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気象予報士 【第1部】  作者: 235
事の起こり
4/43

4

 どしゃぶりの雨の中で立ち尽くす人間がいる。

 雨宿りをする気配もなく、動かない。


 その格好が、異様だった。

 空を見上げた横顔は、雨が降っていることを喜んでいるようにも見える。それはそれで、珍しいものだったが。そんな事よりも、まず目に入った、その髪。 

 身につけた衣服は、自分と同じように不快を覚える程にべたりと濡れている。

 自分の仲間であるのならば、珍しい部類に入る黒髪も。



 


「・・・お前はどこの所属だ?見慣れない顔だな」

 仕方なく少女に声をかけた。

 本当に、仕方なく、だった。何しろ彼女が、自分の行き先である入り口の扉の前を塞いでいる。

 おまけに、平気で雨に打たれている人間なんて自分以外にそうそういない。希少である側の人間ならば、顔を知っているか、知らなくても、名前くらいは聞いたことがあるはずだった。

 自分よりも年下に見える彼女は、まだ同じ立場ではなく、位は下だろうと。その立ち姿からも、自分が傍にいる事に気づかない無防備さからも伺えた。


「え・・・?」

 彼女は首をかしげて自分を見る。

 雨にぬれているこちらの格好に驚いたのか、それとも声をかけられた事に驚いたのか。一度大きく瞬き、目をみはる。そののんびりした動きになぜか苛立った。

「どこの所属だ?この時期に見学か?センターから通知はきていなかったと思うが」

「え?え?・・・どちら様でしょう?」

 ひどく慌てた様子で逆に問われた。

 それがまた、なぜか勘にさわって居丈高に言い放つ。居丈高だ、と意識はしていた。誰かに教わった、自分を侮る人間に対してとる、偉そうな態度、というものは日常生活に身についている。


「何を慌てている?所属はどこだ?」

「えぇ?・・・あの、所属って何ですか? あ、これって・・・職質、ですか?警察の方ですか?」


 話が通じない。

 この、自分の目の前に立つ人間は、馬鹿だ、と。


 それを判断する前に、その切り返しに驚いてしまった。

 声が出てこない。

 こんな風に即座に言葉を返すことができないなど、記憶にある限りでは皆無。


 黙っている間に、彼女の表情はみるみる強張っていく。

 それでも、言葉を重ねようと口を開いた。

「・・・あの。あの、雨が急に降ってきて、それで、一気に濡れたからびっくりして。・・・買い物に来ただけです。そこの本屋さんに、・・・えっと、探してた本があって。あ、家は木船市の、みどり台で、2丁目の31番地です」


 耳を。

 耳を、疑った。


 ありえなかったのだ。

 この場所で、絶対に耳に入らないはずの言葉だった。それでも聞いてしまったそれが信じられなくて。そこにいる彼女の存在が信じられなくて。確かめる為にもう一度問い返す。


「お前の所属センターはどこだ?新人か?配属部署は?」

 矢継ぎ早に、自分と同じ側なら誰でも答えられる質問を。

 同じ答えが出ないように彼女の目を凝視しながら。偽りを口にしているのなら、制裁を与えてやると。

「す、みません・・・言ってる意味が、わかりません。・・・あの、警察の方ではないんですか?」

 怯えたような、その口調。

 視線が痛いのか目をそらしてから困惑気味に答えた。相変わらず雨に打たれながら。


 こんな事は。ありえない。

 何が原因でこんな事が起こるのだろう。目の前の彼女が冗談を言っているのならいい。それなら自分はこの人間をあっさり追い返せるのに。


「・・・急に降ってきて、びっくりしました。朝はあんなに晴れてたのに」

 反応がない自分を困ったように見て、間を持たせる為に気遣う様に続ける。

 その無邪気さに余計に腹が立つ。


「あ、・・・あの、・・・もう帰っていいですか?」

 

