九十二話「文化祭一日目 文芸部」
文化祭一日目、朝。陽光がカーテンから漏れる中、
「ふあ~あ」
彰は自室で伸びをしながら起きあがった。
「よく眠れた……」
いつもならもっと眠っていたいと思うところだが、今日の彰は爽快感すら感じていた。
文化祭があるからというのもあるが、昨日は早くに寝たから睡眠が十分だからだろうな……。
「………………?」
そこで自分の記憶に疑問を持つ彰。
何で早くに寝たんだっけ? なんかあったから早くに寝たはず何だが……。
「はて?」
寝る前の一幕の記憶は便利な彰の脳によって消去されていた。
その日も斉明高校という建物自体は変わらず存在していたが、いつもとは全く違う空間となっていた。
まずもって校門にかけられた文化祭と書かれたアーチ。
玄関前に置かれた多くの模擬店。
各々が考えた出し物のために改造されている教室。
そして一番の変化はそこに在籍する生徒。
学校が好きな者も、そうでない者も祭りが嫌いという人はあまりいない。
皆で作り上げた、そして皆が楽しむ文化祭が開幕した。
「彰さん、どこに行きますか?」
「おまえに任せるよ」
出し物を宣伝しながら歩く人、何か忙しそうに走っていく人、単純に文化祭を楽しんでいる人、と人の溢れる廊下を歩く彰と恵梨。
廊下に溢れているのは人だけではなくにおいもだ。そこかしこで行っている模擬店から発せられたにおいが充満していて、男子高校生の彰はそれだけで空腹感を刺激される。
一日目の今日は生徒だけの文化祭である。それなのにこの盛況ぶりなのだから、二日目の一般の人が入ってきた場
合はさらに想像がつかなかった。
「では、まず美佳さんに呼ばれてましたし文芸部の方に行ってもいいですか」
「分かった」
彰は恵梨の行く方についていった。
目的の部屋に入ると見知った顔が二つ出迎えてくれた。
「……え? 彰さん来てくれたんですか?」
「あれ? 先輩知り合いなんですか?」
先輩の反応に驚いたのは意外と文芸部に所属している美佳。
そしてもう一人は、
「えーと…………佐藤さんどうしましたか?」
「中谷花です!! この前自己紹介しましたよね!!」
文芸部の部長、中谷花であった。
入り口で話をすると邪魔になるので彰たちは部屋の中に進む。
彰たち以外には4、5人しか部屋にいないが、文化祭も開幕したばかりであるし、文化系の部活としてはまずまずなのだろう。
と、彰が周りを見ながら歩いていると恵梨が耳打ちしてきた。
「彰さんが名前を間違うなんて珍しいですね」
「何を言っているんだ。わざとに決まっているだろう」
決まっているんですか……? とも思った恵梨だがそれよりも気になることがある。
恵梨は正面の文芸部の部長に向き直った。
「その……中谷先輩」
「花でいいですよ。みんなもそう呼びますし」
「そうですか。……それで彰さんと花先輩はどんな関係なんですか?」
「あっ、それ私も気になった。二人って接点そんなになかった気がするけど」
部員の美佳も知らなかったのか好奇心を隠さずに聞いてくる。
「あの、それはですねーー」
花は文化祭準備会議のときに彰が助けたと説明をする。
主観が思いっきり入り混じっているため彰がとにかく美化されていて、聞いている彰がこれ誰なんだよと思うほどだった。
「そうですか。……ふふっ、彰さんらしいですね」
「そうだね」
「……何なんだよ、その反応」
話を聞いた恵梨と美佳の暖かい目に彰が憮然とする。
「それでですね、その後彰さんにお礼を言いにいったら、そんなの必要ないって謙遜して……それがもう本当に――」
「本当に?」
「――いっ、いえ! な、何でもありません!!」
「?」
彰が聞き返すと花が急にあわてだした。何を言うつもりだったんだろうか?
少し気になった彰だが、それよりも先に釘を刺さないといけないことがあった。
「あの黙って聞いてましたけど、俺は生徒会に立ち向かうのがおもしろそうだったから助けただけです。
勘違いしないで下さい。……だから礼なんて本当に必要ないですよ」
彰がそこを強調する。
俺はいつもやりたい事をやっているんだ、という思いを込めた発言は、
「と言いながらも、本当は見捨てられなかったんですよね」
「彰は困っている人を見捨てられないもんね」
横からニヤニヤと笑う恵梨と美佳に不意打ちされる。
発言を聞いた花が、同士を得たとばかりに意気揚々と発言する。
「やっぱり彰さんってそんな人ですよね!」
「そうですよ。彰さんは私が困っているときにだって助けてくれましたし」
「さっきのも照れ隠しに決まっているね」
そうですよね! 三人ともそう言いたげな表情を取って、こちらを見てくるので、
(はあ……)
彰は内心でため息をついた。三人とも見当違いが甚だしかった。
俺が困っている人のために動くだって? そんなことがあるか。俺はいつでも自分がしたいようにしているんだ、人を助けるのを優先するだって?
「ソンナコト、アルワケナイダロ」
「…………彰さん。片言ですよ」
「図星だったんだねー」
恵梨と美佳の可愛そうな子を見る目が痛すぎる…………!
動揺を表に出してしまった彰はいたたまれなくなって、
「ちょ、ちょっとトイレに行ってくる!」
脱走兵さながらにその場から逃げ出した。
残された美佳、恵梨、花。
「あーあ。……男のツンデレなんて面倒くさいだけなのにね」
「でも高校男児ですよ。かっこつけたいんですよ、きっと」
「それにしてもすごい速度で逃げていきましたね」
「確かにあわてすぎね。……まあ、彰が言っていたやりたい事をやっているというのもあながち間違いじゃないんでしょうけど」
「どういうことですか?」
「???」
「あー、つまり、彰が今やりたいことは『人の役に立つ事』なのよ」
「いいことじゃないですか」
「まあ、今時そんな善良な人って珍しいですね」
恵梨と花が無邪気に納得する。
美佳は『その理由は……たぶん罪滅ぼしなのだろうけど』という言葉を口の中で転がして飲み込んだ。
数分後帰ってきた彰は、販売していた文芸部の部誌を買い、恵梨の案内の元に次の目的地に向かった。




