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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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九十五話「文化祭二日目 開幕前」

「開会まで後一時間です。着替えていない生徒は早めに済ませるように」

 実行委員が注意して回る声が聞こえる。

「おっと急がないとな」

 座った姿勢の彰は慣れない着物の帯を締めた。


 文化祭二日目早朝。

 彰の姿は斉明高校の男子更衣室にあった。

 周りにはパレードの仮装をすませる男子生徒たちが三学年三クラス分いる。仮装という普段はしない行為も文化祭で上がったテンションによって恥ずかしさはないようだ。

 更衣室全体……否、彰がここしか見ていないだけで学校全体が熱に浮かされたような雰囲気になっているだろう。


「そんな中俺は冷静だな……」

 と状況を確認して、思わず口をついた彰のつぶやきは自画自賛ではない。自嘲である。

 それも当然のことだ。この後モーリス捕獲作戦なんてものが控えていれば誰だってテンションが上がるはずがない。


 モーリスは昨夜殺人を犯さずそのまま寝床に帰った、とルークから報告を受けてから彰は寝たので作戦に滞りは無い。異能力者隠蔽機関に協力を取り付けたとも言っていたので、彰が作戦に参加しないという事態はよほどのことがない限りありえないだろう。


「………………」

 寝ているモーリスを捕まえるだけだ。何も起こるわけがない……。この前のような戦闘が起こさず、速攻でケリをつけるのが今回の作戦だし大丈夫だろう。

 何かが起きてモーリスと戦闘が起きた時のために俺はこの作戦に参加する。……だからこそ俺の仕事がなければいいんだが……。



「ぎゃはははは! ものすごく似合っているじゃないか!」

 大きな笑い声が聞こえて彰はいつのまにか下げていた顔を上げる。

 状況から判断すればどこかの誰かが仮装が似合いすぎていたのを笑ったというところなのだろう。

 文化祭開始目前という事でボルテージが上がっていく中、

「この光景を守るためとはいえ損な役回りだなー……」

 またも彰はため息をついた。




「これでOKよ、由菜!」

「うう……ありがと。一応礼は言っておくけど、こんなの私にーー」

「似合わないなんて言わないでよね。自己暗示って結構バカにできないんだから」

「…………でも」

 同じころ、女子更衣室で由菜は着付けを終わらせた。

 手伝ってくれたクラスメイトは昔おばあちゃんに教わったらしく着物の着付けが上手かった。

「さて、外のみんなにも見せないとね」

「ちょ、ちょっと! 強引に引っ張らないでよ!」

 そのクラスメイトに引かれ、自分の着物の裾を踏みそうになる由菜。気にしながら歩いているうちに更衣室を出ていた。


「着替え終わったんだ」

「あっ由菜さん。着付け終わったんですね」

 そこに待っていたのは美佳と恵梨を含むクラスの女子達十数人。何せ三学年三クラスが使うので、更衣室のスペース的問題でパレードに出る者と着替えを手伝う者以外は更衣室に入れなかったのだ。

