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気象予報士 【第1部】  作者: 235
これが本当の始まり
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「蒼羽、さん」

 その声に草の中から跳ね起きた。足元に緋天が立っている。

「・・・あの」

 

 どうしてここに来たのだ、と責める前に。

 困ったように言いよどむ、その顔が、あまりに愛しくて。

 緋天の細い手を引っ張った。

 

「わっ!・・・え?」

 状況についていけずに、疑問の声を上げるのだろう。

 慣れてないのだ、そう思いたい。

「蒼羽、さん、ちょっ、これ」

 あわてる彼女を腕に抱きしめて、その感触を楽しんだ。指先に触れる長い髪の、その滑らかな絹のような手触り。折れそうなくらい細い腰。腕に伝わる、彼女の体温。鼻腔に届く、甘い香り。

 体の内側に甘い疼きが生まれて、苦しいほど、切ない。

 ふいに、緋天が体の力を抜いて。

 それが嬉しくて、さらに抱きしめる。

 

 どうしてこんなに、と。

 理由のつかない感情に振り回されて、勝手に体が動いて。以前ならば考えられないほどに、他人の、緋天のことが気にかかって仕方なかった。

 きっともう、戻れない。

 そう確信を抱いたのは、彼女が黙って自分に身を預ける、それに果てしない満足を覚えたからだ。それを知らなかった頃にはもう戻れない。緋天のぬくもりを知ってしまったから。



 


「・・・緋天」

 蒼羽が自分の名前を呼んで、首筋に顔をうずめた。

 彼は何かを伝えようとしている、と思って、黙ったままでいる。


 何故、抱きしめられるのか。

 間近で聞こえる蒼羽の吐息、体に回る暖かい腕。力を入れて拘束されているわけでもないのに、どうしても抜け出せなかった。雨の中で感じた、安息地帯。どうして、と問いかける勇気もなく、蒼羽の空気に浸ってしまう。

 恥ずかしくて仕方がないのに、蒼羽の次の言葉を待つしかなくて。

 

「緋天・・・」

 そう、耳元でささやいて。

 右の耳朶を、柔らかな何かに挟まれる。甘噛みされているのだ、と気付いて。

 ぞく、と。その感触に肌が粟立つ。

 体を巡ったのは、途方もなく甘いしびれ。

 

「緋天。・・・好きだ」

 その言葉に、声に、心地よすぎて、目眩がした。

 

 

 


 抱きしめたまま、彼女が暴れもせずに、黙ったままだったので。

 自然と言葉が出てきた。愛しくてたまらないのだと、伝えたかった。

 

 人に触れる、という行為がこれほど気持ちのいいものだと、彼女の耳を思わず唇に含んだところで気付いた。びくん、と震えたその体を。自分のものにしてしまいたくて。


「な、んで、先に言っちゃうんですか、・・・ずるい」

 緋天が少し身を引き、頬を染めて、目を潤ませて。こちらを見上げる。

「あたしも、言いたかったのに」

 極上の笑みで。微笑んで。

「あたしも、蒼羽さんが、好き、です」





 驚いた顔をして。自分を見て。また抱きしめられる。

「そうか」

 そう言って、誰も見た事のない、笑顔を浮かべて。

 それに見とれている内に。

 

 柔らかく微笑んだ彼は、キスを落とした。

 

 




 

「・・・あの、蒼羽さん」

「ん」

 腕に抱いたまま、彼女の髪に口付ける。

 首をすくませた緋天が小さな声を発した。

「えっと、心臓が破裂しそうなので、別の話、しません?」

 真っ赤な顔をした彼女の必死な様子に、どうしても笑みがこぼれる。


「・・・えっと、あの、あ、そうだ! 何か欲しい物、思いつきました?」

「もう手に入ったから、いい」

 欲しくて欲しくてたまらなかったもの。

 たった今、その緋天が手に入ったのだ。

 これ以上、何を望めばいいのだろう。眉をしかめる彼女の柔らかな唇に口付ける。甘い感触が体を巡った。

「っ!!・・・それじゃ困るんですけど・・・」

「・・・じゃあ、そうだな。ちょっと、俺の名前呼んでみろ」

 本当に困った顔をする緋天に、思いついて言ってみる。

「???・・・蒼羽さん?」

「そうじゃなくて。呼び捨てで」

「ええ?・・・蒼羽。・・・さん。やっぱりだめ、です。蒼羽さんは蒼羽さんなんです」

「じゃあ、敬語、やめろ。普通に話せ」

「・・・はい。じゃなくて、うん。これがプレゼントで、いいの?」

「いい。充分だ」

 一生懸命、言葉を選んでいる緋天。

 本当のところ、次に欲するものは彼女自身なのだけれど。それはキスを落としただけで真っ赤になる、純粋な緋天を混乱させてしまいそうで。せっかく手に入れた彼女に怯えて欲しくなかった。

「うーん、何かあげたいのにな・・・。じゃあ、いいや。頑張って、何か探す」

「ん。・・・帰るか?」

「あ、そうだ、ベリルさんにバレてて・・・。あぁ、もう、恥ずかしい・・・」

 

 立ち上がりながら、緋天の腰を引き上げる。

 そのまま離れがたく、手をつないでベースに戻ると、ベリルが笑いながら、門番と一緒に待っていた。

 

「おめでとー!!良かったねー、上手くまとまったみたいで」

「おめでとうございまーす!」

「・・・何で・・・」

「いやぁ!! 穴があったら入りたい・・・」

 

 

「何言ってるの、緋天ちゃん。ここはもう、穴の中だよ」

 頭を抱えてしゃがみこむ緋天に、ベリルが明るく答えた。


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