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いつまで経っても耳慣れない喧騒が、髪を浮き上がらせるような気がした。
実際にそうしたのは、半地下に位置する店の中で、効き過ぎた冷房の風だったけれど。
しゃがみ込んで、すみません、と口にしながらお客の足元に、じゃらじゃらと音を立てる鍵束からひとつを抜き出して、小さな箱を開ける。ああ、と情けない声を出す。誰も反応しないから、そんな風に小さく呟いてしまうのだ。居並ぶ足の持ち主は、全員ゲームに集中している。受け箱から溢れ出てしまったメダルをかき集め、重たい箱の中のそれも全て持ち出したバケツに移した。
「お、緋天ちゃん。ご苦労さん」
流れ作業でもう一つの受け箱からメダルを回収しようと立ち上がると、斜め前から声をかけられる。常連客の彼の、そのいつもの立ち姿にようやく肩から力が抜け、笑顔を返すことができた。
時刻は午後三時。平日のこの時間だというのに、どういった訳か、いつもより客の数が多かった。もう学校帰りの中高生が立ち寄り始める時間なのに。回収したメダルから、紛れ込んだ他店のメダルを早く選別し終えなければ、とぼんやり思う。
再び、すみません、という声と共に膝を折って。
二つ目の鍵穴の前に陣取るのは、初めて見る顔だということに、少しも動かない足の横で今更ながらに気付く。見上げれば、案の定迷惑そうな顔を浮かべた中年の男がいた。
「あの、メダルを回収しますので・・・少々お待ち頂けますか?」
口にした途端に、彼のその顔に馬鹿にしたような笑みが奔った。こんなのは、日常茶飯事。手際よく、素早く、自分の仕事を終えさえすればいい。そう分かってはいたが、手首から先が微かに震えるのを抑えることができなかった。頭の中で言い聞かせた行動とは反して、もたもたと冷たい感触を伝える小さな金属を集める。蓋をして、鍵を掛け、ほっと溜息が出た。
「・・・っ」
立ち上がって、鼻の先を煙草の香りが漂う。
顔のすぐ横に、にやにやと薄笑いを浮かべた男がいて、背中を冷たいものが這う。
そう感じたのは、彼のその笑みを見たからか、それとも腰の下を触る自分のものではない手を認識したからか、どちらが先かは分からなかった。