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気象予報士 【第1部】  作者: 235
ベリルさんの話
6/43

6

「どうするんだ?」

 濡れた服を着替えた蒼羽が、ワイン色の髪を拭きながら二階から降りてきた。

 カウンターの中で卵を溶きながら、そのいつにも増して不機嫌そうな口調に目を細める。

「どうするって・・・一応センターには報告しないとな。こんな事、前例がないからどうなるか判らないけど。その前にあのお嬢さんに状況を説明して、原因も調べたいし。・・・まあ、とっ捕まえてどうこうするって事はないと思うから、安心しろ」

 カウンターの椅子に座って、蒼羽は眉間にしわを寄せた。

「別にあの女の心配なんてしてないけど」

 ああ、まただ、と。

 低く言い放つ蒼羽を軽く睨んで口を開く。

「そういう言い方はやめろと言ってるだろう?第一あの娘は何かに巻き込まれただけだ。何もしてな、」

「笑ってたんだ」

 自分の言葉をさえぎって、蒼羽は先ほど緋天の腕を強く掴んでいた左手に目を落とす。

「ずぶぬれになって笑ってたから、狂ってると思ったんだ・・・」

「・・・・・・あのお嬢さんは表の人間なんだろう?」

「そうだ。俺の事を警察と勘違いして、自分の住所をべらべらしゃべっていたからな」

 蒼羽は口角を少し上げて、皮肉げに笑った。それが胸の内のどこかを焼いて。彼のそんな口調が悲しかった。溜息をついて蒼羽を見下ろす。

「・・・蒼羽」

 もう一度、注意を口にしようと少し厳しい声を出したところで。

 

 とん、とん、とゆっくり階段を降りる足音が聞こえて、言いかけた言葉を飲みこむ。カウンター横の扉を開けて、緋天が顔をのぞかせた。

「あの、お風呂ありがとうございました」

「どういたしまして。さ、蒼羽の隣にどうぞ」

 にっこり笑って席をすすめる。毒気を殺がれた。

「・・・あのっ、あの、お暇します。お世話になりましたっ」

 狙って笑みを浮かべたのだ。彼女が頬を染めて当然。

 喜んでこの場に留まるだろうと思っていたが、誤算だった。逃げられるわけにはいかないのに。頬を染めているのは緊張のせいか、とにかく必死そうな顔でそう言いきって、彼女の体が後ずさる。

「えーと、緋天ちゃん? 話あるって言ったよね?」

「っ、あの、でも、」


 素直そうに見えたから、すっかり安心していた。

 よく考えたら、彼女にとっては、危険極まりない状況なのだろう。そもそも見ず知らずの場所で無防備に入浴したところで、かなりの判断ミスだ。普通ならば警戒するだろうに、逆に心配になるほど。それだけ素直なのか、単なる頭の弱い女の子なのか。

 自分で風呂を勧めておいて、今更彼女を気の毒に思った。とにかくも、遅まきながら今はその危険さに気づいたのだろう。後ずさるその態度が物語っている。


「・・・逃げるな」


 出入り口の扉の前で。

 蒼羽が素早くそこを塞ぐように移動して、ただ一言、先程と同じように冷たく言い放つ。


 びく、と怯えるようにはねた肩。

 みるみる潤んでいく双眸。


「蒼羽! ・・・緋天ちゃん、ごめんね。脅そうとか、そういうのじゃないんだ」


 泣かせてしまう、と思ったが。

 蒼羽を咎めて、できるだけ優しく声をかけると、彼女の体から力が抜けていく。


「お腹すいてない?ちょっと待ってて、もうすぐ出来るから。スペシャルオムライス」

 そう言いながら、卵をフライパンに落として。

 害のないようにそれを見せれば、その細い首が、こくん、と頷いた。小動物みたいだ、と思い今度は自然と笑みが浮かんだが、手懐けるにはまだ時間がかかりそうだった。

「おいで。・・・緋天ちゃんは、きっと変だと思ってるだろうけど、真面目な話があるんだ。そこに座ってほしい」

 手招きをして、あとは作りかけの料理を再開する。

 警戒されてはいけない、彼女を逃がしてはならない。目的は同じだが、蒼羽のやり方は逆効果だった。ほんの少しの時間しか共有していないが、緋天については、見ていて分かった事がある。素直で会ったばかりの人間の言うことすら聞くが、蒼羽のような人間の感情に敏感でもある。

 普通に考えれば、女の子を脅かすような真似をすれば逃げられるのだが。蒼羽にはそれが分からない。


「何もしないよ。約束する」

 手を動かしながら、こちらから近づくことはせずに、じっと待った。相変らず、蒼羽は扉の前。

 ようやく彼女の足が動き、さらりと黒髪を揺らして椅子に座る。知らず、ほっと息を吐いた。ここで怯えられては、本当に元も子もない。


「・・・ここお店ですか?」

「んー、・・・今日はもう誰も来ないからいいよ。長い話の前に腹ごしらえしよう」

   そっと出された声は、部屋の中を見回して出した、彼女なりの推論らしい。確かに、キッチンの前のカウンターはカフェのようにも見えるのだろう。曖昧に言葉を濁し、監視するようにじっと立っている蒼羽を、お前も座れと目線で呼び寄せた。

 

 大きめの皿にのせたオムライスを緋天と蒼羽の前に置く。湯気を上げるそれの、ソースで描いたうさぎの絵を見て、ようやく緋天の頬が緩んだ。女性と子供を喜ばせることに関しては、自信がある。

「この部分がスペシャルなんですね?・・・あ、」

 自分以外のものはどうなのか、と気になったのだろう。緋天は自分の左に座った蒼羽の前の皿をのぞきこんだ。近づいた緋天から少し体をそらして、“へたれ蒼羽”と書かれたオムライスを目にする。眉を下げてこちらを見る彼女に、蒼羽はそっぽを向いた。

「いい子にはちゃんと絵を描いてあげるよ。今日の蒼羽は悪い子だったからね」

「悪い子・・・?」

 首を傾げる緋天の表情は、無垢そのもの。何も言わなければそのまま考え続けそうで。

「気にしないで。さあ、食べよう」

「・・・はい。いただきます」

 ぱちん、と手を合わせて言った緋天を見て、少し驚いた。

「最近の子にしては珍しいね、緋天ちゃん。誰かさんにも教えてやってよ」

 同じように驚いた顔をした蒼羽と目を合わせて笑う。それにむっとした顔をし、蒼羽は手にしたスプーンと皿を見下ろして言った。

「・・・もう食べ始めてるから無理だ」

         

 その言葉に吹き出してしばらく笑いが治まらなかった。

 異常な状況でも、彼がそうやって反応をしてくれた事が嬉しくて。


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