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気象予報士 【第1部】  作者: 235
ベリルさんの話
8/43

8

 その世界はね、と話を切り出す。おとぎ話を語るように。


「その世界の人たちは、便利な石を生活の中で使っているんだ。そうだな、料理に役立つ、熱を発する石とか。灯りに使える石とかね」

「電気とかの代わりですか?」

「うん、そう。科学の代替に便利な石があるんだ。誰でも使える。たくさん種類がある。そういう石がごろごろしてて。ある時、誰も知らない石が見つかった。新種だ。どういう力を持っているか判らない。緋天ちゃんならどうする?」

 緋天は首を傾けて、楽しそうに笑う。

「うーん。・・・とりあえず誰もいない所で投げてみるかな?何が起こるか判らないし」

「正しい選択だね。その石を見つけたのはね、狩に出ていた猟師たちだったんだ。知らない石だから、村のもの知りに聞こうと思って、別の石と同じ袋にいれておいた。そして、狩が終わった帰り道、雨が降り出した。猟師たちは早く家に帰ろうとして、いつもよりも早いスピードで歩いていたんだ」

 少し険しい顔を緋天に見せてから、カップを傾けてのどを潤す。柄にもなく、緊張していた。

「足場の悪い岩場で、一人が足を滑らせた。他の猟師が助ける間もなく、その岩場をどんどん転がり落ちて。最後に大きな岩にたたきつけられて、止まった」

 緋天の顔が曇る。

「その運の悪い人は、新しい石を見つけた猟師だった。腰に付けた袋に他の石と一緒に入れておいた。岩にたたきつけられた時に、その袋も衝撃を受けた。他の猟師が我に帰って、助けようと足を動かした時。倒れた猟師がいる岩が、急にねじれたように見えた」

「ねじれ?」

「そう、ねじれ。ゆらゆらしてるようにも見えた。とにかくそのねじれが大きくなって、ねじれの向こう側に違う景色が見えた。岩に穴が開いて、その向こうに森が見える。変だと思うでしょ?」

「・・・はい」

「猟師たちはもう本当にびっくりして、急いで村に帰った。穴の前に倒れた仲間が、亡くなってる事を確かめて。村の人間も大騒ぎだ。とりあえずその猟師たちと村長と、村のもの知りと数名の若者が、穴を調べようと出かけた。もの知りもそれが何なのか判らない。その日は穴に手を出さず亡くなった猟師を運ぶだけにした」


 視線を手の中のカップに落とす。小さな頃から知っている話のおさらい。

 だから、すらすらと言葉が出てきた。


「村に着いて亡くなった猟師の持ち物を、家族に帰そうと衣服を改めていたら、腰の袋から石が全部消えていた。一緒にいた猟師は、穴が開いた原因を悟った。村長ともの知りに相談して、次の日、その穴を調べにまた出かけたんだ。穴の向こうには相変わらず森が見えている。誰かが向こう側に行けそうだ、と言って手を伸ばした。その手が岩の中に入って、全員驚く。そして、ついに穴の向こう側に入った。森の中に村長以外の全員が出た。振り返ると大きな木に、岩と同じように穴が開いていて、村長が見える。すぐに木の穴から村長の所に戻れると判って、その日は戻る事にした」


 

 顔を上げると、緋天が自分を見て先をうながしている。真面目に聞いているのがおかしくて、笑みがこぼれた。

「何日か穴の向こうの探索が続いた。穴自体には危険がない事が判ったから、若者はみんな穴の向こうを探った。そこでいくつかの事が判る。ひとつ、 森はあまり大きくなくて、森が途切れた所に集落がある事。ふたつ、その集落には自分たちと違う服を着た人間がいて、家や道具も珍しい。みっつ、その人間は違う言葉を使う。最後、向こうの人間はどうやら木の穴が見えないらしい」

 不思議そうな顔をして緋天が言った。

「どうして言葉が違うのに、向こうの人が穴が見えない事が判ったんですか?」

「それはね、ある日いつものように穴を出た若者が、向こうの人間が森にいるのを見てね。勇気を出して身振り手振りで話そうとしたんだ。そしたらいきなり矢を向けられて、急いで穴に戻ったら、追いかけてきた男が急に穴の前で不思議な顔をしてうろうろしてた。それで、向こうの人間に穴が見えないことが判った」

