九十四話「文化祭一日目→二日目 報告」
プルルルルル、プルルルルル。彰の部屋に初期設定から変えていない着信音が鳴る。
「こんな時間に誰だ……?」
文化祭一日目もゆるやかに収束してすでに夜を迎える。
夕食も食べ終わり、部屋にこもっていた彰は最初本気でそう思った。
彰にとってその電話は突然鳴ったように思えた。
この場合の突然とは物理的なものではなく精神的なもので、つまり彰は電話が来ると思っていなかったということだ。……後になって振り返ると、文化祭中で気がゆるんでいるからに違いなかったのだが。
ベッドから立ち上がり、携帯電話を開く彰。
液晶画面には『ルーク』と表示されていた。
「…………あっ」
瞬時に自分の気のゆるみに気づく彰。
そういえば定時報告があったな…………あれ?
「って、よく考えれば昨日、定時報告がなかったじゃないか!」
もしかしてルークの身に何かあったのか!?
遅ればせながら心配になった彰は急いで通話ボタンを押す。
「どうした、ルーク!」
彰の勢いに押されたのか、ルークは返事が少し遅れた。
「…………昨日は連絡できなくてすいません。尾行にいそがしくて。……ですが、ようやく見つけたんです」
ルークの口調は何やら達成感があった。
「尾行? ……ということはもしかして」
彰はここ最近ルークたちが何を探していたのか知っている。彰の期待通りにルークは口を開いた。
「はい。モーリスの居場所を見つけました」
猟奇殺人事件の犯人が見つかったようだった。
「質問はいろいろあるでしょうが、まず経過を話していいですか?」
「ああ、頼む」
「……昨日の夕方ごろ、『演算予測』が町中でモーリスの姿を見つけたのが話の始まりです。彼女自身、行動を予測したわけではなく全くの偶然だったらしいですが……。
その後連絡を受けかけつけた僕はすぐにでも捕まえたい気持ちを抑え、細心の注意を払ってモーリスの尾行を始めました」
確かにその選択は正しかっただろう。
モーリスを捕まえるとなれば、当然抵抗して戦闘に入る。街中で戦闘を開始してもラティスの『記憶』があるから一般人に戦闘を見られてもいいのではあるが、巻き込まれて怪我やらする可能性がある。
それにモーリスは街中でいきなり襲うくらいで不意をつけるとは思えない。確固たる隙――例えばモーリスが寝ている時とか――に襲撃したいというのはこれまでルークとも話し合って考えを一致させている。
「それでモーリスの動きは変則的で、最初は何が目的なのかつかめなかったのですが……」
「何が目的だったんだ?」
「……どうやらモーリスもある人物を尾行していたようです。その人物を『過去視』と『演算予測』の二人に調べてもらったところ……彼が復讐するに足る人物のようでした」
復讐するに足る人物? 彰は首をひねったが、どのような人物かは後から聞くことにして続きを促す。
「つまり、モーリスはそいつを殺すタイミングを計っていたっていうことか?」
「たぶんそういう意味もあったんでしょう。
……ですが、モーリスは結局殺しませんでした。タイミングが来なかったのか、もしくは対象の行動パターンを観察しているのか」
「何にしろ危ない状況だな」
すぐに殺さないにしろ、いつかは殺すはずなのだ。
「はい。それでここからも重要なんですけど、モーリスは尾行していた人物が住居に帰るのを見届けてからどこかに向けて動き出しました。
そのまま町の外に出て一時間ほど歩いたでしょうか? モーリスは森の中に忽然と存在していた廃墟に入っていきました。……徹夜で監視を続けた結果そこからモーリスは出てこなかったので、彼はそこで寝泊りをしているみたいですね。
後で調べてもらったところ、そこはどうやら昔は工場だったようですが、潰れてその後は誰も手をつけていないという物件らしいです」
「廃墟に寝泊りか……」
まあ、逃亡犯の身分でホテルに泊まったりするはずもないか。
……しかし、これはチャンスだな。
「これはチャンスです」
