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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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八十八話「忙しき日々の息抜き」

 能力者ギルドや異能力者隠蔽機関に協力したその翌日。(正確には十二時を回っていたので同日)

 平日だったためいつもと変わらず登校した彰は、午前中の授業を切り抜けて昼食中だった。違う部分は寝不足でやたらあくびをしているところだろうか。



「彰、どうしたの? あくびが多いね」

 そういう些細な違いにも幼なじみは気づくらしい。一緒に昼食を取っている内の一人、由菜が指摘する。

「昨日はちょっと寝るのが遅くてな」

「いつもと同じように部屋にこもって勉強していたんですよね」

「いつも……って。たまにはテレビでも見て過ごしたりしないの?」

 彰と一緒に住んでいる恵梨、クラスメイトの美佳も会話に入ってくる。

「………………」

 ガツガツと弁当を食べている東郷仁司。

 このいつもの五人でくっつけた机を囲んで昼食を食べていた。


 俺ってそんなに勉強ばかりしているように見えるのか?……うん、見えるな。彰は自問自答をして苦笑する。

「いや、あいにく昨日は小説を読んでいたから勉強はそんなにやっていないぞ。キリの良いところまで読もうとしたら思いのほか時間が過ぎていてな」

 ――という建前だ。

 最後の部分は心の中でつぶやく事にする。

「うわー、しぶいね。彰は本当に高校生なの?」

「……私も時々疑問に思います」

「それで何読んでいたの?」

「………………」

 三者の答えが返ってくる中、仁司は相変わらず弁当を食べていて無言。


「いや、最近話題のミステリーで――」

 彰は話しながら昨日モーリスを逃がした後の事を思い出していた。






「へえ。彰さんはこの地に住む高校生なんですか」

「ああ。おまえも同年代に見えるけれど高校に通っているのか?」

「一応高校に通っていますが、能力者ギルドの執行官としての仕事が多くて休みがちですね」

 人が一人もいない夜の住宅街。ルークと彰はお互い初対面で相手をよく知らなかったので、自己紹介をしながら歩く。

「ここを右に曲がったようね」

「右ですか……。これまでのパターンから考えると、モーリスの目的地は…………」

 二人の前にはさらに二人の女性がいて、それぞれに自らの能力を使ってモーリスの痕跡を追っている最中だった。


 『過去視(パストビジョン)』と『演算予測(カリキュレーション)』の二人によって立ち直ったルークはそのままモーリスがどこに逃げたのか捜索を開始した。

 すでに夜も遅く、彰は明日で良くないのか?とも思ったが、どうやら過去の風景を見る事の出来る能力『過去視(パストビジョン)』が一時間までしか遡って見ることができないので寝る間も惜しんで捜索に乗り出した次第だった。

 異能力者隠蔽機関は事件の隠蔽をするということで、モーリスと戦った現場で別れている。



 そして、捜索に関しては全く役に立たない彰とルークは今後の事を考えていた。

「このまま追っていけば、すぐにモーリスを見つけて再戦となるか?」

「たぶん難しいでしょうね。相手もハミルさんの『探知(サーチ)』を逃れるために能力を使っていないはずですが、なにぶん逃げ出してからかなり時間も経ってますし簡単に居場所を見つけられるとは思えません」

「見つからないのか? それなら今こうしているのは何故なんだ」

「できるだけモーリスがどちらに行ったのか位は把握しておきたいのです。手がかりは少しでも多い方がいいですから」

「そうか」

 ふああ、彰があくびをする。

「……彰さん眠いのですか? それなら後は僕たちだけでも良いですよ」

「そうか。……今日中に戦えそうに無いなら夜も遅いしそうしようかな。まあ、そのまえにちょっと打ち合わせをしておきたいが」

「何のですか?」

 あくびのせいで涙がにじむ目をこすりながら彰は言った。


「モーリスをどうやって倒すかだ」


「ああ……」

「能力『獣化(ビースト)』により身体能力が上がり、反射神経と獣の本能でどんな危険も察知して避けることの出来る化け物をどうやって倒せば良いのか俺には思いつかない」


 彰は悩んでいた。 

 今モーリスを探している最中だが、例え見つかったとしても当然相手がおとなしく捕まる訳が無い。その場で戦いとなるだろう。

 彰は勝負には作戦を立てて挑むのが心情である。

 そこで一つの問題が発生した。彰が作戦を立てる場合は相手にトドメを刺した状況から逆算するのが常なのだが、彰にはあのモーリスにトドメを刺せるビジョンが浮かばなかったのだ。

 つまりモーリスとの勝負をチェスに例えると、モーリスというキングの逃げ場を無くしてチェックメイトをかけたところで、相手は盤外に逃げる事が出来るというような馬鹿げた状況。

