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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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九十六話「文化祭二日目 パレード」

 斉明高校文化祭二日目には開会式がある。


 玄関前の広場の一角に作られたステージ上。

「文化祭の開会を宣言します」

 生徒会長の毬谷による開会宣言。

「今日、この晴天の下文化祭を開催できることにーーーー」

 文化祭実行委員長からの挨拶というささやかな儀礼的過程の後。


「みんな行くぞーー!」


「「「「オォーーーーーー!!!!」」」」

 誰もが声を上げながら飛び出し、意気揚々とした曲も流れる中、パレードは始められた。


 ステージから部活の代表がぞろぞろと歩きだし、その後ろに一年生の代表、二年生、三年生が続く。ステージを降りた一行は校舎の方に向かっていく。

 そのどれもが仮装しているので何も知らない人間が見たらここが日本なのか疑うだろう。

 ロミオとジュリエット、シンデレラ、ピーターパン、など仮装の定番がいる中、部活代表の中には部活着の面々もいたが、その普通さを吹き飛ばすように後ろには戦隊ヒーローやアニメのヒロインのコスプレが続いていた。そんな「どこの時空だ」とツッコミたくなるカオスの中、和装の彰と由菜は逆に目立っていた。


「一年二組は結上市の歴史を展示中です!」

「是非見に来てください!」

 彰は持っているプラカードを掲げながら声を張り上げる。隣を歩く由菜も彰を補佐する。

 すでにパレードの列は校舎の二階にさしかかっていた。このまま校舎を順繰りと歩いた後もう一回ステージに戻るという段取りになっている。

 廊下の両脇には人垣ができていて、狭い廊下を更に狭くさせている。その中央をパレードは歩く。

 人々は知り合いを応援したりからかったり、誰がかっこいいか美人かを議論したり、宣伝を見てそれに行くかという気を起こしたり様々である。

 文化祭二日目の今日は一般にも開放されているため、生徒の保護者が小さな子供を連れてやってきていたりもしていた。大人達はパレードの様子を眺めて自分の青春時代を思い出したりしていた。


「まもなくパレードがやってきます。すいませんが道の中央を開けてください」

 先導する役員が注意する中、パレードは三階にやってきた。

 斉明高校の本棟は一階が職員室や保健室など、二階が一年生の教室、三階が二年生の教室、四階が三年生の教室と階を登るごとに学年が上がっていく。

 一年生の文化祭の出し物が『調べ学習の展示』のため人気がなく二階には人が少なかったが、三階には人があふれている。

 それでもパレードを構成する人員の格好の奇抜さが目立ち、そのおかげでパレードに気づいてもらえたため人々はどうにか道を開けてくれる。

 パレードを運営する側も狭い場所を通ることは承知済みのため、各団体の代表は二人までという少人数に設定しているのだ。


「……そうと分かっていても、二階とは活気が大違いね」

「ーー結上市の歴史です! 是非見に来てください! ……確かにそうだな。人が多すぎる」

 宣伝の文句の後、彰はつぶやきに返事してくれた。

 由菜はパレード前方遠くまで見る。パレード参加者たちが共通して行っている動作は歩いていることだけ、と言えるほど行動はバラバラだ。

 周りに律儀に宣伝し続ける者の隣では、かけられた声に手を振り返したり、ほどよくふざけながら歩いたりしていたりとだ。

 野球部、サッカー部、バスケ部の代表六人で構成された戦隊ヒーローはことあるごとに、

「サイメイレッド!」「サイメイブルー!」「サイメイグリーン!」「サイメイピンク!」「サイメイブルー!」「サイメイブラック!」

「「「「「「悪を滅ぼす正義の使者! サイメイジャー見参!」」」」」」

 とかけ声をかけている。サイメイジャーとはここ斉明高校を取った彼らの作った空想ヒーローだろう。先輩に聞いたところどうやらその三部活が協力してサイメイジャーの仮装をするのは伝統らしい。


