1日前:最後の休日
ダンジョン内部。タントリス教官とリアを連れ、19階層まで直行ツアー。
いやいやいやいや、何でこうなった? 今日は上級剣技の習得訓練じゃなかったのか!?
そんな疑問にリアは笑顔で答えてくれました。
「基本は実戦」
まぢですか。
いや、いいんだけどさ。
訓練とはいえ、3人だと安定する。
タントリス教官は迦月らと違い格上相手の戦闘経験が多く、安定した戦闘を行っている。アンデット特効の装備を持ちだすあたり、武器のコレクションもなかなかのものがあるようだ。
以前も思ったが魔法が付与された武器って、こちらの武器屋ではほぼ見かけない。大体が個人取引で動くようで、魔法の武具を持っているというのは一種のステータスになる。それほど貴重なのだ。
無論、それを言い出せば俺のアイテムボックスはどこぞの王宮の宝物庫をはるかに超えた資産価値があるのだが、考えるのが面倒なので気にしていない。
雑魚戦で、ボス戦で≪千刃≫の練習をするが一向に習得の気配はない。
やはり4つ目のクラスを獲得するのは無理なのだろうか。
そうやって、諦めが頭をよぎり始めた時のことだった。
18階層。氷のダンジョンでの出来事だ。
振るう剣の感覚に違和感が生まれ始めた。
軽いのだ。
そして、その感覚があった時は僅かかもしれないが、普段より速く剣を振り切ったように感じた。
その感覚に導かれるように剣を振るえば、ただひたすらに速く速くなっていく。
踏み込みながら、≪手加減≫など考えず、強く、速く、剣を振る。
自分の動きが、今まで戦ってきた剣士のそれと一致していく。
「≪閃断≫!」
記憶と完全に一致した瞬間、俺は叫んでいた。
出の早さと高威力を併せ持つ上級剣技≪閃断≫。≪千刃≫ではないが、確かに上級剣技の一つである。
慌ててクラスとスキルを確認する。
クラスは変わらないが、スキルの欄には≪上級剣技:1≫の表記が。
「おいおい、マジかよ……」
できるかも知れないとは思っていた。
だが、できるという確証はなく、先ほどまで半分以上諦めていた。
思っていたものとは違うが、確かに上級剣技。それを、習得できた。
思わず頬が緩む。
目の前に敵がいるのが嬉しくて、多少無理をしてでも≪閃断≫を使ってしまう。いや、覚えたばかりの≪上級剣技≫、使えるようになったばかりの≪閃断≫、それを鍛える事を考えれば多少無理をしてでも使い続けた方がいい。もちろん、スタミナ配分の許す限りだが。
「アル、おめでとう」
「おめでとう。……前提条件を満たしていればすぐに覚える。予定とは違いますが、理論は正しかったと見るべきですね。あとは実戦の前に練習があったから覚えたのか、単に実戦だったから覚えたのか、その検証ですね」
二人から祝福され、新たに力を得た確かな実感を受け止める。
先ほど苦労してようやく覚えたような気分になったが、練習を始めたのは昨日なので、滅茶苦茶早いペースで習得した事に気が付く。
タントリス教官の言葉が正解なのだろう。条件を満たせば、覚える事が出来る。中級剣技は今まで使い続け、カンストなど10回分しているといっても過言ではないし。他の条件も似たようなもの。下地は完璧に整えてあった。
いままでは覚える事ができないという先入観があったので駄目だったのだろう。とりあえずでいいから挑戦し続けた方が実りは多そうだ。もしかしたら表記が変わらなくても、カンストという概念すら無視してさらに成長できるかもしれないし。楽しみが増えたと思っておこう。
その後は他の上級剣技も試してみたが覚える事は出来ず、タイムアップで翌日持ち越しとなった。
タントリス教官は明日の座学などもう無視してダンジョンに潜って今日の続きを、と言いだしている。気持ちは分かるが座学は俺だけが生徒でなく、屋敷のメンバーの娯楽になっているので却下します。
3人で潜った事もあって19階層クリアは約3時間。
雑魚戦や移動時間はそう大きく変わらなかったが、ボス戦の殲滅力が3倍以上になったのでかなり時間を短縮できた。
雑魚戦で時間がかかったのは俺の練習があったからで、それが無ければもっと早く19階層をクリアできただろう。
迦月達ではまだまだ危ういと思うので5時間を見た方がいいが、教官やリアがメンバーならもう20階層に挑戦できるんじゃね? と思った。
今日の昼は迦月達と約束も無いしどこにいるか調べる気にならない。
よってリアと二人で喫茶店「三笠屋」に行く。
ケーキの美味しい店ではあるが、喫茶店とはケーキ以外も出すものだ。この店だとサンドイッチ系統もメニューに並んでいる。
リアを連れてきたのはちょっとしたチャレンジをしてもらう為である。
『ハムと卵のサンドイッチ(地獄風)』
要するに、激辛メニュー。
リアは辛い物が好きだが、その上限があるのか知っておきたかったのだ。
本人承諾の上で注文してみた。
……俺の分は、普通にクラブサンドを注文した。
出てきたサンドイッチは見た目からしてすごかった。
ゆで卵を使っているのは最後の良心か、頼んだ品は赤く燃え……赤く染まっている。
まず、パンが赤い。唐辛子を練りこんだパンと説明があったが、そこまでするのかと言いたい。
ゆで卵はいいが、ハムも赤い。チョリソーかこれは。
使っているソースは黒い。胡椒をふんだんに使ったマヨネーズソースだそうだ。
臭いからして辛い。見ているのも辛い。
そして、それを平然と、いや、嬉しそうに食べるリアの舌が恐い。これは現実の出来事なのだろうか?
