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気象予報士 【第1部】  作者: 235
本当は優しいって思ってました
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 来た時と同じくらいの速さで蒼羽が先に進む。いつの間にかテントの並ぶ通りから外れていて、少し細い道を歩いていた。自分の足がまた小走りになっているのに気付いて、蒼羽の背中に声をかけた。

「蒼羽さん、あのっ、できれば、スピード落として下さい・・・」

 立ち止まって蒼羽が振り返る。そこには驚きの顔。

「ああ、そうだった。悪い」

「っ!!」

 自分が追いつくのを待って、蒼羽が言う。

 眉間にしわはあったけれど、その言葉に冷たい響きはなくて。悪い、とすんなり謝られて、一瞬息を止めてしまった。これは、この人なりにかなり気を使っているんだと分かって、オーキッドを思い出す。蒼羽がこれだけ言う事を聞く彼は、一体何者なのだろうか。

「・・・ん? あいつ、追いかけてきてるな」

 蒼羽が自分の頭を飛び越して、その後ろを見て呟く。

 自分へ伝えようとしているのと、独り言と、半分ずつに聞こえて少し頬が緩んでしまった。振り返ると、通りのずっと向こうに、先程のアクセサリー屋の男性がこちらに向かってくるのが見えた。

「ここで待ってろ。すぐ戻る」

「はい」

 蒼羽が来た道を引き返すのを見送り、通りの脇に備えられたベンチに腰を下ろして、足をぶらぶら遊ばせる。つま先の向こうには小さなピンクの花が、レンガの隙間に咲いていて、それをつついてから、歩いてきた道を見た。

 蒼羽が遠くからでも目立つ赤い髪の彼と話しているのが見えて。しばらく眺めていたら、相手の男性が大きく手を動かして何か言って、蒼羽が真面目にそれに答えるのが見えた。

「無視してない、って事は、大事な話かな?・・・長くなりそう」

 

 

 また足元の花に目をやって、暇つぶしに足を動かしていると。ふと、その場の日が陰った。上を向くと、目の前にスキンヘッドの大男。にやにや笑いながら何か話しかけている。

 目元に傷。派手な紫色のシャツを着ていて、太い腕には刺青らしき模様。

 外見で人を判断してはいけない、と分かってはいたけれど。見上げたその男の事は、それで判断していい気がした。彼の後ろには、似たような派手な服を着た、幾分小柄の仲間と思しき二人。

「・・・すみません、言葉通じないので。それに人を待っているんです」

 通じないとは判っていても、できるだけ丁寧にそう言って、目の前から立ち去ってくれる事を祈る。

 知らない言葉を聞くだけで、どこかへ行くだろうと思って。

 大男はこちらの言葉を聞いて、少し驚いたけれど、気にせずに話し続ける。すばやく隣に座って熱心に何かを言って、唐突に右腕が引っ張られた。痛い、と思った時には、引かれた勢いで立ち上がっていて。

「っえ!? ちょっと、あの、離して下さい」

 どこかへ行こうと言っているのは雰囲気で分かる。昨日の蒼羽のように、強制的に自分を連れて行こうとする男の腕を離そうとすれば、それ以上に強い力で腕をつかまれた。後ろで立ったままの仲間の二人の顔に、明らかに下卑た笑いが浮かぶのが見えた。

「っっ、もう!! 離してくださいっ!!」

 少し強めに言い放って睨む。

 こんなに強気に出れたのは、自分でも意外だった。相手の立場が、客でもなんでもないからだろうか。

「離して!!」

 大きな声を出して、幾許かの恥ずかしさと、罪悪感と、怒りと。

 それ以外にも、どこか高揚して、何かが発散された気がした。

 そんな事に驚いていると、つかまれたままの右腕に指を食い込ませて、歩き出されてしまった。

「っい、たい!・・・っいや、・・・」

 何とか足を踏みとどめようとしたら、ずるずると靴底が滑って引き摺られる。

 誰か見ていないのか、と周りを見渡し、それから、蒼羽と一緒に来たのだ、とようやくその事に気付いた。彼に助けを求めようと振り返って通りを見たら、蒼羽もアクセサリー屋の男性もさっきまでいた場所に見当たらない。

「え!? やだ、どうしよう・・・」

 頼りになる相手が見当たらなくて。

 出した声が自分の耳にも弱く聞こえた。同じ音を聞いた男が嫌な笑いを浮かべて自分に向き直る。彼の左手は相変わらず腕を握ったままで、右手で首を後ろからつかんだ。何のつもりだろう、と思えば、男の親指が喉の上をさわって、あごを下から支える。


 指先が、気持ち悪かった。

 そんな風に、誰かに触られたのは初めてで。

 とにかく、嫌悪感しか沸いてこない。


 脂ぎった男の顔が、間近に近づいてきて、やっとその行動の意味を悟ってしまう。

「や、嫌っ、やめて下さい!!」

 またしても。

 自分の口から出る抗議の声は、弱々しく響いた。

 先程は、強気だと自分でも思っていたのに、同じ気持ちに戻れない。


 更に男の笑いが深まる。顔が近付いてきて。

 首とあごを押さえられたせいで顔をそむける事も出来ない。

「やだ!!やめてよぅ、やだぁ・・・っ」

 どうしようもないほど男の顔が近づいて、涙が浮かんでくる。

 空いた左手で、彼の体を押しているのに、少しも動かないのは何故。逃げられないこの状況で、最悪な事をしてくる目の前の男の前で、もう駄目だ、と。

 ぎゅう、と目をつぶった。

 

 

 

 

「やめろ」

 聞き覚えのある声だった。

 自分がどれだけその声を待ち望んでいたか、ほっとしながら気付く。静かに、空気の間を滑るように出されたその声音が、じわりとどこかに染み渡っていく気がした。目を開けると、先程と同じ距離、ごく間近の男の喉元に、細身の長いナイフが当たっている。きらりとそれが太陽の光を反射して。

 そろそろと男の顔が遠ざかって、溜息まじりの低い声が聞こえる。

「・・・手を離せ」

 

 

 男の右側に蒼羽の背中が見えた。


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