 どんなに罠を張ったり奇襲をしかけたりして優勢になったところで、チェックメイトに持っていけないのであれば勝負には勝てない。

 それにナイフの空中制御や風の圧縮金属化など、彰の持ち札はさっきの戦いでほとんど切っている。初見でもそこまで不意をつけなかったのだ。ましてや二回目に見る技であれば、モーリスには見切られるだろう。



 なので良い案の思いつかなかった彰はルークに相談したのだが、


「それなら心配ありません。僕に作戦があります」


 力強いその言葉を頂くことになった。

「あのモーリスの反応力を上回らないといけないというのに、その方法があるって言うのか?」

 半信半疑で彰が聞く。

「はい。……『二倍(ダブル)』の奥義其の一を使います」

「奥義……だと? 」

 その響きに「かっけー!」と思うのは男なら仕方の無い事だろう。期待を胸に質問する。

「奥義ってどんなのなんだ?」

「えっと……すいません。彰さんが作戦を知らないことも作戦の内ですので、作戦の詳細は説明できないんです」

 ルークが申し訳なさそうに言った。

「…………それはつまり敵を欺くならまずは味方から、って事か?」

「そういうことです。話が早くて助かります。……とりあえずは今日と同じように共闘してもらえれば」

「分かった。おまえを信じるぜ」

 作戦を知らずに戦場に立つのは結構勇気のいる事だが、彰は快く賛成した。この戦いの主人公はルークであり、自分はサポートであると割り切って考えられている。


 そのとき前を行く『過去視(パストビジョン)』の能力者が舌打ちをした。

「……ちっ、映らないな。モーリスをロストした。ここからどこに行ったかは分からない」

「そうですか。それではここまでの足取りで分かる事をシミュレーションします」

 話によると『過去視(パストビジョン)』はビデオで取ったようにはっきりと過去が見えるのではなく断片的に見えるので、完璧に足取りを追ったりするのは難しいらしい。

 それでも現在地がモーリスと戦闘した場所からかなり離れているので、結構足取りを追えたという事ではあるようだ。


「今日はもう無理のようですね」

 夜も遅く、これ以上の捜索が無理だとルークは判断する。

「僕たちは明日も捜索しますが彰さんはどうしますか?」

「ちょっと学校が急がしそうで無理だ。頼めるか」

「……そういえば文化祭があると言っていましたね。いいんですよ。こっちは一応プロですが、彰さんは学生ですし。

 ……それでは明日以降僕らだけで探して、モーリスの居場所が分かった時には彰さんに連絡します。……ハミルさんの『念話(テレパシー)』ばかりに頼ってられませんし、緊急でない場合は携帯電話で連絡を取ましょうか」

「ああそうだな。じゃあ俺の携帯番号は……」

「はい。…………ですね」

 彰が何も見ずに言った11ケタの数字を、一回で暗記するルーク。頭の出来が良い二人はそれを何気なく行っている。



「それでは今日は協力本当にありがとうございました」

「かしこまらなくて良いって。じゃあな」

 彰とルークはぞんざいに手を振って別れる。


 その後は恵梨を起こさないようにぬき足、さし足で自宅に入り、自室で死んだように眠りこけた。モーリスとの戦闘、文化祭の準備に駆け回る毎日と彰は疲れが溜まっていたので朝まで一瞬のように感じられた。






(本当に大変だった……。こんな事があったのに授業時間寝なかった自分を褒めてやりたい)

 昼食後、先に食べ終わった彰はひとりごちながら弁当箱を持って自分の席に戻る。

 本当は寝不足で今すぐにでも机に突っ伏してわずかな時間でも寝たいところだが、しかしやらないといけない事があり忙しいのだ。


「彰、宿題を見せてくれ」


「はい、邪魔」(ゴスッ!)

 なのに寝ぼけた事を言ってくるこの男は殴っても良いだろう。相手は不意に殴られてのけぞった。

「この! いきなり殴るかよ!」

 騒音の主は東郷仁司。中学のころからいつも馬鹿だとは思っていたが、やっぱり馬鹿だった。

「おまえな。俺が宿題を見せないことぐらい、腐れ縁のおまえも分かっているだろう」

「それでもピンチなんだよ! 俺たち腐れ縁だろう! 助けてくれよ!」

 腐れ縁のくせに図々しいやつだ。


 仁司の言っている宿題とは五時間目の数学の授業中に出すものだろう。数学教師の牧本は厳しいことですでに一年生の間でも有名だから、仁司があわてて宿題をしようという気持ちもよく分かる。


(しかし仁司と絡むのも久しぶりだな……)

