幕間:マリィは悩みを放棄する
昨日のは短すぎでしたが、あれ以上書き足すことができませんでした。
今日は平常運転です。
最近族長の様子がおかしい。
フィリスの誕生日から二日が過ぎました。
誰からもらったのか知らないけど、時々すっごくきれいな腕輪をしている。その時は蕩ける様な笑顔になっている。
気になる。
あの男嫌いが治ったのか?
同性からのプレゼントの線もあるかもしれない。だが、私はその考えをすぐに捨てた。
族長は男嫌いであって同性愛好家ではない。そして、あの蕩けた顔は、女の顔だ。私自身に結婚歴はないが、間違いないと断言できる。
家政婦は見た、という娯楽小説を見た事があるが、その真似事をしてみようと思う。
私の名前はマリィ。フィリス=システィナ=アラド伯爵に仕える、20代の若き執政官である。
私たちは午前中、基本的に政務をする事になっている。
そして昼食後に外回りをするのが日課だ。
「フィリス、その腕輪はあまり外でしない方がいいでしょう。あまり高価な品を身に付けた場合、上から要求される可能性が高くなります」
「うぐ。やっぱり、目立つかなぁ?」
「何を当たり前のことを。それだけ質の良い金属ででき、精緻な模様の描かれたものなど今まで見た事がありません。それにその内包する魔力。どこかの王家に伝わる秘宝と言われても納得するレベルですよ」
「えへへぇ~。やっぱり分かっちゃうんだよねぇ。しょうがないよねぇ」
フィリスは例の腕輪をしたまま午前の仕事をし、外回りにも付けていこうとした。
しかしその行動はいただけない。あれは周囲の人間の目を惹くであろうことが容易に想像できる品である。そんな物を付けたままというのは、無用なトラブルを呼ぶだけでしかない。臣下として、主の愚行は正さねばならない。
しかしそのことを指摘しただけで主の表情がいきなり崩れる。
いきなり駄目人間になりましたよこの娘。
自慢というか、惚気のようなこの言い方。本命からのプレゼントに違いありません。
まったくはた迷惑な話です。
私は抵抗するフィリスの抗弁を切り捨て、落ち込むフィリスに「他の人に盗られてもいいんですか?」と脅してようやく外回りに出かける事ができた。
……思ったよりも重症かもしれないですね。
夕方。
夕飯は皆が集まってすることになっています。
そこで私が見たのは、恋する乙女と化したフィリスと、そんな母に不機嫌なセレスティア様の姿でした。
そして、何故か落ち着いたままの少年。
少し予想外でしたが、ある意味納得のいく相手がフィリスの想い人だったようですね。
まさか娘の男に手を出すとか。いくら男日照りが7年続いたとはいえ、節操がないにもほどがあります。
私は心の中で状況整理を続けます。
アルヴィースは正直、ヘタレと呼ぶにふさわしい少年です。
一緒にお風呂に入っても、こちらを一切見ようとしない。
一緒に寝ても、身体に触れようとしない。
セレスティア様が抱きついていましたが、されるがままになっていて、抱き返す事がない。寝ていても、です。あれにはセレスティア様が落ち込んでいました。慰める役であった私にしてみれば、子供相手にどこまで自制するつもりなのかと問い詰めたくなりました。セレスティア様が望まれないのでやりませんでしたが。
そんなアルヴィースがフィリスに手を出すでしょうか?