試しに、ほんの一欠片だけパンを貰ったが、泣きそうになった。頼んだ牛乳を一気飲みするほどに。
気分を落ち着け、二人並んで店を出る。
先ほどのサンドイッチは一人前で銅貨15枚。1500円相当。頼む人がほとんどいないのに毎日あの赤いパンを焼いているから、他より高く設定してあった。
店長お勧めとか、毎日食べてますとか書いてあったのは売れないからじゃないだろうか。店を出る時店長がお見送りに出てきたのはいったいどういう事だと原稿用紙4枚で説明して欲しい。
お土産のチョコレートケーキを手にミューゼルのところに行き、ケーキを渡してからレミットさんのもとへ向かう。
リアはやる事があるからと、ミューゼルのところで別れた。
レミットさんは今日も≪高速飛行≫で飛べるものと考えているのか、待ち合わせの場所にもう待機していた。とても楽しみにしていますというオーラが溢れている。事前に話を通しておいたので、エルキィさんも一緒にいる。
レミットさんは俺を見つけた段階で笑顔があふれ、希望に満ちている。が、今日は飛ばないんだよね。
「先生、こんにちは! 今日もよろしくお願いします!!」
テンション高めのレミットさんにちょっと引きつつ挨拶を返し、エルキィさんには会釈する。苦笑しながらエルキィさんも会釈で返してくれる。
「今日はちょっとモノ作りを覚えてもらうから。場所、変えようか」
「はい?」
「大丈夫。≪高速飛行≫に使う補助アイテムだから」
「え? ああ、はい」
ちょっと戸惑ったようだが、一応でも≪高速飛行≫に関わる内容だと理解すれば納得してくれる。レミットさんは混乱した顔のまま付いてきてくれる。
3人連れ立ってきたのは貴族街のフィリス邸。
使う場所は俺の部屋。
普段からここでアイテムを作っているので、ちょっとした工房のようなものだ。
煮たりするような薬品は扱わないので鍋や試験管の類は無く、乾燥させた薬草を粉にする乳鉢とか宝石に魔力を込めて魔石や精石にする為の錬金台が置いてあるだけだが。あとは原石を宝石にするための機材とか。設備はあまりよろしくない。
今回二人に覚えてもらうのは精石の作り方。
ぶっちゃけ、宝石に魔法を込めて少しカットするだけなのだが、宝石ごとの属性やらなんやらの組み合わせを覚えるのが面倒くさいという。
今回は≪高速飛行≫用にエメラルドの原石に風の魔力を込める。
練金魔法の呪文を教え、≪精石精製≫で原石を球状の精石に作り替える。できたての精石は完全な球状になるのだ。
その際に出た原石の余りは粉になり、台の上にこぼれている。あとで魔力を込めた塗料の材料になるのでこれは大事に回収しておく。
次に、球状の精石をカッティングして紋章を刻む。
カッティングで多面体にして、そこに紋章を刻む事で精石のレベルを上げるのだ。ブリリアントカットのようにできればかなり強力な精石になる。さすがにそこまでやらないけど。
失敗しても、面を大きくする事で多少はフォローできる。少し質が落ちるが、そのままよりは良い。あとは根気の問題だ。
これらの説明を行い、二人にやってもらう。
二人とも集中力に優れ、カッティングでは作業に没頭してしまったので俺はやる事が無くなってしまった。
しょうがないので飲み物と摘まむ物をメモと一緒に置き、果樹園の世話に向かう。
いつものコースで果樹園に行き、今日は手持ちの精石などを使う気分じゃないので魔力のみを与えて終わりにする。
精霊の気配はそろそろ通常の精霊並みに強くなっているので、明日明後日には一定の結果が出るかもしれない。
若木のいくつかには小さな実が付き始めている。花が咲く中に実の付いた枝があるのは正常なのだろうか。ゲーム中では一斉に実が生ったものだが。
一抹の不安を抱えつつも、部屋に残した二人の事もあるので早々に帰宅した。
帰宅するとあれから2時間が経過。
それでも作業を続ける二人に道具を持たせ追い出す。
この日のイベントはそれでおしまいで、その後自分の作業をして寝た。
なんか明日は何かありそうな予感がするが、一体なんだろうね、これは。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、日本語の間違いなどありましたら指摘をお願いします。
8月30日 誤字修正
× レミットさんは混乱した顔のまま付いていてくれる →
○ レミットさんは混乱した顔のまま付いてきてくれる




