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ざわざわと、周囲が喧騒に包まれている、と。
しかもその音色が、このフロア特有の、ゲームのサウンドやメダルの動く金属音とはまた違うものなのだと、頭の隅でぼんやり思う。
「河野さん!」
びくん、と肩が大きく震えたのは、自分の名前を呼ばれたからだ。
ふ、と唐突に。耳にたくさんの音が届いて我に返った。
いくつもの視線が自分へと突き刺さっている。ざわざわとしているのは、こちらを見ながら口を開く人々が発信源。
「・・・あ、っ、・・・!」
息が止まっているような気がした。
それでも吐き出したのは、言葉にならない小さな悲鳴のようなもので。どうしてしっかりと、この状況を、たった今自分を呼んだ店長に説明する言葉が出てこないのだろう、と思った。焦ったのは、傍らに立っていた男性がもう既に、怒鳴るようにまくし立てていたから。
彼のその声が、うるさいとよく言われるこの場所の音の洪水の中ですら、際立つように周囲の人々を寄せ集めていた。
「申し訳ありません! お怪我はありませんか!?」
「・・・っ、・・・」
勢いよく頭を下げる店長を見て、目に涙が溜まっていった。
転ばせてしまった、自分の右手が客である男性を押してしまった。どこに当たったのかは分からなかったが、何かを思いきり押した感覚が、掌にはっきりと残っている。
「ずいぶん乱暴なんじゃねぇの!? 店員の教育ぐらいしっかりできないのか!」
顔を赤くして狂ったように文句を言い続ける彼の。
その声が。それから、存在自体が。
「黙ってないで謝れよ、こら!!」
「っっ、・・・!!」
怖くて。
「申し訳ありません!!」
「ゲームの途中なんだよ! こいつのせいで損してんだよ!!」
「申し訳ありません、メダルを収集させて頂かないと、中の方で途中であふれだして、動かなくなってしまうからなんです。どうかご了承下さい。彼女がお邪魔をした分はお返し致します。どうぞこちらへ」
謝罪を繰り返す店長の声は、だんだんと静かなものへ変わっていく。
その成果なのか、憤った客も、彼に続いておとなしくなった。引き換えにとでも言うように提示した、無償でのメダル提供が、それを手伝ったのかもしれない。
自分の横を離れていく彼らを見送ったはいいけれど。
「緋天ちゃん・・・大丈夫?」
「っ、~~~、・・・はい」
泣くなんて、だめだ。
それだけは、してはいけない。
気遣うように優しい声をかけてきた、顔見知りの女性。
彼女も、客であることに変わりない。
だから、この場で泣くことはだめだ、と。
「・・・足元、失礼します」
指先の震えを抑えられないまま、途中で放り出していた仕事だけは片付けようと、しゃがみこんだ。下を向いていれば、誰も自分のことなど気にしないから。
カウンターの方向へと消えた、彼らを追いかけて。
謝ることは、できない。