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気象予報士 【第1部】  作者: 235
これが本当の始まり
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「それでね、お前、手、出すなよ、って。あれは、かなり、かっこよかったですよー」

 顔馴染の門番が、勤務が終わって、意気揚々と自分に報告しにきてくれた。朝の蒼羽の行動を、昼休みに言いたかったが、当の本人がいたので、ずっと我慢していたらしい。

「あはは。私がけしかけたんだよ。すぐに反応して面白いなー」

   

 ぱたん、と玄関の扉が閉まる音がした。

「あ、噂をすれば。帰ってきたみたいだね」

 門番が奥の廊下をのぞいて、口を開いた。

「あれ? 緋天さん、どうしたんですか、顔。真っ赤ですよ?」

 その言葉に緋天を見る。かわいそうな位に頬が赤く染まっていた。その双眸が、若干潤んでいるから。思わず、からかいの言葉を投げる。

「どうしたの? 蒼羽になんかされた?」

 緋天は自分を見上げると、ますます赤くなる。

 

「かっ、」

「え? 図星?・・・どうしよう。何された?」

 彼女のあまりの動揺ぶりに、急に心配になってしまった。まさか蒼羽は、彼女の意思を無視して、何かとんでもないことをしてしまったのではないか、と。

「か、」

「緋天ちゃーん? か、って何? どうしたの?」

「・・・髪に、キスされたっ・・・こ、これって、あいさつですか?」

 すがるように、緋天は細い声を出す。

 彼女は自分で自分の気持ちに気付いているのかと。そう思っていたのに。

 どうやら誤算だったようだ。同時に、その程度で済んでいて良かった、とも。

 

「緋天ちゃん・・・・・・。そうだ、君が、この前、同級生に髪を触られた時、どう思った?」

「・・・別に、何も」

 うつむきながら、緋天は答える。

「じゃあ、蒼羽は? その同級生と同じ? 別に何も感じない? どうでもいい? それともすごく嫌な感じがした?」

 矢継ぎ早に出した問い。蒼羽の望みに気付いてほしい。そして、彼のことを同じように望んでほしい。純粋な彼女に、いきなり濃い気持ちを持て余した蒼羽をぶつけるようで、罪悪感もあったけれど。こうして蒼羽が手を伸ばしているなら、それを助けてやりたかったのだ。

 下を向いた彼女が、必死で首を横に振って否定の声を上げた。


「そっ、どうでもいいなんて思ってません! それに、嫌な感じなんて、して、ない、で、す・・・」


「なら、答えは判ってるんじゃない? さあ、蒼羽を探してきて。多分、その辺でふてくされてると思うから」

「っ、・・・はい」

 

 

「いやー、びっくりしましたねぇ。蒼羽さんって意外と手が早いなぁ。なんか、ゆっくり見守るって感じだったから」

 赤い顔のまま、また外に出た緋天の背中を見送って。

 門番が、心底驚いた、という顔で自分を見た。

「まあねえ、緋天ちゃんってモテるくせに鈍そうだし。だから落ち着いて見守るなんて事、出来なくなったんじゃないかな? 私がけしかけたせいもあるけど」

「あぁ。これからどうなるんだろう? なんか微笑ましいですねー」

 にこにこしながら、門番が言う。

 

「君、見たいよね? そうだよね?」

 ある事を思いついて、共犯になりそうな目の前の人間を誘う。

「ええ!!何言ってるんですか!そんな事・・・見たいです」

「さあさあ!!二階に行こうじゃないか!きれいな夕焼けを見に!!」

「はい!!どこまでも貴方について行きます!!」

「良く言ったね!!・・・これで共犯だ」

「う・・・分かってますよー。でもそんな近くに蒼羽さんいるかな?」

 門番がいぶかしげな声を出した。

「大丈夫!!蒼羽が一人になりたい時は、いつも近くで寝転がってるんだ。二階の窓から見える!!」

「おお!さすがベリルさん!!」

 

 気になるから、仕方ない。

 最後まで、見届けたい。

 そんな事を言い訳にして、二人を遠くから見守るために、二階に移動した。





 彼が、初めて自分の名前を呼んだ時。

 怖くて。怖くてたまらなくて。

 それなのに、自分で抜け出せなかった暗闇の中に、光が差した。

 優しくなだめてくれた、その声も。

 背中をそっとなでてくれた、その手も。

 全てが自分に安らぎを与えてくれて、涙がこぼれて止まらなかった。

 いつまでも、蒼羽の腕に、包まれていたい、とさえ思った。

 どこまでも、優しいあの人は、この気持ちを察しているだろうか。


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