九十七話「モーリス捕獲作戦1 始動」
「本当騙されたわよ。由菜ったらこんなイベントがあるっていうのに、済ました顔で昼から来ればって言ったのよ。……恵梨ちゃんがいなかったら危うく見逃すところだったわ」
由菜の母、優菜は頬に手を当て「困った子ね」という雰囲気だ。
「いえいえ。私も大したことをしたわけではありません」
「それにしても久しぶりにみて思いましたけどやっぱり優菜さん若いですね。うちの母さんとは大違いです」
「あらあらお世辞が上手いのね。……美佳ちゃんも見ない間にずいぶん育ったわね」
「まあ育ち盛りですから」
恵梨と美佳はパレードを見ている最中に偶然出会った優菜と談笑していた。お互いに顔見知りであるのと、由菜という共通の話題があるため話は弾む。
「それにしても由菜あんな仮装するなんて大胆ね」
白無垢姿の娘を思い出す優菜。
「あれは美佳さんのアイデアなんです」
「……本当あの二人は端から見ていてじれったいというか。手助けもしたくなりますよ」
中学からの知り合いはしみじみと語る。
「そうそう。そうやって彰くんが由菜のところに婿として来てくれれば老後も安心だわ」
「老後って……」
「まだ若いじゃないですか」
「重ね重ね嬉しい言葉だわ。でもやっぱり娘夫婦の稼ぎってのは気になるって結構井戸端会議でも聞くから。……その点彰くんなら将来も安泰そうだし」
「彰さん頭いいですもんね」
「……そういえば彰の将来の夢って聞かないわね」
そうやって話していると待っていた人物が小走りでやってきた。
「ごめーん。ちょっと着物を脱ぐのに手間取ってて…………って、何でお母さんがいるの!?」
「あらあらやっと来たわね」
仮装から着替えた由菜は友の中に母を見つけて詰め寄ってきた。
「何でお母さんがここにいるのよ!」
「だーかーら、さっきも言ったわよ。娘の文化祭を見に来ない母親がいるわけないわよ。恵梨ちゃんたちとはさっき偶然会ったのよ」
「でも今は日曜の朝ドラの時間でしょ! ……だからこそパレードを見に来れるはずが無いと踏んでたのに」
「それは録画したわよ。……まあ確かにパレードの事を恵梨ちゃんがメールで知らせてくれなかったら、ようやく家を出ようという時間だけども」
優菜の発言を聞いた由菜がグルン!と振り返った。
「恵梨がお母さんに言ったの!?」
勢いのある発言も恵梨は軽く受け流す。
「言ってませんよ。……メールに書いただけです」
「同じよ!」
「……どうせ由菜さんのことですから言ってないと思いましたので」
「そうに決まっているでしょ! ……あーもー、私の周りには敵しかいないわけ!?」
由菜が地団駄を踏んでいると、美佳が横から割り込んでくる。
「まあまあ、由菜も落ち着いて。恵梨は悪くないのよ。せっかく私がセッティングしたのを見てもらいたくて、優菜さんに連絡するよう恵梨に言ったのは私だから」
美佳は場を収めるために自分が犠牲になろうとしただけだったが、その発言には失言が含まれていることには気づいてなかった。
「そうなの。……って、セッティング? ……不自然に女子たちの意見がまとまっていると思ったけど、やっぱりあのクラス会議で意見を誘導したのは美佳の仕業だったのね!」
「………………あっ、そういえばそれ秘密にしていたんだった」
「美~佳? おかげで私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと……」
仮装の恥ずかしさの憂さを晴らそうと、由菜が美佳に迫ろうとしたそのとき、
「もう、がたがたうるさい子ね。……それ以上文句言うなら今日取った写真あげないわよ」
「………………」
優菜のその一言に由菜の動きが止まった。
「由菜だって欲しいでしょ。彰くんとのツーショット」
「……う、うぐぐ……」
うめき声を上げる由菜。
目の前の友人に一言を言いたい気持ちと写真がしばらくの間心の中の天秤を揺らすが、
「………………分か……ったわ」
最終的にはそう答えた。
恥ずかしかったとはいえ、せっかくなのだから仮装してのツーショット(しかも腕を組んでいる状態)はやはり欲しいらしい。