 恵梨と美佳と他の数名は由菜が一回この着物に着替えたのを見ている。ので大して驚き無く由菜の姿を見ていたが、

「うわっ!? あんたほんとに由菜なの!?」

「信じられない!」

「服だけでこんなに印象が変わるなんて……」

 初めて見たクラスメイトは由菜をべた褒めする。

「そ、そんなこと無いって……」

 由菜は偉そうにではなく、本当に申し訳なさそうにしている。


「あんなに謙遜しちゃって、どうしたのかねー由菜は?」

「それでも誉められて少しは自信がついたんじゃないでしょうか」

 美佳と恵梨はそれを離れたところから分析する。

「自信持ってもらわないと仮装で大勢の人の前にでたとき緊張でつぶれるからねー」

「そうですね。……だからこそ彰さんに誉めてもらえば自信がつくと思うんですが」

「それは…………あの鈍感に期待しすぎじゃないかな? ハハハ」



「おっ、ちょうどよかった。由菜がどこにいったか知らないか?」



「あっ、彰さん」

 二人が振り返ると彰がちょうど歩いてきたところだった。

 彰もパレードにでるということで仮装をしている。

 着替えている彰を初めて見た二人は、

「……地味ね」

「なんて言えばいいんでしょうか……」

「……分かってはいたが、他人から言われるとさらに傷つくな。ていうか江戸時代の身分の低い武士って設定だからこんなもんでいいだろ」

 彰の服装は一言で表せば黒い着物と袴だった。……というか一言以上の説明がない。

「あの時代劇とかで見る肩パッドをとがらせたみたいな服を着ないの?」

「それよりちょんまげつけましょうよ」

「……これでいいだろ。俺はこれ以上目立ちたくない」

 にべもなく否定する彰。美佳の提案はともかく、ちょんまげなんてつけた日にはどれだけ笑い者にされるだろうか。……自分でも笑えるのだから想像がつかない。


 演劇部ならちょんまげくらい持っていそうですね、と不穏なつぶやきを漏らした恵梨から話を変えるために彰は言った。

「それでもうパレード開始まで時間も無いから、由菜を探しているんだが」

「由菜ならあの中だよ」

 美佳が指さす方にはたくさんのクラスメイトの女子が。

「……囲まれているのか?」

「そうですよ、由菜さんきれいですから」

「ほら! 彰が来たからみんなどいて!」

 美佳が集団に一声をかけるとモーぜが海に対してやったように人垣が割れた。由菜の恋愛事情を熟知しているクラスメイト達は面白がって彰に由菜の姿を見せようとしたが、

「…………誰もいないぞ?」

「ちょ、何で彰がここに来ているのよ!!」

 由菜は割れた人垣の裏に回って彰から姿を隠していた。


「……由菜さんったら往生際が悪いですね」

「どうせ見られるんだからいいじゃない」

「心の準備っていうものがあるのよ!!」

 言っている間にさらに人垣が割れる。

「あっ、ちょっと!?」

 今度は隠れ損ねた由菜の姿は彰からもばっちりと見て取ることができた。


 由菜が着ているのは白無垢と呼ばれる全身白色の着物だった。

 いつも元気がある由菜がそういうおしとやかな印象の服を着るとギャップがあってそれがまたいい。

 由菜は彰に見られてわたわたしていたが、観念したのか動きを止めてうつむいた。顔を少し赤くしているのが白地の服が背景でよく分かった。


「……そ、れ、で。彰さんどうですか?」

 横から恵梨が聞いてくる。ものすごく悪戯的な笑みをしている。彰が見とれていたことがばれているようだ。

「こほんっ。……そ、そうだな」

 咳払いをして落ち着く彰。

 恵梨が求めているのは由菜を見ての感想だろう。こういう場合男が褒めないといけないことぐらいは彰にだって分かる。

 だから彰は思った通りに言った。


「よく白無垢なんてあったな」


 ……訳ではなかった。


「そうですね。偶然学校にあったんですけど…………ってそうじゃありません!! 私が聞いているのは」

「前は何に使ったんだろうか?」

「私も疑問に思いましたけど…………ってだからそうじゃありません!! 私は」

「それにしても今日はいい天気だな」

「晴れてよかったですね…………って彰さん誤魔化してますよね! 本当は分かっていますよね!」

 律儀に全てに乗ってくれる恵梨だがさすがに限界のようだ。美佳含め他のクラスメイトも由菜に対して何も言わない彰を不満そうに見つめる。

 追いつめられた彰に、


「パレードに出る生徒は集合してください」


 ちょうどそのとき文化祭実行委員が呼びかける声が聞こえる。

「! よし! 由菜行くぞ!」

「え、ちょっと!」

 これ幸いと彰は由菜の手を握って二人でその場から去るのだった。




「……ふう。あと十分で本番のようだな」

「もう、彰! 何度も転びそうになったわよ!」

 パレード参加者が控える場所まで来た彰と由菜。関係者以外立ち入り禁止だから、恵梨や美佳もここまでは追ってはこれないだろう。

「すまんすまん」

「これもそれも彰が私の手を引いて走るからよ! ……そう、私の手を引いて……………」

 自分の手を見下ろす由菜。


 その手は彰の手とがっちりつながっていた。


「~~~~~~~っ!!!」

 ばっ! と腕を振り払う由菜。

「何だよ。謝っているじゃないか」

 どうやら腕を払われたことを由菜が怒ってやったことだと勘違いしている彰。由菜の手を取ったのもとっさのことだったから特に意識はしていなかったようだ。


「……フン!」

 そっぽを向く由菜。真実は火照った顔を彰に見せない為であるが、

(参ったな……)

 由菜が本格的に機嫌を悪くしたのだとまたも勘違いする彰。

 こんなギスギスしたムードでパレードを歩くわけにもいかないよな。さっきのが原因だとしたら……はあ、やっぱり言わないといけないのか…………。


 周りに仮装したパレード参加者が増える中、彰は覚悟を決めた。

「ゆゆゆゆ由菜……」

「……何よ」

 って最初から震えているんじゃねえよ!!

 自分に叱咤したところで続ける。

「あの、そのだな。……いっ、一回しか言わないからよく聞いとけよ」

「……?」

 覚悟を決めたところで緊張が無くなるわけではない。しどろもどろになりながらも彰はその一言を口にした。



「その服似合っているぞ。……綺麗だと思う」



 ボンッ!

「えっ! ……え~~~~~~!?」

「こ、声が大きい! 注目を集めるだろうが!」

 熟れたリンゴのように更に真っ赤になる由菜。その赤さはもはや顔を背けても隠しきれないものだったが、彰も自分のセリフのこっ恥ずかしさに由菜の方ではなくあさっての方を向いている。

 彰はまたも由菜が怒った理由を自分が感想を口にしなかったからだと勘違いをしていたが……まあ結果オーライだろう。

 ちなみに周りも負けず劣らずうるさかったため特に注目は集まっていなかったが、もし注目されていたら『初々しいカップルだな』というような根だけはあって葉の無い噂が広がっていただろう。


 これでよかったんだよな。

 恥ずかしさでまだ振り返れない彰の背後で、由菜が落ち着いていくのが分かる。

 そのとき、


「…………ありがと」


「……? 何か言ったか?」

 周りの喧噪に紛れて何かが聞こえなかったが由菜が何か言ったのが聞こえた。どうやら許してくれそうだなと振り向いた彰に、

「何でも無いわよ。……だ、だいたい誉めてくれるのが遅すぎるのよ」

 由菜が前言を撤回して彰を攻める。

「はは……しょうがないだろ。あの場、恵梨とか美佳とか大勢いる中で誉めるなんてしたら後でどれだけからかわれることか。

 ……つうことでさっきのセリフあいつらには秘密にしといてくれよ」

「……はいはい分かったわ」


「本番まであと五分です。順番に並んでください」


「よし行くか」

「そうね」

 二人は文化祭実行委員の誘導に従って所定の位置についた。



 文化祭二日目もまもなく開幕である。

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