 そう言って、彼女が視線を向けた、その先は。

 たった今、自分が歩いてきた、背中の方向。


 確定。信じられない事態が今起こっている。

 自分には、対処しきれない事態が。

 いつもその背中を追いかけている、記憶の中の人間ならば一体どうするだろう。





「ベリル!!」

 彼女の腕を引っ張って、いつもなら自分一人が通る木枠で囲まれたガラスのドアを開けて大声を出した。

 床一面磨かれたフローリング。左手にちいさなカウンター、右手に大きなソファが三つ、コの字型にテレビに向かって配置されていた。

 いつもの通り、変わらない。

 彼女の存在以外、何も変わりはない。


「どうした?大声を出すなんて珍しい・・・っと、そのお嬢さんは?センターから見学の知らせなんて来てたか?」

 カウンターの中を掃除していた、金髪の男が振り返ってまず自分を見て少し驚き、彼女に視線を移した。

「違う」

 彼の出した声が、そうやって多少驚きこそすれ、あまりにもいつも通りだった。

 それに苛立ちを覚えて、彼の目を見て言う。左手はまだ彼女の腕をつかんで離さない。離せばこの異常な状況が余計に悪化しそうだった。


「外で、・・・そこの通りで雨の中にいた。表の人間だ」

 意を決して吐き出したその言葉に、彼は青い目を見開いて彼女を見つめた。つられて横を見れば、視線を集める彼女は間の抜けた顔でベリルを見上げて、それから自分の腕に視線を落とした。

「・・・蒼羽、冗談じゃ・・・・・・ないよねぇ」

 ふ、と溜息をついて、彼が自分を信じようとしないので、苛々したまま睨むように見返せば。

 ベリルは苦笑した後、真顔に戻る。そしてまた彼女へと視線を動かして。

 


「っくしゅ!!」

 ふいに奇妙な沈黙が途切れた。彼女は自分で自分のくしゃみに驚いて慌てながら口を開く。

「す、すみません。えーと、なんだかよく判らないんですけど・・・何かあったんですか?」

 我に返ったベリルがそのずぶ濡れの格好を見て笑う。

「とりあえず。そうだ、お嬢さんは風呂だな。風邪をひいてしまう。こっちへおいで。蒼羽、お前も着替えないと」


 現実逃避なのか。

 それとも、女性から受けがいい彼特有の優しさなのか。


 口調を和らげて彼女を手招きするベリルは、既にいつもの彼に見える。

「えっ、あの、そんな・・・ご迷惑じゃないですか?」

 更に慌てながら彼女はベリルを見上げた。

 その顔が上に向いたせいで、髪束からぽたぽたと雫が床に落ちていく。

「君に風邪をひかれたんじゃ後味が悪いよ」

 ベリルはそう言ってカウンターの隣のドアを開けて、その奥の階段を示してから促す。それを受けた彼女は少し微笑んでから、引き寄せられるように歩きだした。

 ずっと掴んでいた細い腕を離してから、カウンターの椅子に座る。手を離した自分を振り返ってから階段に向かって歩く彼女の背中を見て、息を吐いた。ようやく重い荷物を背から降ろしたような感覚で。

 

「私はベリル、あの無愛想が蒼羽だ」

 ドアの向こうで自己紹介をするベリルの声が聞こえてくる。

「ソウウ、さん?変わったお名前ですね」

「蒼い羽と書くんだ」

「わあ、かっこいいー。あ、あたしは河野緋天です。ヒテンは緋色の緋に、天国の天です」

「・・・お嬢さんもじゅうぶん珍しいよ。きれいな名前だね。あ、お風呂はここだよ。服はここにいれてくれればすぐ乾くから。乾燥機だよ。20分位かな。そう、このボタン押してね。え?うらやましい?でも洗濯物は太陽の下で干した方が絶対いいよ。ドライヤーはね、ここ。タオルはこれ使って・・・」

 

「・・・緋天」

 無意識に2人の声に耳をすませて、訳もなく、その音を紡いだ。

 名乗られたそれに、ベリルが一瞬口を噤んだ気持ちがよく分かる。

 間違いなく、自分側の人間ではない。


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