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気象予報士 【第1部】  作者: 235
本当は優しいって思ってました
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「おい、あの娘、さっきお前が連れてたアウトサイドだろ?」

 顔なじみの武器屋の息子が、以前注文していた製品を届けに追いかけてきた。彼の副業のような、装飾品を売るテントで偶然会い、それで商品の出来上がりを思い出したらしい。説明を聞いていたら、自分の後ろを指差して嬉しそうに見ている。

「ん? あららら、なーんかタチの悪い奴に声かけられてるぞ」

 言葉と表情が一致しない彼にそう言われて後ろを振り返ると、確かに、良くない種類の人間に絡まれているのが見えた。

「・・・お前、警備兵呼んで来い」

 彼女の存在そのものが面倒なのに、何故こうも騒動ばかり、と。

 今からの状況を推測して、何か憂鬱な気分になり、溜息が出た。

 捕まえた後の事を考えて、右側の通りに足を進める。

「え? なんでそっちに行くんだ?」

 相変わらず、悠々と笑いながらそんな事を口にする。彼がこの状況を楽しんでいるのは明らかだった。長い付き合いだからこそ、そんな風に構えているのがこちらも分かっているので。あえてそれを指摘せずに答えた。

「あのスキンヘッドの仲間がいる。騒ぎ出して逃げられたら面倒だ。後ろから回り込む」

「ひゅう。かーっこいい」

 背中にかかった、からかいの声を無視して足を速めた。

 

 

 

 

「・・・手を離せ」 

 ごつごつとしたその手が、彼女の首を一周しそうな光景を見て、何か嫌な気分になる。

 どうすればそんなに簡単に、首を絞められる状況になるのだ、と緋天を問い詰めたくなった。男の右手がようやく緋天の首から外れ、そのほっとしたような顔を見て。男はにやついた笑いを浮かべて自分に目を向けた。

 左手は、まだ細い腕を掴んだまま。

「ガキが正義の味方ごっこか? 自分の女と何しようがお前に関係ないだろうが。このナイフを外せ」

 彼女が困惑げにこちらを見る。何と言ったのか雰囲気で察したのだろうか。その涙のたまった目から視線を逸らした。ナイフを動かして、男の喉に浅く食いこむようにする。

「っお、おい。ナイフをどけろと言っただろ? お前ら、何とかしろ」

 男は自分の背後にいるはずの手下に声をかける。緋天の目には、その手下の時間が止まったように、立ったまま凍りついているのが見えているだろう。実際は、左腕を伸ばして、手下の動きを石の力で押さえ込んでいるだけなのだが。

 仲間が動かない理由が判ったのだろうか。

 唐突に、その無駄に鍛えたように見える手が、緋天の腕を乱暴に突き返す。反動に耐えられず、彼女がよろけてその場に転んだのを、目の端で一瞬とらえた。

「おーい、そこのおっさん。いいのかよ? あんたにナイフ向けてんのは、予報士だぜ?」

 背中で、警備兵を呼びに走らせた男の間延びした声が聞こえた。

「な、うそだろ? こんなガキが予報士なわけないだろ? うわっ、何だ!?」

 スキンヘッドの男が急にうろたえる。

 その後ろから揃いの服を着た、警備兵が出てきて、素早く三人を縛り上げて、連れて行った。中々優秀だ、とその動きに満足してから、いまだに地面に座ったままの彼女が目に入り。

 面倒だ、という思いに、またも溜息が出た。

 

 



 気付いたら、まわりに人が集まり始めていて。

 蒼羽が座り込んだままの自分を上から見下ろしていた。その口から、疲弊したような吐息。

「・・・行くぞ」

 眉間にしわを寄せてそう言って、彼はこちらの右腕を引っ張り上げる。

「っや!!」

 びくん、と自分でも驚くほど体が震えた。

 掴まれた場所が、つい先程まで男が力を入れていた所で。そこから生まれた嫌な感覚を再び思い起こしてしまった。思わず彼の手を払いのけてしまっていた。

 咄嗟に出た拒否の声に驚いて、蒼羽は左手を離した。謝ることもできずに、ただ呆然と再び地面に座り込む自分を。彼は黙ってしばらく見下ろしていた。

 ああ、まただ、と。

 竦んでしまった体と、うまく言葉で説明できない自分が嫌になる。

 ごめんなさい、とせめて目線で訴えると。彼の双眸が一瞬逸らされてから、更に眉間にしわが寄っていく。


「・・・え・・・っ」

 突然起こった事に思考が追いつかない。

 一旦離れた蒼羽の左手が、再び伸ばされて。腰をかがめた彼の、その腕が体に回った。


 一気に上へと引き上げられて。

 極々近い位置に、蒼羽の肩。背中に添えられた暖かい手がそっと離された。

 きっと今、自分は赤い顔をしている。そうと分かるほど、頬が熱を持っていた。せっかく気を遣ってくれた蒼羽にお礼の言葉も口にできない。そんな自分の過剰な反応に戸惑ったのか、それを打ち消すように彼は口を開いた。

「見せろ」

 蒼羽の手が右袖をまくり上げる。

 男の指の跡が、見事に。

 腕に、赤く浮かび上がっていた。鋭い目をしながら蒼羽は左手でそこに触れて、親指でそっと跡をなぞる。触られているのが自分の腕だと思えないほど、彼のその指先が優しかった。

「痛いか?」

 その感覚に、更に頬に熱が上がっていって。

「えっ!?・・・いえ、あの、その、痛いんですけど大丈夫、です」

 彼のその行動が何を意味していたのか、ようやく悟った。

 間抜けな声を出した自分に、相変わらず笑みも見せず。

「そうか。じゃあ帰るぞ」

 一人で慌てている自分にそう言って、蒼羽は歩き出した。

 


 

 

 緋天が背中から、先程の手下を止めていたのは何だったのか、と問いかけた。泣きそうな目をしていたけれど、どうやら立ち直ったらしい。振り返って、彼女に歩みを合わせる事を思い出した。

「左手のグローブに石を仕込んである」

「・・・わ、なんか石って便利ですね。重い物軽くしたり、言葉を翻訳したり」

 感慨深げに緋天がそう言って、横に並んだ。その言葉にピアスを思い出して。

 そもそも彼女の言葉が通じていたなら、絡まれたとしても、面倒な事態は避けることもできていたかもしれない。どうして逃げられないのだ、そう責める代わりに、緋天の耳に目線を移す。

「ピアス。早くつけろ」

「うっ・・・実はピアスホール開けるの怖いんです」

 どうしよう、とつぶやいたその顔。

 それが、妙に面白く感じて。

「痛くない。俺が開けてやろうか?」

 勝手に自分の口から信じられない言葉が出ていた。

 緋天が目を見開いて、自分を見て言った。

「え、本当ですか?」

 びくびくしながら自分をのぞきこむ、その顔もまた面白くて。

「ああ、すぐに終わる」 

 

 自分でも気付かない内に、口元が緩んでいた。


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