 最近は文化祭の準備で忙しかったのですっかり仁司で遊ぶことをしていなかった。

(文化祭の準備に、モーリスの事件。……これだけストレスが溜まっているんだから発散しないとな)

 現在の時刻は……休み時間が終わるまで十五分か。仁司で遊ぶ時間は十分にある……。

「よし分かった。今日は特別に宿題を見せてやろう」

「……えっ! ホントか!」

 彰の裏の思惑には全く気づかず喜びを見せる仁司。



「え?」「…………え?」「彰が仁司に宿題を見せるの? ……絶対何か裏があるわね」

 その会話を未だ弁当を食べながら聞いていた恵梨たちの反応こそが正しいというのに。



「出さなかったら放課後居残りさせられるからな。文化祭の準備が忙しいんだからお前のようなやつでも抜けられると迷惑なんだよ」

「……彰」

 なにやら感激した目で見られる。

「おまえのことを自分の頭の良さを鼻にかけて俺の事をバカにしてばかりだと思っていたけど、本当は違ったんだな!」

 今からその予定だ。

「ほら、これ」

 彰は自分の席から取った一枚のプリントを裏返しで手渡す。

「おっ! サンキューな!」

 受け取った仁司がプリントの表を見ると。


 真っ白。


「………………」

 呆然とする仁司。こいつの頭の中では今何が考えられているのだろうか?

「どうしたのか?」

「……いやー彰さん。すいませんが、このプリント何も書いてないように見えるのですが?」

 仁司のへりくだった態度はそれはそれで珍しいものだが、似あわなすぎて聞いていると鳥肌が立ってくる。

 彰は笑いをこらえながら次のセリフを発した。



「何言っているんだ? ちゃんと書いたぞ。バカには読むことのできないインクでな」



「……出ました」「よくあるやつね」「やっぱり」

 一瞬で彰の意図を見破った恵梨たち三人は呆れてつぶやく。



 一方の仁司は。

「……バカには読めないインク? そんなの聞いたこと無いぞ」

 どうやら信じているようだ。

「知らないのか、バカには見えないインク。最近新発売された商品でな、バカが使うと当然見えないんだが、『その見えない事が嫌で、見えるまで努力する事で学力がアップしました』って評判なんだ。俺も最初は見えなかったんだが今ではすっかり濃く見えるようになって本当に役に立ったよ。価格は980円で、専用のペンもついているからお得だ。お求めはお近くの文房具売り場で」

 彰は仁司に信じさせるためにでまかせをまくし立てる。……何故かテレビショッピングのようになってしまったが。

「……そ、そうなのか。お、俺はそんなの知らなかったよ」

 あふれる情報量に信じてしまう仁司。……詐欺師の騙す手段にもっともらしい事を並べて相手を情報におぼれさせる、というのがあるらしいが上手く行ったな


 彰は次の段階に移ることにした。仁司から取った自分のプリントをひらひらと見せ付ける。

「さて、それを踏まえて聞きたいのだが。…………さっきおまえこれが白紙だって言ったよな?

 もしかして、これが読めないのか?」

「いや……そんなことは」

 仁司がうろたえる。

「だよな。俺の聞き間違いだよな。もし白紙に見えたって言うなら相当のバカだぞ。何せ、俺が見えなかったのは小学生のころだったんだからなー」



「さっき新発売って言ってなかった?」「そうですね」「……確かに」

 ミスったんだよ!



 しかし仁司はバカなので矛盾に気づいたりはしない。

「い、いや……」

「いや?」

「も、もちろん……」

「もちろん?」


「み、見えるに決まっているだろ。ははは」


 何も書いていないのによく見えるな。


「そうか……。なら、早速宿題を写さないとな」

 彰は乾いた笑みの仁司を引っ張り仁司の席に連れて行って、仁司の分のプリントと一緒に机に並べる。

「ほら。思う存分に写せよ」

「………………」

 二枚の白紙のプリントを前に固まる仁司。



 彰はこの後も「どうした手が止まっているぞ」「もしかして本当は見えないのか?」と言って仁司をからかって楽しむことを、見かねた由菜が「いいかげんにしなさい」と言いに来るまで続けた。



 そのまま説教タイムに。

「あんたねえ。バカには見えないインクなんてあるわけ無いでしょ!」

「……そうなのか?」

「そうに決まっているでしょ!」

 由菜も呆れながらキレている。

「大体彰もよ! このプリントを出すのは彰も一緒なのよ! 何で白紙なのよ!」

「失礼な。バカには見えないインクでちゃんと書いているぞ」

「………………」

「ふざけてすいません」

「さっさと解きなさい!」

 こういうときはひたすらに立場の低い彰。


 当然宿題を忘れる気の無い彰は、休み時間の残りの五分で普通は三十分かかる問題をさらっと解いたのだった。 

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