八十五話「共闘」
時を少しさかのぼる。
夜の結上市には人がほとんどいない。
家を出た彰はハミルの案内に従って人にぶつかる心配が無いので全力で走りながら、念話で情報を聞いていた。
そうだ。殺人鬼の能力と執行官の能力が何か分かるか?
はい。えと、殺人鬼の方は『獣化』といって身体能力、五感が強化され、姿が獣のようになります。
……あ。そこ、右に曲がってください。
あいよ。……それで執行官の方は?
能力を『二倍』といって、さまざまな値を二倍する事が出来るようです。聞いた話によると、スピードやジャンプ力などが当てはまるようです。
……どちらも俺と違って肉弾戦向きの能力のようだな。
彰の能力『風の錬金術』は風を起こし、風を金属化することによって武器を作り出す事によって戦う。剣などを作ればそれを使って近距離で戦えるし、魔力が尽きない限り投擲用の武器を作り続けられるので遠距離からも攻撃できる。いうならばオールラウンド型の能力だ。
それゆえに執行官と殺人鬼が有する近距離に特化した能力者の戦いに乱入するのは分が悪いだろう。
ハミルに言われた通りサポートに徹するのが良いかもしれない、彰は考えていると。
そこを左に曲ってください。そして一つ目の角を右に曲がったところで二人は戦っています。
おっと、分かった。
ハミルの指示に従って左に曲がる。
そしてそのまま右に……曲がらずに角から頭だけを出して盗み見た。
「うわー。派手な戦いだな……」
そこにいるのは同じ人間とは思えないスピードで行き交いながら、攻防を繰り返す二人。
「あれに突っ込むのか……」
少しげんなりする彰だが、これも文化祭を守るためということで自身を奮い立たせてハミルに念話を飛ばす。
ありがとな、ハミル。
………………?
探知の反応からすると彰さんまだ戦いに加わっていませんね。どうするつもりですか?
戦闘の成り行きを見守ってそのうち加勢するつもりだ。
相手に気付かれていないし、絶好の奇襲のチャンスでもあるから慎重に行きたいところだな。
分かりました。それではよろしくお願いします。
任せておけ。
ハミルの念話が切れた。
「さて準備でもするか」
彰は自身の魔力を消費。風を起こした後、そのまま金属化する。形は使い慣れた剣状である。
「これで奇襲するとして……問題はその後だよな」
奇襲だけで済めばいいんだが、防がれた時はどうするか……?
「『二倍』の奥義――」
ダッダッダッ。
「……ん?」
彰が策を練っていると殺人鬼がこっちに向かってきている。どうやら執行官は逃がしてしまったようだ。
「しょうがねえな。行くとするか」
彰は景気付けに威勢良くつぶやいてから飛び出した。
「食・ら・え!」
そして現在。
「重っ! あっ、そっち行ったぞ!」
「分かっています!」
彰と執行官ルークはモーリスに共闘を仕掛けていた。
彰は呼び出した盾で攻撃を防ぐと同時にルークに注意を喚起。だが、言われるまでも無くルークもしっかりモーリスの爪を受け止めていた。
「ガウッ!」
ガキン! ガキン! ガキン!
モーリスは左右の爪をルークに連続で振るう。危なっかしくもそれをルークが受け止めていると、
「……! ガッ!」
モーリスは後ろから飛んできた緑色のナイフを避ける。
「うわー。今こっち向いていなかっただろ」
モーリスの察知力に引いている彰を尻目に、一瞬だが攻撃が止んだことをチャンスと捉えてルークが能力を発動。
「衝撃二倍!」
威力の増した一撃をお見舞いする。
が、モーリスはルークがこぶしを引いた時点で、すでに横にスライドしていた。
空振ったルークは隙ができるが、そこは彰がモーリスに突っ込むことでカバーする。彰は剣で上段から斬りかかった。
「ガッ!」
さすがに連続で回避はできなかったか、振り返ったモーリスは両手の爪を合わせてガード。
「だが!」
受け止められる前から彰は能力を行使。彰とモーリスの間に風が渦巻いてナイフが形成される。
能力でそれをそのまま投射。至近距離から不意打ちとして放たれるナイフ。
「……!」
だが、これもモーリスには至らない。受け止めた姿勢のまま身をよじって回避される。
しかし彰も止まらない。
剣を手放し、受け止めたれていた場所を支点にして回転させる。ガードをすり抜けてモーリスに一閃。
「ガウガ!?」
驚いているのか初めて聞く唸り声だが、やはりモーリスは紙一重で避けていた。
「何!?」
こっちの方が驚くわ!
渾身の三連撃をかわされた彰。呆れて心の内でぼやき、
顔は驚いた表情のまま四撃目を放つ。
(これが本命だ!)
モーリスの背中に迫るナイフ。
先ほど不意打ちとして飛ばしたナイフを、かわされた後領域内で停止させていた。それを反転させてモーリスに襲わせたのである。
彰の驚愕した表情を見てモーリスは少し油断してしまったようだ。無警戒のモーリスとナイフの距離はどんどん詰まっていく。
今度こそは食らってくれよ、という彰の期待。
それは半分果たされることになる。
何かを察知したようにビクッと肩が跳ねたモーリスが手を後ろに回し、ナイフを素手で掴み取ったからだ。
刃の部分を握ったため血が出るが、重傷というほどの物では無い。
「ガッ!」
痛みで声を上げるが、モーリスは冷静なまま二人と距離を取ろうとする。
「マジか!? これでも駄目なのか!?」
ただそう叫ぶしかない彰。
あいつは後ろに目でもついているのか?
