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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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八十四話「執行官と殺人鬼の戦闘」

 首もとを狙い弧を描きながら迫る凶爪。

「くっ!」

 ルークはスウェーバックでそれを何とか避ける。

 爪が空間を凪いだ後、体勢を戻すと同時に夜を照らす街灯の光を反射する金属製の手甲に包まれた右腕を繰り出していた。

衝撃(インパクト)二倍(ダブル)!」

 能力を使い威力を倍増させた一撃。だが、それは素早く戻したモーリスの腕に阻まれる。

 ガキン!

 爪と手甲がぶつかり合って、こんな夜遅くにはた迷惑な甲高い音を鳴り響かせた。


 執行官と殺人鬼が戦闘開始してから十五分ほど経った。

 その様相はお互いに能力で強化された身体をフル活用したハイスピードで移動しながら目まぐるしく攻防が移り変わる肉弾戦である。

 モーリスの得物は能力『獣化(ビースト)』の影響で伸びた爪。その鋭さはそこらの刃物と変わらない。

 対するルークも武器を持たず四肢を振るう。モーリスの爪に対抗するためにその手には自らの動きを阻害しない程度の薄さの黒い手甲がはめられていた。


 攻撃を食らったモーリスは吹っ飛ぶ。

 が、

「ガルッ!」

「……クリーンヒットとは行きませんでしたか」

 ルークの拳は命中したものの、モーリスは攻撃が当たると同時に後ろに飛んで衝撃を逃していたようだった。

 そのままモーリスは腰を落として足のバネに力を蓄えてから一気に解放。

 ダッ!!

 一直線にルークに突進した。

「っ! 跳躍二倍!」

 そのスピードに恐れルークはあわてて能力を使って後方に跳躍。

 ワイヤーで牽引されたように遠ざかっていく獲物に、モーリスの攻撃はかすりもしなかった。


「グルルルル」

 突撃を回避されたモーリスが悔しげなうなり声を上げる。

「ふぅ。危ないところでした」

 空中のルークが安堵する。

 お互いに攻撃しあうが決定打を与えられない。ルークとモーリスの力はほぼ互角で、戦闘開始から十五分ほどこれの繰り返しであった。


 しかし硬直状態というのは案外長く続かないものである。モーリスがすぐに切り替えて取った次の一手は。

「ガウ!」

 くるりと振り返ってルークに背を向け、逃走を企てることだった。殺人鬼モーリスには自分を捕まえにきたルークと積極的に戦う理由がないのであった。


「何!? ……逃がすか!」

 当然モーリスを捕まえに来ているルークはそれを許せるはずがない。

速度(スピード)二倍(ダブル)!」

 着地したルークはすぐさま能力を掛けてモーリスの背中めがけて駆け出す。

 遠ざかるように動いているはずのモーリスの背中が視界の中でどんどん大きくなっていく。つまり、ルークのスピードの方が速いのだ。


「捉えた! 脚力(キック)二倍(ダブル)!」

 モーリスの背中が自らの攻撃範囲内に入ったと判断したルークは強化した足を使って前方に跳ぶ。

 滑空するようなその動きはまるでホバークラフトであり、そのままダイブキックを叩き込むつもりだった。

 そしてモーリスの背中がどんどん、どんどん近づいて――。

「!?」

 ザッ、くるっ。

 後少しで当たるというところで、モーリスは急停止して振り返った。ルークはモーリスのギラリと光る目を見る。

(まずい!!)

 モーリスの腕は後ろに引かれタメを作っており、

「ガルッ!」

硬度(ハード)二倍(ダブル)!!」

 本能のまま叫んだルークに、モーリスのカウンターが刺さった。


 そう。モーリスは最初から逃走する気は無かった。ただその素振りを見せれば、ルークが是が非でも止めにくるだろうと読んで硬直上体の打破のため策に組み込んだのだ。

 その目論見通りルークの不意をつきカウンターは完璧に決まった。


 ……だが、ルークも戦い慣れた能力者である。

 爪に串刺しになるはずだったルークだが、直前にかけた能力により爪は皮膚ではじかれていた。

 だが衝撃を殺したわけではないので、ルークは巻き戻しのように後方の宙に舞った後、無様に地面に転がった。


「ペッ」

 口を切ったのか赤の混じった唾を地面に吐き捨てながらルークは立ち上がる。

 ここまでやるとは思いませんでした、ルークは自分の認識を正した。

 幼いころから周りの期待を背負って育ってきたルーク。

 その期待に完璧に答えてきたからこそ、ルークは若輩の身でありながら能力者ギルドの執行官という地位についているのだ。

 今回の任務もその期待の一つであった。だからこそルークはいつもと同様に完璧にこなさないといけない。

「僕はこんな奴に負けるわけにはいかないんです……!」


 こんなところでつまずいていられない。

「……そろそろ本気を出させてもらいます」

 ルークはさっき倒れ込んだ時に拾った石を握りしめ、

速度(スピード)二倍(ダブル)!」

 叫ぶと同時に石を投げていた。


「ガルッ!?」

 モーリスが驚いたような声を上げる。

 ルークの持つ能力『二倍(ダブル)』。

 効果は指定した値を二倍にするのだが、二倍に出来るのは自分自身だけではない。

 それは自分が触れている物にも作用できる。この場合で言えば、ルークの投げた石は二倍のスピードでモーリスに向かっていた。


 今までずっと接近戦だったため、投擲という遠距離攻撃に虚を突かれるモーリス。

「グァ!!」

 防御も回避も叶わず、眉間にぶち当たってしまう。

 と言っても、ただの石のためそこまで攻撃力はない。せいぜい痛みで少しの隙が出来るくらいだ。



跳躍(ジャンプ)速度(スピード)脚力(キック)全部(オール)二倍(ダブル)!!」



 であるから、その隙を咎めるためにルークは全力を注いで跳んだ。

 能力の重ねがけは魔力を多く消費しますが……この際そんなことを言ってられません!!

