八十六話「能力者ギルド」
彰によって逃走体勢を崩されたモーリス。出遅れていたルークはそれで稼がれた時間によってモーリスに追いついていた。
失敗できない……。今度こそは失敗しない……! おそらくこれがラストチャンス!
右足を強く踏み込みルークは能力を発動。
「出し惜しみは無しです!! 腕力、衝撃、速度、全部二倍!!」
ゴウッ!
能力『二倍』を三つ同時にかけた拳が、姿勢を崩したモーリスの無防備な鳩尾にアッパーとなって放たれる。
「行けええええええ!!!」
この状況をお膳立てした彰も声はちきれんばかりに叫ぶ。
これで……これで終わりです!!!!
黒の手甲をつけたルークの拳がモーリスの鳩尾にすいこまれ
る前にモーリスの腕がそれを受け止めた。
バキッ!
「ガッーーーーーーー!!!!」
とはいえ受け止めきれるような攻撃では無い。
その衝撃によってモーリスは吹っ飛ばされた。
ガードした腕は、ルークの手甲とぶつかって爪が二本折れた。
防御したとはいえかなりのダメージを負った。
しかし、それだけだった。
全てモーリスの逃走を邪魔できるような傷ではなかった。
「これでも届かないなんて…………くっ」
『二倍』の同時使用により地面に手をつくルーク。
「あれさえも防御できたのか!?」
完璧に決まったと思ったのに!?と彰。
「グルルルル……」
傷のせいか少し張りが無くなった声を上げるモーリスはそんな二人を最後に振り返って見て、
「ガウッ」
逃走を始めた。
彰には到底追いつけなさそうなスピードで走るモーリスは、すぐに曲がり角を曲がって姿が見えなくなる。
彰とルークはモーリスの逃走を許してしまったのだった。
モーリスの去った夜の住宅街には風一つ無い。
「そ……んな」
立ち尽くす二人の内の一人、ルークはすぐには目の前の現実を受け入れられなかった。
僕が……任務に失敗した?
「そんなことが…………」
ルークは能力を多重使用した反動からすでに治っていたが、しかしモーリスの姿が見えないのではどうしようもなかった。
「期待を、期待を裏切ってしまった……」
皆はどんな顔をするだろうか。
失望だろうか? あざけりだろうか? それとも…………。
今までエリート街道を進んできたルークは一つの失敗に過剰に反応していた。泥沼に足を突っ込んだようにずぶずぶと思考が沈んでいく。
だが、当然そんな事など気にせずに。
三つの人影が闇から湧き上がったように一瞬でその場に現れた。
「やあ、ごくろうさん」
異能力者隠蔽機関はいつもと変わらず戦闘が終わってから、能力『空間跳躍』によりその場に出現するのであった。
「やっと来たか! ハミル、『探知』で殺人鬼の場所を探してくれ!!」
それを見るのも三回目の彰は慣れたもので、自分の用件を果たすために早速ハミルに迫る。
「あ、彰さん!?」
頼りなさそうな女性、ハミルはいきなり自分の名前を呼ばれて突然出現したのは自分だというのに驚いている。
「早くやってくれ! 今ならまだ間に合うかもしれないんだ!」
「あの、その。……そ、それは無理なんです……」
「何でなんだよ!!」
今にも掴みかからんばかりの彰。
「まあまあ。ちょっと落ち着きなよ、彰くん」
飄々とした雰囲気をまとった男性、ラティスはおどおどしている部下に代わって彰を宥めにかかった。
「もしモーリスの位置が分かっているなら、僕はとっくにハミルに念話を使って君に指示を出しているさ。
しかしね、どんな能力も万能では無い。ハミルの能力『探知』は能力を発動している最中か、能力を発動した瞬間を今までに見たことのある能力者しか探す事ができないんだ。
そこで一つ。モーリスはすでに能力を解除している。二つ。ハミルはモーリスが能力を発動する瞬間を見ていない。以上からモーリスの場所は分からないんだ」
「けど、戦っていたのはほんのさっきだぞ! 逃走しているモーリスが能力を解除している――」
「わけがあるんだよ。こちらも顔を知られすぎているからね。ハミルの探知から逃れるために、モーリスは距離を稼いだ後は能力を解除しているようなんだよ。……今までもそうだったからね」
彰の言葉を遮るラティス。
「君も分かっているだろう。僕たちが現れるのは戦闘が終了したと判断した時だ。つまりここからあがく術は無いんだよ。……まあ君が一人で闇雲に追うっていうなら話は別だけどね」
…………、…………、…………。
数秒間沈黙して落ち着いた彰が言った。
「分かったよ。分かった。さっきの戦闘はもう終わりなんだな」
