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「はい、これお弁当」
ベリルがピンクの布に包んだ、四角い物を手渡してくれる。
「え? いいんですか?」
「うん。ここで働くなら、ご飯の心配は無用。毎日作ってあげるよ」
「わぁ、ありがとうございます。なんかベリルさんって・・・お母さんみたい」
にこにこと微笑む彼の笑顔は温かい。
大泣きしているところも見られてしまったのだ。もう今更、何かを取り繕う気もなくなってしまって、ただ嬉しかった。
「・・・お母さんって。せめてお兄さんって言ってよ」
がく、と肩を落としてベリルが言う。話を聞いてくれて、諭してくれて。お弁当まで作ってくれるマメなその感じは本当に母親のようで、思わずそう言ってしまったのだ。
「さあ、張りきって行きましょう!! 緋天さん!」
以前、センターで自分にピアスを届けた、マルベリーという男性がわざわざ迎えに来てくれていた。元気いっぱいというその声に、少しばかり自分の気持ちも明るくなる。
「はい。じゃあ行って来ます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。変な人について行っちゃダメだよ」
心配そうに言って、手を振るその姿は。やはり母親のよう。
「大丈夫です。自分、しっかりお守りしますから」
真面目な顔でマルベリーが答える。
「・・・やっぱりお母さんだ」
「あ、アウトサイドの娘が来たぞ。これからセンターに行くんだな」
草原を下って来る、緋天とマルベリーを見て、相方が言った。
「熱が出たってベリルさんが言ってたけど、元気になって良かったー」
「ああ、お前、あの娘が倒れた時に居たんだっけ?」
「そうそう。あの時の蒼羽さんが見た事ない顔でさー、おれ・・・」
言いかけて、口をつぐむ。すぐ近くに二人が来ていた。
「こんにちは」
緋天が声をかけて、門が開くのを待っている。笑顔なのだけれど、どこかそこには陰りが見えた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
「午後にまた、お送りしますので。当番の人に伝えておいて下さい」
そう言って緋天とマルベリーは門を通って、去って行った。それを見送って相方はまたもはしゃぎだす。
「・・・やっぱかわいいよなー」
「今日はなんか元気なかったよなぁ? まだ本調子じゃないのか?」
「さあ。オレらにもチャンスあるよな。しばらくセンターに通うみたいだし。オレ、来週は昼の当番にしてもらおうっと」
「緋天さん、今日は元気がないね。まだ体調が回復してないのでは?」
「・・・あ、オーキッドさん」
センターの中で、色々な人に質問をされて。それに答えながらも目が泳いでいたり、呼びかけても気付かなかったり。そんな緋天を見て、帰りぎわ、彼女を呼び止めた。慣れないこちらの世界に、やはり疲れてしまうのだろうか。もう一日、休ませてあげれば良かったと、後悔の念が湧き上がる。
「無理しなくていいんだよ。それとも何か心配事かな?」
「っ、ごめんなさい」
自分の言葉に、びくりと体を震わせて緋天は謝った。何故、そうやって謝る。
そうやって縮こまる様子が、本当に痛々しく見えて。彼女は何かに怯えているようだ。
「・・・いや、別に責めている訳ではないからね。そうだな、気になる事があるなら、早めに解決した方がいい。時間が経てば経つ程、単純な物でも複雑になるから」
「・・・はい」
「明日は外から雨が流れてきそうだし、忙しいんだ。来週また来てくれるかな?」
「え? そうなんですか?」
緋天が顔を上げて、自分を見る。そこには何か言いたげな表情。
何を気にかけているのだろう。その憂いを取り除いてやりたいが、彼女の方は、まだそこまで心を開いてはいないようだった。
「・・・今週はずっと天気も悪かったし、蒼羽も忙しいだろうね。最近のアウトサイドは、マイナス感情を心にしまい込みやすいから。うまく発散できない若者が多いんだね。だから具現化する確率も、昔より、かなり高くなっているんだよ」
緋天の顔が暗くなっていく。
「蒼羽さん、・・・休む暇あるんですか?」
その口から飛び出した言葉は、予想していなかったものだった。彼女に対して無愛想なだけの蒼羽を、これだけ気遣ってくれるというのがとても嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
先程見せた表情は、蒼羽へのものだったのか、と。
「まあ、晴れてる時は割と暇だからね。雨が続く時は、他の地区から応援を呼んだり、予報士の見習いを使ったり、ベリルも手伝ったり。無理をさせないようにはしてるんだけどね。蒼羽はめったに助けを求めてこないんだ。だから緋天さんからも、あの子に言ってくれないかな?疲れたら休むように」
どうやら。
自分の知らないところで何かが動き始めているらしい。
「・・・はい。じゃあこれで失礼します」
「ああ。気を付けてね。・・・おーい、誰か、緋天さんを送ってあげて」
うつむいて唇を噛む。鈍い痛みがじわりと生まれた。
誰かが蒼羽に、無理しないで、と言っても。
彼は、心配するな、と言って。何でも一人で片付けるような気がした。
誰も見ていなくても、決して手を抜かずに、完璧に仕事をやり遂げる。
誰にも甘える事なく、弱音を吐く事もなく。
彼はいつ、どこで、その羽を休ませているのだろうか。
それを誰かに見せる事は、あるのだろうか。
自分はそれを見る事が、できるのだろうか。
きっと。
その光景は、泣きたいくらい、きれいなんだろう。