無いですね。
今のアルヴィースは思春期特有の、内心はともかく異性を疎ましく振舞う時期でしょう。あの年代にはよくある話です。
プレゼントを用意したのも、それにあれほどの物を用意したのにも下心は無かったはずです。性能だけでいえば、どこかの王宮で宮廷魔術師筆頭をできるような子です。きっと自分では『大したものじゃないけど』などと考えながら用意したに違いありません。約一月、一緒に山で生活した私にはわかります。
結論でいえば、ちょっと優しくされて簡単に転んだのですね。
思えば家族以外にまともな異性を知らないフィリスです。下心を持たない、少し優しくしてくれる男の人が珍しいのです。あの子はそういう感情にとても敏感になりましたから。
それにしても、アルヴィースの変貌も気になりますね。
あっちはあっちで、とても落ち着いています。女に慣れていないくせに、この修羅場もどきで落ち着けるのが不思議です。
気がつかないほど鈍感ではなかったと記憶しています。周囲の視線に対する感度と分析は、彼の専門でしょうから。細かい事情は知りませんが、視線だけで失神する副産物としてはむしろメリットの方が大きいのではないでしょうか? まあ、彼の苦労を知らない者の発言ですけどね。
彼が、なぜこの状況で落ち着いているのか。こちらも興味の対象として調べておきましょう。
部下の一人、最近こちらに配属されたアウラがご機嫌です。
よく見れば、かなり高価な指輪をしています。
……あれは、おそらくアルヴィースの作品ですね。フィリスの腕輪と同じレベルの細工がしてあります。あそこまで精緻なものが、他で簡単に手に入るとは思えません。
まあ、フィリスと違って単純にいいものを手に入れて喜んでいるだけでしょうね。
色のない顔をしているし、彼女については放置して構わないでしょう。一応、あまりねだらないように釘を指すだけにとどめます。
アウラの仕事での調子は、以前より良くなっていると評価できます。
同期の中では頭一つ、抜きん出てきた印象ですね。
有能な部下が増えるのは嬉しいですが、それが後の苦労へ繋がりそうな予感がするのはなぜでしょう?
とある日の午後、外回りが終わり屋敷に戻る途中でアルヴィースを見かけました。あの子も屋敷に戻る途中の様です。
最近の彼は妙な決意と落ち着きを見せていました。その一端を理解する事はきっとセレスティア様への一助となるでしょう。
アルヴィースへの尾行は不可能なので、さっさと合流して直接話を聞く事が最善です。見えなくなる前に捕まえましょう。
「成程。レオナール武具店で教師の真似事を」
「ええ、≪彫金≫について教えています」
「成果は出ていますか?」
「教え子の才能に助けられているってところですね。なんとか入門編レベルならできるようになっています」
「……一週間でそこまで覚える事ができる様な内容なのですか?」
「あっちの才能と努力の成果ですよ」
アルヴィースは立ち止まって私を待っていました。あちらも私に気がついたようです。流石ですね。
私たちはお喋りをしながら家路につきます。
話題は、今日のこと。私も知っている、とある武具店で弟子を取ったという話です。
恐ろしい事に、彼の言う≪スキル≫は伝授可能の様です。
彼が教えた事は、どこかの国宝レベルのアイテムを量産可能な品まで落としかねない内容であるにもかかわらず、彼自身は「誰でもできる当たり前のことを、できるから教えてみただけ」と考えています。
そして結果は聞いての通り。一週間付きっきりならともかく、弟子に練習方法を教えただけで結果を出すとは。ありえません。
これは、放置すれば世界のパワーバランスに干渉可能なことかもしれません。
今回は≪彫金≫ですが、彼の戦闘スキルが同様に、入門編であっても伝授可能であるとしたら。
もし、彼と同等の戦闘能力を持った人が一気に増えたら。
そして彼がその頂点に立ち率いるとしたら。
間違いなく、国を揺るがしかねない騒動へと至るでしょう。
そこまで考えた私は、くだらない妄想を振り切る事にしました。
目の前にいるのはだれか。
セレスティア様の思い人であり、私にとっては弟のような子。私の知る誰よりも強いくせに、どこか頼りない手のかかる男の子。
間違った方向に進むのであれば私が正せば良いのです。
まったく。ありえない妄想に惑わされるとは。私もやきが回ったものです。
そうですね。とりあえず今日の夕飯はアルヴィースに作らせましょう。今日のアルヴィースは休みだったはずですが知った事ではありません。私を、周りを振りまわした罰です。
八つ当たりの様ですが、事実八つ当たりなので気にしてはいけません。
こんな日は美味しいものでも食べないとやっていられないのですよ?
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、日本語の間違いなどありましたら指摘をお願いします。




