13
蒼羽の歳を聞いて、しばらく何かを考え込むように黙った緋天。
何を思っているのかと問うよりも、話の当人はどこにいるかを口に出す。
「・・・ああ、そうだった。もうすぐ蒼羽が帰ってくるから、そしたら二人で予報センターに行ってくれるかな? さっき言った私の上司に顔見せて、ついでに緋天ちゃんの来週までの予定を聞いてきて。あと細かい事で決められる事があったらそれも相談して」
一気に伝えたその言葉に彼女は表情を曇らせる。
「・・・ベリルさんは行かないんですか?」
緋天を一緒に行動させるのは、蒼羽にとっていい影響を与えると。
直感的にそう思ってしまったのだ。確かに蒼羽の態度は、彼女にとっては困るのだろう。自分の方を頼ってくれているのは分かる。及び腰の緋天を目の当たりにすると、少し心が痛んだが。
「ごめんね、私は留守番。今日はやらなきゃいけない仕事があるから。それに予報士の仕事内容を予報士から直接聞いた方がいいよ。これからの仕事もやりやすくなるしね」
ベリルの言葉にうなずいたその時、蒼羽がガラス扉を開けて家の中に入ってきた。すでに聞いていたのか、自分がいるのを見て、口を開く。
「・・・行くぞ」
その冷たい声に反応して、思わずびくついてしまった。そんな自分を見たベリルは明るく言い返す。
「蒼羽はせっかちだなあ。さ、緋天ちゃん、蒼羽についていけば大丈夫だからね。外に出たら、もうこちらの世界だよ。楽しそうでしょ」
「・・・えっと、ここはまだ穴の中だから。商店街のアーケードから出たら、向こうの世界で。ここの別の出口から出たら、こっちの世界なんですよね」
大きな興味が勇気を起こして。蒼羽と2人になる決心もついた。
ベリルが開いていた、カウンター横の扉を指す。
「そうそう、こっちの奥に出口があるから。はい、行ってらっしゃい」
笑顔の彼の横をすりぬけて、蒼羽がさっさと歩き出す。
「行ってきます」
蒼羽の後をあわてて追いかけながらベリルに答える。右手には、昨日上った、二階に続く階段。廊下はまっすぐ奥へとつながっていて、左に曲がっていた。蒼羽はもうその角を曲がっていて、急いで後を追う。左に曲がると右手は庭に面していて、長い廊下が縁側のような作りになっていた。
ガラスの向こうに見える庭はイギリス風で、思わず口元がほころんだ。ちらりと見えた庭の向こうは草原で。ああ、これはもうこちらの世界の風景なんだ、と思う。廊下の奥に玄関が見えて、外に出る。庭の間を通って、アーチ上のバラを絡ませた門を抜ける。
表の世界なら。位置的には大きな道路が通っているはずのそこは一面の草原で、あまりに広くて驚いてしまう。小高い丘になっていて、右手に小さな街が見えた。その方向に向かって蒼羽が歩いているのが見えて、小走りになって追いかけた。今日は髪と同じ色のシャツに、黒の皮のパンツ。小走りなのに、そのワイン色にはまだ追いつかない。
「蒼羽さん、あのっ、ちょっと待って下さい」
ダメもとで言葉にのせてみる。意外な事にその声は届いたようで、蒼羽が立ち止まって自分を振り返った。
「何だ?」
「えっと、あの、その、・・・もうちょっとスピード落として頂けたら・・・」
息が上がった自分を見て、ふ、と鼻で笑って言い放つ。
「連れて行ってやるんだから、文句言わずについて来い」
急ぎ足。彼の背中について行く為に、自然と足は速く動いた。さっきは蒼羽が先に歩いていたので追いつくのも一苦労だったけれど。今はスタート地点が同じ。
それでも蒼羽を追いかけるのは大変で。けれど、彼にもう一度声をかけて、その目を見るのは怖かった。
面倒くさそうな顔。先程自分を見下ろして、彼が吐いた言葉に。体が固まった。こんなふうにあからさまなマイナス感情を、自分に向ける人間に、今まで会った事がなかった。
多分、嫌われているのだろうと思ったら、急に蒼羽が怖くなってしまった。また冷たくあしらわれたら、何かが壊れそうだったのだ。驚くほど整った顔に浮かぶ、冷たい表情。
無愛想なだけで悪い人ではないんだ、と判っているのに、自分を見るその目と、冷たく響く声が本当に、怖い。
下り坂がゆるくなって、目の前に黒くて高い柵が見えた。それは丘を囲むように左右に広がって。正面に二人、柵の向こう側に、こちらに背を向けて立っている人間が見える。蒼羽はそこに近づく。二人が気付いて蒼羽に声をかけた。自分には全く判らない響きの言葉だったので、この人達はこちらの人間なのだと判断する。
「これが昨日言っていたアウトサイドだ。今からセンターに連れて行く」
蒼羽が自分を指して、二人に説明する。彼らは何事かうれしそうに言い合ってから、こちらをまじまじと見つめた。
「え、えーと。こんにちは」
恥ずかしくなって、苦し紛れに挨拶をしてみた。二人はそれを聞いて、お互いに目を合わして、またうれしそうにする。
「早く門を開けろ」
蒼羽が苛立った声を出したので、彼らはあわてて柵に手をかけた。金属音をたてて、柵の一部に穴が開く。蒼羽から離れないようにと、急いで二人の間をすり抜けた。背中に声がかかる。行ってらっしゃい、と言っている気がしたので、振り返って言葉を返す。
「行ってきます」
その声は蒼羽の耳にも届いているだろう。
けれど彼は、振り向かない。