「……来年仁志があの格好すると思うと今からでも笑いがこみ上げてくるぜ」

 由菜の視線から彰も同じくサイメイジャーを見ていたのか、サッカー部の友人の名前を挙げる。

 仮装した友人の姿を想像した由菜は吹き出した。

「ぷっ、確かにそうね」

「だろ。……おおっとそろそろ宣伝しないと。一年二組は結上市のーー」

 彰は定期的にプラカードを掲げて宣伝している。


 由菜もそれを手伝おうとしたが、そのとき人垣の中に見知った顔を見つけた。

「あそこにほら! 彰さんと由菜さんがやってきましたよ!」

「順番に並んでいるんだから分かっているって。……って由菜ったら……」

 恵梨と美佳はその手にクレープを持ってパレードを見物していた。

 まだ朝なのにクレープ……と思ったが立場が逆だったら自分も買っているだろう。甘い物はタイミングを選ばない。

(由菜! 何しているの!)

 おいしそうだしパレードが終わったら自分も買うことにしようかな、と考えてると何やら拍子抜けしている美佳が身振り手振りで由菜を咎めてきた。この騒がしい空間では声が伝わりにくいと考えたのだろう。

(いったい何なの?)

 由菜は歩きながらも身振りと雰囲気で返す。美佳とは中学から一緒なので相手の考えていることは結構伝わる。


 美佳は今度はジェスチャーをしてきた。隣の恵梨の腕をとり、がっしりと組んでこっちを(ちゃんとやりなさい!)という風に指さす。

「…………?」

 どういうこと?

 このジェスチャーは中学から一緒の由菜にも分からなかった。パレードは前に進み続けているため、そのまま美佳の姿は小さくなってよく見えなくなる。

 分からないけど、でも美佳がわざわざ意味のないことをするとは思えないし……。


 試しに美佳がやっていた動作を反復する由菜。

 隣の腕をがしっと取るフリ。その手は彰の腕をかする。

「……!」

 その動作で由菜は思い当たった。

 もしかして隣の彰の腕をとって組めってこと!?

「……どうした急に腕を振って?」

 彰が疑問顔で見てくるが由菜の視界には入らない。

 確かに男女で腕を組んでパレードを歩いている人がいたのは見ている。どこの団体かは知らないがロミオとジュリエットの仮装している二人がそんな感じだった。

 だからって私にもそれをしろって!? ……相変わらず美佳ったら人をからかうことだけには熱心なんだから!

 ここにはいない友人をけなしても状況は変わらない。

 他にもしている人間がいるのだから自分達も腕を組んで歩いてもいいだろうが……そうしない理由は当然恥ずかしいからだ。

 そんな簡単に腕を組むなんてできるはずがない。 



「彰くん、由菜と写真とるから腕組んでみて」

「えっ? こうですか?」

 がしっ!

「そうそう」

 パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。



「えっ!?」

 簡単に腕を組んできたーー!?

 え!? なんで彰そんなに気軽に応じるの? ていうか今声をかけた人は誰?

 由菜は軽く混乱しつつその人物の方を見ると、

「うーんいいわねー! もう一枚!」

 八畑優菜、実の母だった。

「お母さん! どうしてここにいるの!」

「娘の文化祭に来ない親の方が珍しいと思うけど」

 デジタルカメラからは目を離さずに答える母。……こうなることは予想できていたから昼から来てって言ったのに……!

 今すぐでもやめさせに行きたいが、腕を組んでいる彰がパレードにそって前に歩いて行くため一人だけ離れることができない。結局姿が視認できなくなるまで優菜はシャッターを切っていた。


