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気象予報士 【第1部】  作者: 235
事の起こり
3/43

3

 ざわざわと、周囲が喧騒に包まれている、と。

 しかもその音色が、このフロア特有の、ゲームのサウンドやメダルの動く金属音とはまた違うものなのだと、頭の隅でぼんやり思う。


「河野さん!」


 びくん、と肩が大きく震えたのは、自分の名前を呼ばれたからだ。

 ふ、と唐突に。耳にたくさんの音が届いて我に返った。


 いくつもの視線が自分へと突き刺さっている。ざわざわとしているのは、こちらを見ながら口を開く人々が発信源。

「・・・あ、っ、・・・!」

 息が止まっているような気がした。

 それでも吐き出したのは、言葉にならない小さな悲鳴のようなもので。どうしてしっかりと、この状況を、たった今自分を呼んだ店長に説明する言葉が出てこないのだろう、と思った。焦ったのは、傍らに立っていた男性がもう既に、怒鳴るようにまくし立てていたから。

 彼のその声が、うるさいとよく言われるこの場所の音の洪水の中ですら、際立つように周囲の人々を寄せ集めていた。


「申し訳ありません! お怪我はありませんか!?」

「・・・っ、・・・」

 勢いよく頭を下げる店長を見て、目に涙が溜まっていった。

 転ばせてしまった、自分の右手が客である男性を押してしまった。どこに当たったのかは分からなかったが、何かを思いきり押した感覚が、掌にはっきりと残っている。

「ずいぶん乱暴なんじゃねぇの!? 店員の教育ぐらいしっかりできないのか!」

 顔を赤くして狂ったように文句を言い続ける彼の。

 その声が。それから、存在自体が。

「黙ってないで謝れよ、こら!!」

「っっ、・・・!!」


 怖くて。


「申し訳ありません!!」

「ゲームの途中なんだよ! こいつのせいで損してんだよ!!」

「申し訳ありません、メダルを収集させて頂かないと、中の方で途中であふれだして、動かなくなってしまうからなんです。どうかご了承下さい。彼女がお邪魔をした分はお返し致します。どうぞこちらへ」

 謝罪を繰り返す店長の声は、だんだんと静かなものへ変わっていく。

 その成果なのか、憤った客も、彼に続いておとなしくなった。引き換えにとでも言うように提示した、無償でのメダル提供が、それを手伝ったのかもしれない。

 自分の横を離れていく彼らを見送ったはいいけれど。

「緋天ちゃん・・・大丈夫?」

「っ、~~~、・・・はい」


 泣くなんて、だめだ。

 それだけは、してはいけない。


 気遣うように優しい声をかけてきた、顔見知りの女性。

 彼女も、客であることに変わりない。

 だから、この場で泣くことはだめだ、と。


「・・・足元、失礼します」

 指先の震えを抑えられないまま、途中で放り出していた仕事だけは片付けようと、しゃがみこんだ。下を向いていれば、誰も自分のことなど気にしないから。


 カウンターの方向へと消えた、彼らを追いかけて。

 謝ることは、できない。


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