能力者が魔力の感知が出来るといっても、それだけでは説明できない反応の速さ。これが能力『獣化』による獣の本能というやつなのだろう。
これはよほどの不意を突かないと倒せないな……。
しかし彰が駄目でも、こちらには共闘者がいる。
「速度二倍!」
距離を取ったモーリスに一息つかせる暇無くそのままルークが突っ込む。
痛みでモーリスは少し反応が鈍くなっているようだ。ルークの攻撃に対応しきれない部分が出てきている。
……モーリスにダメージを与えるとは協力者も良い仕事をしましたが、しかし負傷したモーリスは逆に落ち着いてしまったようです。
モーリスは追われる者であり、本来ならルークや彰と戦わずに逃げるのが普通だ。それだというのに、頭に血が上っているのか今までモーリスは彰とルークの相手をしていた。
しかし痛みでモーリスの頭がクールダウンした今、なりふり構わず逃げる可能性がある。住宅街という開放された場所では圧倒的に逃げる側の方が有利だ。
(そうさせないためにも隙を与えずにラッシュをかけます!)
ルークの息つく暇も無い連撃。
完璧にガードされていたさっきまでと比べて、カス当たりではあるがモーリスに着実にヒットしていく。
「ガルッ!」
モーリスの大振りの引っ掻きをひきつけてからかわし右のストレート。チッ、とかすった音がする。
そのまま左の拳につなげようとするが、そこまでは許してくれないようだ。反撃に爪が突き出され、ルークはサイドステップで避ける。
(行ける! 行けます!)
このまま持久戦に持ち込めば、ちょっとずつ攻撃が当たりだしていることや二人で戦っているを含めてルーク側が有利だ。
これで僕は任務を達成できる!
「ガウッ!」
ルークの拳を手の甲で逸らしたモーリスが飛び上がる。
「無駄なマネを! 跳躍二倍!」
飛んだところで逃げられやしない。反射的にルークは能力を発動して飛び上がり上を向くと。
眩しさに目がくらんだ。
「くっ!」
しまった!
モーリスがちょうど街灯を背に飛んだため起きた事態。偶然ではなく、戦いながら位置を調整していたのだ。
隙を作り出したモーリスはルークに反撃するようなことはせず、街灯の柱で三角飛びをする要領で距離を取った。
「ガウウウウウ」
着地したモーリスは迷う素振りも無しにすぐに逃走を始めた。
この僕が誘われていたというのか、モーリスの策にまんまとはまってしまった己を悔いるルーク。
「この! 待て!」
遅れて着地したが、夜の暗さに慣れていた目に視覚はすぐに戻ってくれない。
目をつぶって先ほどの眩しさを忘れてから、前を向くと。
三本のナイフがルークを追い越してモーリスに迫るのが見えた。
「ここで逃げられてたまるか! 執行官、ぼさっとしてないで追いかけろ! チャンスは俺が作ってやる!」
後ろから聞こえてくる怒鳴り声は、ナイフを投げた主である彰。
「言われなくても諦めるつもりはありません!」
自分の存在理由に関わるこの任務を途中で投げ出すつもりなど毛頭無い。最後まで食らいつくつもりでルークは能力を発動。
「速度二倍!」
ルークは彰のセリフを思い出していた。
(チャンスってどういうことでしょう?)
協力者さんの言うそれが、たったナイフ三本であるなら無理な話ですね。今までどれだけの攻撃を避けられてきたと思っているのでしょうか? それとも何か隠した力が……。
疑問を抱えながらも前を向いて駆けるしかないルーク。
「ガウッ!」
ようやく届いた彰のナイフは案の定モーリスに軽く避けられていた。
(ほら、言うまでも無い――)
「解除!!」
彰はナイフを避けられた瞬間、ナイフとの魔力経路を切った。
現実には存在し得ない物質を作り出す『風の錬金術』は風を起こすときも、金属化するときも、金属化した物体を維持するのにも魔力を使う。(能力の基本は魔力を消費することで普通ではあり得ない事象を起こすというものだからだ)
その魔力経路を切ったという事は、風の錬金術で作った金属から風に戻る。
しかし、今回は金属から暴風に戻った。
風の錬金術、圧縮金属化。
彰は投擲した小型のナイフを作るのに、それより数倍の体積の風を使っていた。普段は金属化を解除したら風に戻ってはいるのだが、必要最小限しか込めないため特に周りに影響は与えない。
しかしこれは金属化を解除すると、その場でナイフに込めた圧倒的突風に戻るのだ。その威力はもはや爆風と呼んで良いだろう。
風野彩香も追い詰めた技がモーリスに迫る。
ボウッ!
「ガウッ!?」
爆発に至近距離で巻き込まれたモーリス。
だがこれすらも獣の本能の超反応力で飛ばされて倒れたりせず、たたらを踏むだけに留まる。
ナイスです!
しかし腕に自信のある執行官にはそれで十分だった。
「もらった!!」
ルークがモーリスに迫る。




