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その時あなたは誰と、誰を想ってその時計を見る~マサクニ編

作者: 大橋 秀人

瞬くと、真っ暗闇に浮かび上がるテレビの画面にコッポラの映画が音もなく流れていた。


隣でいつの間にか眠ってしまった裸の女の子の腕をどけると、やはり裸のマサクニはベッドから出てミネラルウォーターを一口、口に含んだ。


アル・パチーノが男二人を撃ち殺している。


無音で銃が火を吹く。


この子の名前、なんだっけ。


マサクニはベッドに腰掛け、女の子の名前を思い出そうとする。


が、すぐに止めた。


暖房で暖められた部屋は、とても乾燥している。


彼は漠然と加湿器がほしいと思う。


加湿器も年末で安くなっているはずだ。


ほしいものがほしいときに上手く手に入る。


それは彼の人生に象徴されていた。


子どもの頃から特に努力せずとも勉強ができた。


運動も苦手なものもなく、ほとんどがトップクラスの成績だった。


特にやりたいことがあるわけではないが、自分のレベルに合った大学を勧められ、勧められるままに入学した。


それは傍から見れば、誰もが羨む有名大学だった。



年の瀬。


大学の初年度もすぐに慣れた。


それなりに友人を作り、恋人を作り、今日のような一夜の関係を時たましたりした。


経済学部に入ったが、講義に漠然とついていくだけで、後は小遣い稼ぎのバイトに没頭した。


その金でコンパに行き、はじめてあった女の子とここでこうして一夜を共にしている。


おざなりの情事の後、コッポラを無音で見る彼に興味深々な風だった女の子も、その退屈さに負けていつしか眠りに落ちてしまった。


人生は退屈だ。


マサクニは漠然とそう思う。


一方で、また漠然とした不安が彼の中にあるのだった。


このまま生きていると、僕は生きているとは言えない。


アル・パチーノの視線を見て、彼の感情が少しだけ波打つ。


画面の中の世界に行けば、退屈ではない人生が待っているのだろうか。


救いはどこにあるのか。


彼は今日の夜のような日に、そんなことを思ったりする。


「大晦日、帰らないって本当?」


ヒロトが電話に出るなりマサクニはそう訊いた。


重ねて、


「なにかあるの?」


と興味なさげに続ける。


「何があるわけでもなかったら帰らないといけないのかよ。なんだ俺は、お前達のなんなんだ?」


ヒロトは相変わらずやかましい声だが、以前よりは落ち着いたとも思えた。


「別に。でも、今年は俺も帰れないし、ダイスケもきっといけないだろうから。お前が行かないとタケシんところ、家族水入らずの年越しになっちゃうぞ」


「なに? お前も行かないの? なんで? 俺はお前が行くだろうと思って安心して・・・」


「安心して?」


「いや、それはこっちのことだけどさ。いや、やばいじゃん、タケシのやつ絶対俺に来いって言うじゃん」


「それはそうだな」


マサクニは笑う。


「用事がないなら、行けばいいじゃない」


「それを言うならお前にその言葉、そっくりそのままお返しするよ」


なんの気なしに言った質問を返されて、マサクニは珍しく答えに窮してしまった。


「なんだよお前も理由ないのかよ」


そんな言葉にも責める感情が一切ないヒロトに、彼は苦笑いしつつどこかで安堵を覚えた。


「それはそうと、お前、新しいの書けたのか」


ヒロトは高校を一年で中退した後、新曲が出来ると欠かさず幼馴染の三人には何かしらの形で報告したものだったが、最後のお盆から半年近くそれが途絶えていた。


「お前にそんなこと言われたかないよ。絶賛作曲中だっつーの」


そっか、と呟いてマサクニは笑った。


「じゃあ、また出来たら知らせてくれよ。くれぐれも動画サイトなんかに投稿するなよ」


「わかったよ。もっと自分で書いた曲を大切にしろ、だったな」


そうだ、と言ってマサクニは微笑んだ。


電話が切れた後、不思議と自分の心が少し晴れているのに彼は気がついた。


と同時に幾重にも重なった深いモヤモヤの層が新たに垣間見えたようで、マサクニは首を横に振らずにはいられなかった。


「誰だったの?」


気がつくと女の子が暗闇の中で目を開けていた。


毛布を胸元まで引き上げているが、一方で太ももが露になっている。


「悪友」


とだけ彼は言う。


そして、


「君、誰?」


と暗闇の中で問う。


その表情は隠され、誰にも窺い知れるものではなかった。


女は憤りを全身で表現しつつ、散らばった衣服を掻き集めて部屋を出て行った。


明日、新しい年が来る。


彼は何年間か続いたタケシ達との年越しパーティーを想った。


そして、僕は行くべきではない、と何度目かの確認をしたのだった。


もしも行ったら、また激しい嫉妬心に身を焦がし、どこかで感情が決壊して友情をぶち壊すようなことをしてしまうかもしれない。


そうしたら一体、僕になにが残るのだというのか。


手放しで自分を信用して、対等に扱ってくれる悪友達を失うわけにいかない。


彼は自分と、そして友人を守るため、帰郷を断念せざるを得なかった。


新しい生活に慣れて、自分が自分でいられる何かを見つけるまで。


それを本当に見つけられるのか。


見つけるために、四年間という大学生活は長いのか、それとも短いのか。


大抵のことを瞬時に理解できる彼にも、そればかりはわからなかった。


ただ、漠然とした不安が刻一刻と迫りつつある焦燥にマサクニは向き合うときが着ていることを理解していた。


暗闇に浮かび上がる無音の映像。


アル・パチーノの静かで、激しい視線。


マサクニはその中に自らを投影させていった。

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