 緋天が嬉しそうに言う。

「じゃあ安心して探索ができますね。いざとなったら穴に戻れるから」

 蒼羽に目を向ける。ずっと黙っていたその顔は、相変わらず眉間にしわ。

 

 

「・・・それが安心して探索できなくなったんだ。向こう側にはこちらの人間の天敵になる物があった」

 




「天敵?」

 緋天がまた顔を曇らせる。それが少し気の毒に思って明るく答えた。

「うん、まあ天敵と言うのは変かもしれない。病気、かな。向こう側に行った時にかかる病気。死ぬわけじゃないんだけど」

「風邪とかそういうのですか?」

「・・・・・・気が狂うんだ」

 そっと言葉を出す。無意識に緋天から視線をずらして。

 そして、蒼羽の方は絶対に見ないように。

「おかしくなる。ずっと悲しんで泣いたままになったり、だれかれ構わず暴力を振るい続けたり。周りの言葉や人間は目に入らない。狂ったまま。どんな薬も効かない。一生そのままだ」


 

 目を泳がせながら、緋天は静かに聞いた。

「・・・何が、原因ですか?」

 彼女はちらりと。

 黙ったままの蒼羽を見る。その視線に気付いて、蒼羽はさらに気難しい表情を作る。

 何故、ここで彼を見たのだろう。自分は何も彼に関して口に出していないのに。驚きはしたが、それを指摘するのはやめた。

「・・・雨が。向こうの世界の雨に触れるとこちらの人間がおかしくなってしまう。向こうの人間は向こうの雨に触れても平気そうで。こちらの人間の体にだけ、雨が毒になる」

「じゃあ。じゃあ向こうに行くのをやめればいいんですよね?」

「うん。皆そう思って穴に近づくのはやめた。誰も近づかないように、穴の周りに柵も作った」

 緋天がほっとした顔になる。先を続けるために口を開いた。

「だけど、それで終わりにならなかった。一年位が過ぎて。ある日、村がある一帯に雨が降った。普通の雨だと思ってた。誰も疑問を持たずにいつもの様に過ごしていた。そしたら外に出ていた人たちが狂った。向こう側の雨に触れた時と同じだ。向こうの雨が岩の穴を通って、こちらに流れてきたんだ。皆パニックになった。雨を恐れて、雨を避ける生活を始めた」

 緋天はうつむいて、それから何か思いついたように顔を上げた。

「でも布をかぶったりして雨にぬれないようにすれば?あと、傘させば濡れないと思うんですけど」

 左右に首を振ってから答える。

「だめなんだ。石や木は雨を防げるけれど、布はだめだった。いつのまにかぼろぼろになって、とけていく」

「じゃあ、やっぱり家に閉じこもるしかないんですか?」

「普通の雨も降るよ?でも違いが判らない。しばらく、穴の周辺の集落で、雨を避ける生活が続いた。だけど、まだ続きがある」


 

 緋天の目が、また先を促した。

「ある朝、雨が止んで、晴れ間がのぞいた。村の猟師が、2日前に仕掛けたわなを見に山へ出かけた。小さな獲物用に仕掛けたわなだから、仲間と出かけずに一人で見に行ったんだ。少しでも晴れてる間に仕事をしようと思ったから」

 ことん、と手に持ったままだったカップをテーブルに置いた。

「村から少し外れて、しばらく歩いていたら、猟師は変なモノを見た。透明の、ゆらゆらした、熊よりも大きなモノが、猟師に向かってきた。この猟師は、1年前に死んだ猟師の仲間で。仲間が死んだ時に、岩のゆがみも見ていたんだ。それで穴の向こうから、雨と一緒に変なモノがやってきた、と思った。自分たちが辛い思いをして、生活しているのは、すべて雨のせいだからね。腹がたって、悔しくて。恐怖を忘れて、向かってくるそれに矢を放った。矢はその変なモノに当たった。効果があったみたいで、そいつはびくびく痙攣してる。猟師は無我夢中で、何度も矢を放った。矢がなくなって、相手も動かなくなった。気が付いたら、目の前にいた、それが縮んで。きれいな透明の結晶が残っていた」


 

 小さな吐息をついた緋天に微笑んでやる余裕ができた。

「これで、むかしむかしの不思議な世界の話は終わり」


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