「これにて一件落着。……じゃあ文化祭回りましょ。結構楽しみにしてたのよね」
「……お母さん」
一番年上なのに子供のようにはしゃぐ身内に、由菜はさっき言いくるめられた事もあってこめかみを揉む。
しかし苦言を呈そうと由菜が口を開く前に、美佳が恵梨に質問したので機先が制される結果となった。
「……恵梨? 何かあったの?」
さっきから話題に入っていない恵梨が携帯の画面を見て固まっている。
「いえ、その…………彰さんからメールがあったんです」
「……そういえば彰どうしたの? 私より急いで更衣室に入っていったから合流してると思ってたんだけど」
由菜が親への怒りやらで忘れていた疑問に、
「彰さん何やら用事ができたらしくて……『文化祭を一緒に回れない、すまん』ってメールに」
今日も一緒に回ることを楽しみにしてたのに。
恵梨はおもちゃを取られた子供のようにがっかりとしながら答えた。
分かっ。
「た、って、うわっ!?」
『空間跳躍』でその場に現れた彰は驚いて飛びのいた。『空間跳躍』で移動する事は決めていたとはいえ、いきなり風景が変われば誰だって驚くのが自然である。
移動させた本人、いつもと変わらず落ち着いているリエラは申し訳なさそうに言った。
「すいません、いきなりすぎましたか?」
「……いや、長居する必要が無いって言ったのも俺だしな」
気持ちを落ち着けた後、彰は周りを見渡した。
一方を壁もう一方を校舎に囲まれて小じんまりとしていた特別校舎棟の裏手とは違って、現在の彰は木があふれる自然の真ん中にいた。足元には根っこが張り巡らされていていかにも歩きづらそうだ。
「ん」
視界の中には驚いていて気づいてなかった人物が二人いた。
「あ、彰さん。……お久しぶりです」
異能力者隠蔽機関のハミルに、
「グッドタイミングです、彰さん」
能力者ギルドのルークである。
モーリス捕獲作戦の遂行メンバーがここに集結していた。
ルークとハミルは木の根につまずかないよう気をつけながらこちらに歩み寄ってくる。
「ちょうどよかったです。たった今、作戦の前準備が終わったところでしたから」
「前準備って何だ?」
「あっ。……それは……ちょっとしたことです」
「……彰さんには内緒らしいです。すみませんです」
ルークに重ねてハミルが謝ってくる。
俺には話せないということは、この前ルークが作戦を説明する時に俺が知らないことも作戦の内であるとか話していたその一つなのだろう。
敵を欺くには味方から、とは言うが……欺くならもっと上手くやれよ。
という不満は一切出さずに、
「いいさ。俺が知る必要もないことなんだろう。……それよりここはモーリスが潜んでいる場所からどれだけ離れているんだ?」
目の前で思いっきり隠し事をされても作戦のためと割り切り、彰は話を先に進める。
「かなり離れていますよ。徒歩で十五分ほどですかね」
「……うわー、そこまで遠くする必要はあったのか?」
「モーリスが相手ですから何事も慎重にするべきでしょう」
彰が『空間跳躍』で現れたこの場所はモーリスが潜むとされている廃工場の近くでは無い。
というのも能力者は魔力反応を感知できるため、『空間跳躍』を使ったときの魔力反応をモーリスに悟られないためにも距離を開けたのだ。昼夜逆転しているモーリスは寝ているはずなのだが念には念を入れてである。
「……しかしな。俺が移動手段に『空間跳躍』を使用することを望んだからこんな場所なんだろ」
彰は必要とあれば公共交通機関を乗り継いでこの場所に来ることができた。
しかし彰は今日の朝文化祭のパレードに出ていたため、電車で移動していたのでは作戦開始時間に間に合わなかった。そのため異能力者隠蔽機関にわがまま言って『空間跳躍』で送ってもらったのである。
自分勝手だったのは分かっているので、彰は頭を下げる。そこにルークが声をかけた。
「いいんですよ。どちらかと言うとこちらの方が無理を言ってますしね。……大体、本部が忙しいからって応援をくれないんですよ。モーリスはかなりの手練れですから、僕一人では手に余るっていうのに」