 親の姿が見えなくなって一安心だが、そういえばさっきの状況にはもう一人の元凶がいた。

「って彰も彰よ! どうしてそんな簡単にお母さんに従うの?」

「いいじゃねえか。俺らは夫婦の役だろ。腕を組んでも不思議じゃないさ」

 答える彰に恥ずかしさの色はなく、どうやら文化祭の雰囲気に当てられて腕を組むことに抵抗が無いらしい。

「爆発してください」「爆発しろ」「……爆発」

「斉藤、戸田山、平井。そう睨むな」

 どころか、彰はちょうどそこにいたクラスメイトの恨みの込められたまなざしに余裕で対応している。


「………………」

 そうとなれば思い人と腕を組んでいるという今の現実に反発しているのが自分だけとなる。恥ずかしい気持ちがあるが、嬉しい感情があるのも事実なので、

「うわっ! 由菜大胆ね!」

 人垣の中に見つけた女子のクラスメイトからの冷やかしに、

「……いえーい!」

 由菜はテンション高く返す。

「うわっノリノリね。……じゃあ写真撮るから二人ともこっち見て」

「彰、こっち見てだって」

「おう」

 いそいそと携帯を取り出したので二人でそちらを見る。二人でピースサインを取る中、彰は知らないが由菜はほとんどやけっぱちだった。




 その後パレードは四階に上がり、さらに人が多くなった中を進んでいった。

 二人で腕を組むことは継続中で、わざわざ四階に上がってまた見に来た美佳と恵梨からはさんざん冷やかされた。が、すでにテンションメーターが振り切っている由菜はものともとしなかった。

 四階を歩き終えたパレードの一団は階段を下り、玄関から出て特設ステージまで帰ってくる。

「ありがとうございました!」

 そこで横一列に並んでステージ下に頭を下げた後、観客から拍手をもらいながらパレードは解散となった。




「っと急がないと!」

 パレード後、彰は一番に更衣室に入った。

 いつもと勝手が違う和服に少し苦戦したが、動きやすい服装に替える。文化祭中なので制服でなくてもおおっぴらに学校を歩ける。

 服はとりあえず更衣室のロッカーに突っ込んだままにして、彰は最低限の荷物を持つ。

 さきほどのパレードを振り返りながらゆったりと着替えている生徒にあふれる更衣室を彰は小走りで出た。


 文化祭の様々な催しに首を引かれる思いだが、何とか無視して走る。

「……ふう。着いたな」

 幸いにも知り合いに会わずに彰は目的地の特別教室棟の裏手までやってこれた。そこは告白のスポットとも言われるほどいつも人影が少ない。

 文化祭と言えど何も催しが行われていないので、やはりそこには人気が無い。

 ……いや、一つだけ人影があった。

「遅かったですね」

「悪いな」

 彰に声をかけるのはここで待ち合わせるように約束しといた異能力者隠蔽期間のリエラだった。



 文化祭の喧噪が遠くに感じられる。

 彰は異能力者隠蔽機関は三人でいるのがデフォルトだと思っていたが今はリエラ一人のようだ。

「他の二人はどうしたんだ?」

「ラティス様は休養。ハミルはルーク執行官と作戦会議中です」

「……それでおまえは何をしていたんだ?」

 彰はリエラの手に持っている物を指さす。

「すいません。このような場所に来たのは初めてでしたので」

 心なしか声のトーンが高いリエラの手にはどこかの団体が売っていたのか綿菓子やたこ焼きがある。いつもの秘書然な表情も少しゆるんでいるような気がするし、どうやら文化祭を楽しんでいたようだ。

「……モーリス捕獲作戦前なのに緊張感がなくなるなあ……」

「私が直接戦闘に参加するわけではありませんので」

「そりゃ気楽だよ」

 はあ、彰はため息をつく。


 口ではそういったもののやはり作戦前ということを意識したのかリエラの表情が引き締められる。

「それでは早速行きますか?」

「ああ。こんなところに長居していても意味ないしな」

 特別教室棟の裏手という滅多に人が寄りつかないのでそうも心配する事はないだろうが、彰は二、三度周りに人がいないかを確認した。

「それでは行きます」

「分かっ」

 彰の言葉は途切れる。姿も途切れる。

 リエラの能力『空間跳躍(テレポート)』が発動した後には誰も残らない。



 特別教室棟の裏手には初夏の風が地面に落ちた葉っぱをいたずらに運ぶだけだった。

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