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白い陶器のポットとマグカップをトレイにのせて、緑色のソファを指し示す。
「緋天ちゃん、あっちのソファに移動。好きな所に座って」
食事をしながら他の話題も織りまぜて、緋天の事を聞き出した。
生まれは、見た目通り、日本。住所は蒼羽に告げたもので、隣町。性格は話す限りでは、至って温厚。攻撃性の欠片など少しも見えず、黙っている蒼羽の方が凶暴に見えるくらいだ。
人見知りするのか、時々恥ずかしそうに頬を染めるところを見れば、どうも男性に慣れていないのだな、と失礼ながらも推測した。蒼羽を怖がっているようにも見えるので、これは彼の態度に気をつけねば、と余計な心配事が増える。
食事の仕方を見ていたのだが、食べ初めに挨拶をしたように、どうやらしっかりと躾けられているらしい。見た目の若さから言えば、珍しい。若者に流行っているように、髪を染めもせず、自然のままであることから、親が厳しいのかと問えば、きょとんとした顔をする。ただ単に、純粋なだけなのだと確信した。
「今日は学校お休みかな?」
「え? 学校は行ってません」
ぽす、と軽い音を立ててソファに沈んだ彼女を見下ろすと、首を傾げる。考え事をする時や、何かを問われた時に首を傾げるのが癖なのだろう。それにあわせて揺れる直毛を、かき乱してみたいと思った。
「あー、あれだ、登校拒否?」
いじめられそうな顔をしている、と言えば泣かれそうだったので、それはやめた。最近の社会問題とも言うべきか、学校に行けない子供がいるらしいと知識はあったが、実際に目の前にするのは初めてだった。
「・・・あの、学校は行ってないんです。学生じゃないです」
困ったようにそう言う彼女の言葉はたどたどしく。
「でも・・・この国じゃ高等教育も殆ど全ての子供が受けられるって聞いてるけど」
訳有りか、と思いながらも疑問を口にすれば、緋天の眉が更に下がっていった。
「えっと・・・多分、ベリルさん、誤解してます。あたし・・・大人ですけど」
「ええ!?」
座るタイミングを逸したまま、彼女の答えに驚いた。
背丈は普通だが、その顔立ちが幼すぎる。目鼻のパーツも、その全身から醸し出す空気も全て、少女と言っても何ら不思議はないもので。東洋人は若く見えるが、それでも目の前の彼女が大人だとは誰も思わないだろう。
「・・・ほんとだもん・・・」
ぽつりと呟いた、その独り言のような抗議の言葉そのものが、子供のものではないか、と。眉根を寄せる彼女に言ってやりたい。じっと押し黙って、それでも悠々とソファに座っていた蒼羽の目も、どこかしら驚いているように見える。
「・・・えーと、それで、いくつ?」
「二十歳です」
「嘘吐くな」
「蒼羽!」
ぷく、と頬を膨らませた彼女に歳を聞けば、蒼羽がようやく口を開いた。
開いたはいいが、緋天の答えを一瞬で切り捨てるような言い方を、急いで咎めて。正直、やりにくいことこの上ない。緋天の言葉が本物だとすれば、蒼羽と同じ歳になる。
「ったく、話が進まないじゃないか・・・緋天ちゃん、ごめんね、ちょっと・・・びっくりした」
「うそじゃないもん・・・免許、見てください」
蒼羽に嘘だと言われたのが、よっぽど心外だったのか。
鞄に手を入れ、そこからカードケースを取り出して。それを、怯えながらも蒼羽に差し出した。意外と負けず嫌いだな、と思う。
「・・・ベリル」
「あっ!」
それに目を落とした彼は、彼女に断り無くこちらに放る。緋天の驚く声がそれを追いかけるが、その布張りのカードケースが手の中に入る方が早かった。
「・・・・・・確かに。・・・本物だ」
ありえないと思っていた事が現実に起きている事を確信した。
「緋天ちゃん、さっきから蒼羽が失礼でごめんね」
右のソファに座って、ポットからカップに紅茶を落としながら緋天の目を見た。
たった今確認したばかりの、彼女の存在の証明の一部。年齢に驚くよりも、それを持っていること自体がおかしいのだと。それを言いたくて、蒼羽は自分にカードケースを放り投げたのだろう。
目にしたのは、間違いなく、この国の免許証。
彼女にそれを返して謝罪すると、蒼羽の方をちらりと見て下を向いてしまう。それを受けた彼は、他人事のように無表情。どこか苛立っているようにも見えるけれど、それは緋天をここへと連れてきた時からずっとそうだ。
「・・・今からするのは不思議な世界の話。落ち着いて聞いてくれる?」
先程、食事を勧めた時と同様に。
危害を加える気は無いのだと言い添えて、口を開く。頷くのは好奇心か、それとも、本当に慣れてきたからか。散々目を疑った、その外見よりも、確かに中身は歳相応のものなのかもしれない。きちんと話を聞こうという態勢はとれていた。
とにかく、まずは説明をしなければ。
蒼羽に、余計な真似はするなと目線で抑えて。
昔の。全てのはじまりの話を始める。