有するにしても共感できない、共有できないんです」
言われた言葉の意味が分からず、ただ聞き続けることしかできない。
「そんなアルヴィース様の手を借り、事を成してもたぶん途中で夢は夢じゃ無くなります。
私自身、全てを諦めていました。私では妹を助ける事ができない。そんな諦めの中、「いつか妹を助ける何かが手に入るかもしれない」って、自分を騙しながら生きていました。
こうやって助けていただき、ようやく未来に希望が持てるようになって、アルヴィース様に恩を返したいと思いました。ですが、アルヴィース様は何も望んでいません。私にも、周りにも。たぶん、これは他の人も感じる事じゃないでしょうか?
アルヴィース様は、他の人の夢を手伝うだけでなく、ご自身の夢を、手伝ってもらう側にならなければいけないのではありませんか? 未来を共有する。それは、一方的なものでは無いはずです」
自分の、夢。
考えるまでもない。そんなものは、存在しない。
運命の女神に言われた事を思い出す。
俺が料理人になろうとするのは、「できる事から選んだだけ」
今ダンジョンで戦うのは「ゲーム時代の続き」
この街にいるのは「ペナルティメーカーに言われたから」
“空っぽ”
言いえて妙だな。
悔しいが、認めるしかない。かつてフラグに、今はシエルに言われた事が真実だと。
目を閉じ、ため息をつく。
情けなさに立ち止っていると、俺の両手を誰かが手に取った。
目を開ければシエルが、俺の手を優しく包んでいる。
「恩を、返す機会をください。今夢が無い、欲しいものが無いなら、今から夢を探してください。欲しいものを作ってください。その手伝いを、私にもさせてください」
「いまさら何を欲しがれと? 目指したものはこの世界のどこにもない。欲しかったものをくれるはずの人はもういない。終わっている事を、俺は知ってる」
俺の言葉に、シエルは微笑んで切り返した。
「私の心を。周りの人との絆を。時間をかける事でしか得る事の出来ない、私達との思い出を。あなたが気が付かない、暖かさを。これなら、今の貴方でも持っていないですよね?」
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