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気象予報士 【第1部】  作者: 235
理解不能
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「ベリル!!」

 ベースの扉を乱暴に開けて、いつかと同じように大声を出した。

 たった二日前の事が、ひどく昔の事だったような気がする。いつも落ち着いて自分を迎えるパートナーは、どこにも見当たらない。変わりにカウンターに座った、顔なじみの門番が振り返りながら答えた。

「ベリルさんならさっき出かけましたよー・・・ってどうしたんですか!? その娘、昨日のアウトサイドですよね。うわ、真っ青だ」





 蒼羽が扉に背を預けて、腕に抱え直した緋天を見て、反射的に立ち上がる。

「悪い。そこのドア、開けてくれ」

 あごの先で、カウンターの横の扉を示されて、慌ててそれを開ける。

「大丈夫なんですか?」

 今までに見た事のない、焦った表情の蒼羽を目の当たりにして、自分も落ち着かない気持ちにさせられた。

「判らない。とりあえず横にさせる」

 階段を上りながら蒼羽がつぶやいた。その声はとても弱く響いて。いつもは近寄りがたい空気を発する予報士と、一介の門番に過ぎない自分達の距離が短く感じる。彼は自分よりも年下なのだという事実を思い起こさせた。できるだけ優しい声を蒼羽の背中にかける。

「ベリルさん、すぐ帰るって言ってましたから。大丈夫ですよ」

 

 



 自分の部屋のベッドに緋天を下ろす。真っ青な顔をして、苦しそうに浅く短い呼吸をくり返している彼女。細い腕に鳥肌が立っているのを見て、布団を緋天の肩まで引き上げて掛けた。

「・・・悪い。俺のせいだ」

 つぶやいて、ベッドの端に腰掛ける。

 今謝っても、どうしようもないのに。

 何故あんな風に、馬鹿みたいに苛立っていたのだろう。罪悪感が体をめぐっていた。

 もう一度顔をのぞき込むと、荒い呼吸は落ち着いていた。少しほっとして、緋天の額に左手を乗せる。その肌は驚くほど冷たくて。自分の体温が移るように、手のひらをそっと押しつけた。


 泣き出したいほどの焦燥感に、体の内側を焼かれた。

 その感情をしまい込んで、緋天の顔を見つめる。左の耳朶に、青い石が収まっているのを目にして、自然と手が伸びた。額から耳へ。指の甲でなめらかな肌と冷たい石の感触に触れる。

 


 どうでもいいと思っていた。

 他人が何をしようと、自分には関係が無い事で。

 ほんの少しの、自分を大事にしてくれる人達が幸せに暮らせれば、それだけで良くて。その幸せを守る為に、仕事をこなしているのが当たり前だった。

 アウトサイドなんて、全く関係がないのに。

 初めはいつも笑っているその態度に、偽善を感じたりしていたのに。


 その黒い髪も、なめらかな肌も、やわらかな声も、心に居座る笑顔も。

 全てが自分に向けばいい。自分だけが独占できればいい。

 自分の行動が緋天の体を傷つけたのに、そのせいでこんなに後悔しているくせに。今なら。今の状態なら、全てに手が届く。

 


 左手で緋天の肌をなぞった。

 耳から髪。さらりとした感触の髪は、ベリルや、先程の男が触れたように。それをして、そうしたかったのだと気付いた。

 髪から頬。頬から、唇。


 今の自分は。

 きっと醜悪な顔をしている。


 そんな事が判っていても、口元に笑みが浮かぶのを抑えられなかった。

 何かに引き寄せられて、少しずつ、顔を寄せた。

 彼女の近くへ。

 少しでも、近くへ。

 

 

「・・・ん」

 緋天の唇から小さな声が出て、我に返る。

 彼女のその、柔らかそうな唇。欲していたそれを手に入れる前に跳ね起きて、緋天の顔を伺う。目をつぶって眉をしかめたその表情は、自分を非難しているようだった。


 自分は一体、何をしようとしていたのだ。


 その答えが分かって、拳を固めた。自己嫌悪が駆け巡る。

「・・・蒼、羽さん?」

 緋天が自分を見上げていた。まばたきをして口を開く。

「あたし、確か・・・貧血になって。・・・何で寝てるの?」


 

 


「悪い。俺のせいなんだ」

 申し訳なさそうな顔をした蒼羽が口を開く。

 その顔の向こうに、斜めになった天井。

「ええ? 別に蒼羽さんのせいでも何でもないですよ。ただの貧血です」

 今のこの状況が、とても恥ずかしくて。

 ベッドの端に腰掛けた彼は、いつもよりもかなり近い位置で自分を見下ろしていた。

「蒼羽さんが運んでくれたんですか? すみません、重いのに」

 起き上がろうとすると、手を伸ばしてこちらの肩を、蒼羽が押し止める。

「まだ顔色が悪い。寝とけ」

「平気ですよ、顔色は悪いかもしれないけど。貧血って気持ち悪いのが過ぎたら、後は全然元気ですから」

 笑ってみせて起き上がって、蒼羽に説明した。辺りを見回して、自分の靴が少し離れた所にあるのを見つける。蒼羽が立ち上がって、それを足元に置いた。

「あ、ありがとうございます」

 右足を靴の中に滑り込ませて、体が硬直する。

 鈍痛が、そこから発せられていた。

 

「・・・どうしよう。足、捻挫したみたい」


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