 さっきダイブキックを決めようとしたときとは比べ物にならない速さ。足を鏃とした一本の矢となってルークはモーリスに迫る。


(行ける!)

 モーリスは未だに石を食らった衝撃でのけぞっていて、こちらが見えてさえいない。

 完全に無防備な腹めがけてルークは勢いそのまま蹴りかかり、




 空を切った。




「な!?」

 矢に止まるための機構は無い。

 攻撃をかわされたルークは勢いそのまま直進して、進路上にあった壁に当たってようやく停止した。

(あの状態から回避したというのですか!?)

 自身の目で見た事実だというのに、それが消化しきれない。


(……もしかしてあれが能力『獣化(ビースト)』によって付いた野生の本能。あの状況からの回避を成功させるとは、よほどの察知力です)

 キックが届く前、モーリスは確かに仰け反っていた。

 しかしモーリスは本能で危険が迫っていることを感じたのか、ルークを見すらせずに横に移動していた。

 体勢が整っていなかったため、それはわずか50センチほどの移動でしかなかったが、ルークの攻撃をよけるのには十分だった。


 ピンチは最大のチャンス。

 大技を空振りさせられたルークはすぐには動けない。なのでモーリスは、

「ガウ!」

 今度こそ本当に逃走を始めた。

「行かせるものですか……クッ!」

 『二倍(ダブル)』を体に重ね掛けした代償でよろけてしまうルーク。

 その間にも一足先に逃走を始めていたモーリスとの距離は開けてしまう。


「せっかく……せっかくあの二人が作ってくれたチャンスを僕は無駄にしてしまうのか」

 よろめきはすぐに回復したものの、これから追いつくのには彼我の距離は絶望的。

 ルークはつい弱音を吐いて、モーリスの手がかりを調べてくれた『過去視(パストビジジョン)』と『演算予測(カリキュレーション)』の二人の能力者の顔を思い浮かべてしまった。

 つられて思い出すのはこの任務を頼んだ上司の顔、日本に行くと聞いて心配した母の顔、頑張れよと励ます同僚の顔、そして……。


 思い出す顔は全て自分に期待をかけている顔。

 能力者執行官のルークだから、あの人の息子だから、そして今まで期待に応えてきたから……。

 ――だからこそまた期待をしている表情。


「なのに……」

 現在期待された通りにモーリスを捕まえることは叶いそうにない。


 想像してしまうのは、期待を裏切られたときにされる顔。


 期待に応えてきたから僕は僕である。

 期待に応えられないなら僕は……僕なのか?


「……駄目ですね」

 ここでモーリスを逃すわけには行かない。

 アメリカで五回も殺人を起こしたのに尻尾すらつかめなかった相手だ。日本に来て六件目の殺人事件を起こしたモーリスと直接戦っているこの状況はかなりの奇跡なのだ。次もうまく現場を押さえられるとは思えない。


 逃げられたら七件目の殺人を犯されるとか、そんな理由は今となっては大義名分でしかない。

「僕が僕であるために。……そのためなら何だってやってやります」


 長いようで、ここまで決心するのに数瞬しかかからなかった。

 さっきよりも小さくなったが、視界内には変わらずモーリスの背中がある。



「『二倍(ダブル)』の奥義。――」



 自らを振り返った壮大な決意。

 それゆえに自身の体がどうなろうと構いもしない。

 ルークは自損覚悟で能力を発動しようとして。



「食・ら・え!!」

 それら全てをぶちこわす声が響いた。



 曲がり角の出会い頭に、その声の主は逃走中のモーリスを持っていた得物でぶっ叩く。

「ッガウ!?」

 クリーンヒットしたモーリスは地面を転がり逃走を阻止された。



 ………………え?

「何が起きた……のですか?」

 ルークは自身が奥義まで使ってやろうとしていたことを、あっさりと先にやられて調子がつかない。

 困惑しながら見るその視線の先には緑色の剣を携える少年がいる。


「ふぅ」

 そしてその人物、高野彰は安堵の息をはいた。

 当然自身が一人の少年の悲壮な決意からの奥義発動というかっこいいシーンを踏みにじったことなど知る由もない。

 ただ逃走しようとしていたモーリスを止めた事に満足していた。

「ん? そこの金髪の少年が執行官とやらでいいのか」

「……は、はい。そうですが」


 何故この少年、僕の正体を知っているんだ?

 ルークが疑問に思う中、

「ガルルルル…………」

 怒の感情あふれる唸り声を上げながら、倒れていたモーリスはすぐに立ち上がった。彰の攻撃はどうやらそこまで効いていなかったようだ。

 彰は周りを見回して言った。

「殺人鬼はまだ立ち上がれるのか。……そういえば不意を突いたつもりなのにしっかりガードされていたか。

 よし。それなら第二ラウンド開始だな。執行官、一気に畳み掛けるぞ」


 遅れてやって来たというのに、彰はこの場を仕切っていた。

「え……。ええ」

 彰のふてぶてしい態度にルークは生返事を返すばかりだった。



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