「そう。……いや~物分かりの良い子はいいね」
うんうんとうなずくラティス。
「………………それならそれで頼みがあるんだが」
「切り替えが早いね~。……けどその前に少し状況整理をした方が良いんじゃないかな? そこで落ち込んでいる人も含めてね」
そういえば、と彰が振り返る。
一緒に共闘した金髪の少年もちょうど顔を上げて彰の方を見上げていた。
「そういえばさっきは一緒に戦ってくれてありがとな。……えーと」
「ルークといいます」
「ああ、すまん。ありがとなルーク」
名前も知らないのによく共闘できていたね~、とラティスは率直に心の中で思った。
相変わらず思考の大部分が泥沼に沈んでいるルークは、残りの思考が惰性で質問を返していた。
「あなたは誰なんですか?」
「俺は高野彰、高校二年生だ」
「そうですか………………」
またうつむくルーク。
「どうやら落ち込んでいるみたいだね~」
「みたいだな。……そういえばルークとお前等はどういう関係なんだ?」
ルークが自分の世界に入った事を感知した彰は会話することを諦め、ラティスから情報を聞きだすことにした。
「ルーク君は能力者ギルドの執行官なんだよ」
「……そういえばハミルがそんな事を言っていたな。アメリカを拠点にしている組織だったか?」
「そうだね~。彰くんは能力者ギルドについて知らないようだけど……詳しい説明を聞きたいかい?」
「できれば」
「そう。じゃあリエラ。お願いするよ」
ラティスは異能力者隠蔽機関の最後の一人、『空間跳躍』のリエラに説明をブン投げる。
上司からのいきなりの命令にも全く表情を崩さずリエラは説明を始めた。
「はい。……能力者ギルドとはアメリカ合衆国を拠点とし、同国内に複数の支部が置かれている巨大な能力者組織です。
この組織の目的を彰さんの住む日本に合わせて言うなら、組合と言うのが一番正しいでしょうか」
「……何をするんだ?」
「一つは仕事の斡旋ですね。例えばトンネルの工事をする際は爆破系の能力者に仕事が行きますし、要人の警備に戦闘向きの能力者が、テロ対策をするときに探知系の能力者に仕事が振られたりすることがあるそうです。
アメリカの裏社会や政府の高い位置に属する者には能力者の存在を知っている人もいるので、ある程度需要があるようです。彼らは能力者では無いですが、能力の存在を公にしようと思っていないので異能力者隠蔽機関としては気にしないスタンスを取っています……」
コホン。エリスは一回咳払いした後説明を続けた。
「二つ目にまさしく今回のような治安維持です。能力者が能力を悪用して犯罪などを起こした時に、ギルドの幹部の中でも執行官と呼ばれる者がその能力者に対処をします。
この二つが主な能力者ギルドの目的ですね」
「そんな組織があったんだな……」
自分が知らなかった世界の広さを痛感する彰。
「アメリカに住む能力者は半強制的にその組織に入れられるそうだから、どっちかというとアメリカの能力者を管理していると言った方が正しいかもね~」
ラティスがリエラの説明を補足する。
「ということは能力者ギルドは科学技術研究会のような悪の組織では無いということだな」
「確かにどちらかと言うと善の組織だね~。
それで今回モーリス――殺人鬼の名前ね――を捕まえるのに苦戦しているのを見て取った僕らがルーク君に協力しているという形なんだ」
「仕事柄、異能力者隠蔽機関が執行官に協力する事はよくあることです」
「ほうほう。なるほど」
彰がうなずいた。
「さて状況説明も終わったし、彰くんがさっき言っていた頼みって何かな?」
ラティスが彰が何を言うかをわくわくした顔で待つ。
「ああ、それか……」
上手く行くだろうか……。
彰には一つの考えがあった。
まず現状、結上市で殺人事件が起きてその犯人モーリスが逃げている事によって、自分が通っている斉明高校の文化祭が上手くいかない事を彰は危惧している。
モーリスを捕まえきれなかった以上、普通なら打つ手の無い事態だ。
しかし、ここにいる者たちは普通では無い。能力者だ。
たぶん大丈夫だよな。……今までの状況も合わせて考えると納得の出来る推論だし。
「ラティス。おまえの能力『記憶』を使わせて欲しいんだ」
それは物事を思い出させなくする能力と彰はラティスに説明されている。
(しかしそれだけでは無いはずだ……)
ニヤニヤしているラティスを前に彰は告げた。
「能力『記憶』は記憶を思い出させなくするだけでは無くて、記憶を操作する事もできる。……そうじゃないのか?」