「……ルーク」
ルークが珍しく愚痴っている。それが本気なのか彰の前でわざと弱いところを見せているのか分からなかったが、彰はとりあえず心が軽くなった。
「ありがとな」
「実際、こちらも異能力者隠蔽機関には協力を仰ごうと思ってましたから、そのついでに頼みました」
異能力者隠蔽機関の二人の方を見るルーク。
「……彰さん、このような事は今回だけにしてください。本来、私の『空間跳躍』はかなり魔力を使うんです。……能力にも慣れがあって、私たち三人を転移するのは慣れているのでさほど魔力を使いませんが、彰さんを転移させるのにはかなりの魔力を使いました」
「『空間跳躍』なんて能力がそんな簡単に使えたらおかしいか。……すまんな」
リエラは少々倦怠感を出している。魔力の使いすぎで疲れているのだろう。
ハミルは彰が自分を責めていると思い慰めようとした。
「わ、私ならいつでも協力しても大丈夫です。私の能力は『念話』『探知』『言葉』その他にも色々ありますけど、そのどれもが魔力消費の少ないものですから」
「……そういえばハミルはどれだけ能力を持っているんだ? 『念話』と『探知』は前に聞いたことがあるけど」
さらりと言われたがハミルが『言葉』という能力を持っているとは初耳だ。
「まだまだありますよ。勝手に言葉を翻訳してくれる『言葉』、任意の者に姿を変える『変装』、能力を……」
指を折りながら言うハミルにはまだまだ能力があるようだ。聞いておいてなんだが、長くなりそうなので彰はストップをかける。
「分かった、分かった。たくさんあるんだな」
「そうです。異能力者隠蔽機関の雑用係ハミルはどのような事態にも役立てる細々とした能力をたくさん持っていると評判です! …………雑用係、細々とした…………人が気にしている事をこうもグサグサと……」
自分の言葉にハミルが落ち込んでいる。……それなら言わなきゃいいのに。
ルークが脱線している場を戻すためにパン、パンと手を叩いた。
「そこまで。せっかく彰さんが『空間跳躍』を使ってまでここに来たのですからさっさと作戦に移りましょう。……ということで行きますよ彰さん」
「OK」
先に歩き出したルークに彰も続く。事前に聞いているが、異能力者隠蔽機関の二人はサポートに徹するため別行動らしい。
「ご武運祈ります」
リエラがそう言ってくれるが、今回の作戦ではもしもの場合でしか戦闘の予定は無い。
「また後で会いましょう」
ハミルは無邪気に手を振って送り出してくれた。
「気楽だな、ハミルは」
「実際僕も気楽ですよ。今回の作戦は昼夜逆転で寝ているモーリスにこれを打ち込むだけで終わりですから。
といっても相手はモーリスですから、上手く行かなかったときのために彰さんや異能力者隠蔽機関に協力を仰いだりと、最大限に警戒はしていますけどね」
歩きながらルークは手元の小さな注射器のようなものを見せてくれる。
「何だこれ?」
「本部の能力者に作ってもらった麻酔を二本送ってもらいました。この量でなんと三日は麻酔状態が続くのだとか」
「……頼もしいが怖いな。しかし、二本ともおまえが持っている必要もないし俺が一本持っておこうか?」
「あっ、……それはその」ルークは明らかに目を泳がす。「そ、そ、そういえば彰さん歩いている最中は暇ですからあの話をしましょうか」
露骨な誤魔化し方だな。もう一本はどうしたんだ?
……というか、こいつうっかりしすぎだろう。彰は内心呆れていたが、
「以前聞きましたよね? ですから一応話しておこうと思います。
これからするのがモーリスが復讐するに至った経緯です」
「…………聞かせてくれ」
すぐにその場は雰囲気を変えて緊張感が張り詰めた。
一方そのころ。
お父さん…………お父さん…………。
…………お父さん!!
「ハッ!」
寝ていた男性は急に起き上がり辺りを確認する。
「何だ…………夢、か」
動悸が激しくなって、痛みすら感じる胸を押さえながら、
廃工場の中には朝の日差しがさす中、昼夜逆転している彼にとっては真夜中ともいえるこの時間に、
『獣化』の能力者モーリスは起床した。