同じことを思ったのかルークも電話越しに気を昂らせるのが分かる。彰もうなずいた。
「分かってるさ。相手が寝泊りしている場所が分かっているから、寝ている最中に奇襲する事が出来るし、周りに何もない廃墟だから一般人を巻き込む可能性もほとんどない。こちらだけが相手の情報を握っていることのアドバンテージだな」
「そうです。ちなみに今現在モーリスは昨日と同じ人物を尾行中、『過去視』は僕の代わりにモーリスの尾行、『演算予測』には廃墟の近くに罠などが無いかを見てもらっています。
……ということで情報も伝え終わりましたし、モーリス捕獲作戦を話してもいいですか?」
「何か案があるのか?」
主導権をルークに丸投げしている彰は同様に作戦立案も丸投げしている。
ルークは説明を始めた。
「現在モーリスは昨日と同じ人物を尾行していますので、今日これから犯行に及ぶようなら僕は全力で止めに行きますが、もし昨日と同じように何もせずに廃墟に戻ったのなら作戦を開始します。
……といっても簡単なことで、寝ているモーリスを奇襲するということです。それが最も基本的でかつ成功率が高いでしょう。
この夜遅くに行動している事からして、モーリスは昼夜逆転の生活を送っているはずです。
よって作戦開始時刻は明日の午前中を予定しています」
「明日の午前………………」
「のんびりしていたらいつモーリスが犯行に及ぶか分かりませんからね」
ルークの考えには賛同できる。のだが、
「……うう」
彰は思わずうめき声を出した。
分かるのだが……しかし、明日は文化祭二日目なのだ。
「…………あっ、そういえば確か彰さん文化祭中でしたか?」
ルークが今気づいたというように声を上げる。
何故ルークが知っているかというと、こうやって定時報告で雑談する折に文化祭があるということを言ったことがあったからだ。
「そうだ。……すまん少し考えさせてくれ」
明日の午前中は一番文化祭が盛り上がるころだろう。
モーリスの捕獲にも時間がかかるだろうし、半日ほど潰れるのは覚悟しないといけない。
つまり文化祭はほとんど楽しめない。
「……彰さんは一般人ですし、やっぱり僕一人だけでやりましょうか? だって文化祭は一年に一回しか無いんですよね」
つらつらと考えていると気を使ったルークが提案してくる。
それは魅力的な提案だな……。
戦闘なんて日常を生きるには面倒くさいことをプロに任せて、自分は文化祭を楽しむ。
自分は一般人なのだからそれこそが正しい…………
「そんなわけがあるものか」
何を今更一般人ということを免罪符に掲げているのだ。ここまで事件に深入りしておきながら一般人などおこがましい。
すでに自分は関係者だ。
ここで引くようだったら、最初からこの事件にかかわるべきでないのだから。
「……男に二言は無い。きちんと最後まで関わらせてもらう」
電話越しにルークに伝える。
「そうですか。……ですが…………」
何か言いたげな雰囲気ルーク。
おそらく執行官というプロである事からして一般人を本当は巻き込みたくないとかそういうところなのかもしれない、と彰は勝手に推測する。
しかしルークも分かっているのだ。自分一人でモーリスを捕まえられる自信があるのなら最初から彰に連絡せずに無断で動けばいい。
ルークだけでは万一の時にモーリスに逃げられる可能性があることを自覚しているからこそ、彰に作戦の協力を要請しているのである。
「なーに。おまえも言っただろ。文化祭は一年に一回あるんだから、また来年楽しめばいい」
「…………すいません」
「謝る必要はないさ」
「……それでは作戦の詳細を――」
「説明する前に少しお願いしたいことがあるんだが」
ルークの言葉を遮る彰。
彰は文化祭を楽しめないかも知れないが、自分の役目はきちんと果たすつもりだった。明日彰が果たさないといけない役割は朝に行われるパレードに出ること。
そのために彰は一つの提案をしたのだった。
「異能力者隠蔽機関に一つ頼みたいことがあるんだが、連絡つけてくれないか?」




