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気象予報士 【第1部】  作者: 235
居場所確保とコミュニケーション
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 昨日と同じようにアーケードを歩いた。

 ここの商店街にはとても大きな本屋がある。

 本屋に行って、本を買って。

 それで家に帰ろうと駅に向かったら、見覚えのない、レンガ作りの通りが視界に入ったのだ。コンクリートの道ばかり見慣れた身にとっては、それが随分と可愛らしく目に映って。

 惹かれるように足をそちらへ進めたら、雨に降られたのだ。

 アーケードから出てしまった、と気づいたのは、激しいその雨に、すっかり全身が濡れてから。それだけの雨が降っていたことに全く気づかなかった、とその時は思ったのだが、昨夜、ベリルの話をもう一度思い返していて分かった。

 激しく降っていたのは、あの通りだけ。

 家を出たときは、ただの曇り空だったのだから。


 右手に見えたのは、昨日と変わらないレンガの道。

 夢じゃなかった。ほっとして、深呼吸。

 今日は気持ちいい五月晴れで。自然と足取りも軽くなる。昨日の夜はなかなか寝つけなかったせいでまぶたが重いけれど、気分は高揚していた。

 

 

「こんにちはー・・・」

 ガラスの扉を開けたら、ベリルも蒼羽も見当たらなかったから、カウンターの奥に向かって、誰かを呼んでみた。本当は、張り切っていたのと、ただからかわれていたのかもしれない、という不安の半分ずつ。それを見せるのはなんだか恥ずかしい気がしたので。服装もごくごく普通に、と気を付けて、七分袖の淡い緑色のブラウスと黒のジーンズ。肩掛けから携帯を取り出して画面を見ると、時刻は午後二時。

「あ、緋天ちゃん。ごめんね。洗濯してたんだ」

 昨日と同じ格好をしたベリルが二階から降りてきて、腕まくりしていた白いシャツの袖を下ろした。手に持った携帯に目を向けて言う。

「そういえば、携帯の電波、この穴の中までは届くんだった。番号教えてくれる? 穴の外と連絡する手段が携帯しかないんだよ」

「あ、本当だ。穴の中って電波届くんですね。そういえば洗濯機とか乾燥機も普通に使えてますよね・・・ どこから電気取ってるんですか?」

 電波状態を表す三本線がきっちり立っているのを見て、それからこの家の電気機器を思い出す。

「電気を発する石があってね、うまくつないであるんだ。仕事柄アウトサイドの生活に慣れるようにね。まあ、実際機械の方が格段に便利だよ」

 得意そうに言って、黒いエプロンのポケットから、シルバーの携帯をベリルが取り出す。何の迷いもなく携帯を操るので、この人は本当に違う世界の人なんだろうか、という疑問が頭をかすめた。

 

 手早く番号を交換してから、ベリルが思い出したように口を開いた。

「昨日ね、あれから私の上司、雨に対処する組織があるんだけど。そこに私達も所属してて。予報センターって言うんだけど。そう、それで、ここの穴を管理するセンターの上司に一応報告したよ。その上司がまた、中央の管理センターに連絡して。当然偉い人達も混乱したみたい。夜を徹して会議が開かれたそうだよ」

 自分の顔をのぞきこんでベリルが笑う。

「緋天ちゃんも眠そうだね。あ、それでね、私の上司がいい事を思いついたんだ。緋天ちゃん失業中って言ってたでしょ? だから、私達に協力する事でお給料あげたらどうかな、って。上からの呼び出しがあった時は、そっちに行って、実験とかに協力。普段はここにいて、私達の仕事に協力する。どう?」


 不思議な世界にいるだけでもすごいのに、その上お給料までくれるとは。

 思ってもいなかった展開に、あまりに嬉しくてめまいがする。

「・・・有難いです、お給料まで貰えるなんて・・・」

「良かった。あ、お給料はね、月に二十万くれるって。蒼羽がそれ位が妥当だって言って決めたんだけど。少ないなら遠慮なく言って」

「え? 蒼羽さんが・・・?」

 思わぬ人物の名前に、驚きがそのまま出てしまった。

「ごめん、少ない?」

「あっ、とんでもないです!・・・かなり多いです」


 ぶんぶん手を振ってから、また疑問に思った事を聞こうとしたら、ベリルが先回りして言った。

「そっちのお金はどこから調達するか? でしょ。穴の外を知る為に、こっちの人間も色々してるから。ここの電化製品もそうだけど。何て言えばいいかな? 公共組織の偉い人達の保護のおかげだよ。こういう事ができるのは。判る?」

「うーん。つまり・・・日本の言い方で言うと、予報センターは特別な政府機関で、あたしは新種の珍獣で、どう対処すればいいか判らないから、手探りで最良の居場所を提供してる、って所ですか?」

 ベリルが破顔して、自分の頭に手を乗せる。頬に血が上った。けれども彼はそれを気にせず、そのまま髪をかき混ぜて口を開く。

「緋天ちゃん、絶妙な例えだね。本当に面白い。仲良くなれそうだ」

「わ、髪かき混ぜないで下さいよぅ」

「だって、まぜたくなる、これ。さらさらだ」


 随分と子供扱いをされた事が悔しくて。

 不満をこめてベリルを見ると、彼は苦笑していた。

「あー、蒼羽とひとつしか違わないんだよねぇ・・・」

 ごめんと付け足すそれよりも、その言葉に驚いて、昨日の蒼羽を思い出す。

 彼を年上だと、なんの疑いもなく思っていたのだ。

 その喋り方や、態度。全てに何か、貫禄のようなものがあった。自信に満ち溢れた、というのとは違うが、自信が無いなどとは微塵も思っていないような、そんな空気。


「まあ、蒼羽はあの無愛想と無口なせいで年上に見えるからね」

 

 フォローのつもりなのか、ベリルがそう言ったけれど。

 ショックだったのは、あまりにも大きな自分との違い。


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