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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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七十九話「勧誘」

「は?」

 彰は一瞬聞き間違えたのだと思った。

 そうでなければ自分が生徒会に誘われるだなんて想像もできなかった。

 しかし、

「……気を付けなさい。あなた今驚きすぎて間抜けな顔をさらしているわ」

 毬谷の容赦ない一言により、さっきの発言が現実であるようだと判断する。

 彰は一呼吸おいてから文句を付けた。

「間抜けって何だよ。…………それよりも俺が生徒会だと? 俺の聞き間違いじゃないなら正気を疑うぞ」

「正気よ、正気。斉明高校の生徒会は伝統的に一人は一年生を入れるようになっているの」

「それがよりによって俺だと? 何が理由なんだよ」

 彰の言葉に応えて毬谷は人差し指一本を立てた。

「その一人は一学期の課題試験で一位を取った者、というのが慣例なの」


 斉明高校の課題試験は四月、一年生が入学してからすぐに行われている。(そのため四月下旬に転校してきた恵梨は受けていない)

 斉明高校では成績は公示されず、個人毎に配られることになっている。なので成績は吹聴しない限り本人と先生しか知らないのだが、特例として生徒会は一年生を選定するという名目で一年生の課題試験の順位だけは知っていた。


 課題試験で彰は二位と大差を付けて一位を取っていた。

「まあ、俺は確かに一位を取ったし、さんざん自慢もした……」

 それを思い出した彰は納得する。が、別の疑問も生じる。

「けど、何故今になってなんだ?」

「今って何かしら?」

「何故生徒会への勧誘が課題試験が終わって一ヶ月も経った今なのか、ということだ。課題試験を受けてから一週間ほどで試験の結果は出ていたはずだろ」

「それなら簡単よ。あなた自身も分かっているでしょう」

 毬谷は彰を指さす。


「確かにあなたは成績が一位だったけど、素行が問題だったのよ。……中学時代のことは調べさせてもらっているわ」


 彰の反応は迅速だった。

「どこまで知っている?」

 不良時代の話になると彰は歯止めが利かなくなってしまう。感情が制御しきれず、反射的にドスのきいた声で彰は聞き返す。

「報告書を読んだだけだわ。詳しくは知らないわよ」

 抜き身の刃物のような危険な雰囲気を出した彰に、どこと吹く風で答える毬谷。

「………………」

 相手に落ち着いて対応されると自分も落ち着くもので、突発的だったこともあり彰はすぐに元に戻った。

「………………ふう。……スマン」

「別にいいわよ。誰だって詮索されたくない過去はあるわよ」



 そのとき二人の傍らで見守っていた古月がつぶやいた。

「……毬谷。例えばそれはどこかの誰かが小学生の頃に間違えて先生にお母さんと呼んだ過去とかのこと?」

「それって私のことじゃない!! そんな昔のことは言わないでよ!!」

「ぷっ!」

「そっちも笑うな!!」

 古月のつぶやきに彰が吹き出し、毬谷が怒鳴る。

 今の発言は彰と毬谷の場の流れが悪いと見て和やかにするための物なのだろう。古月は相変わらず無表情ではあるが、人の機微をよく理解しているようだ。


 ニヤニヤと笑う彰を前に、毬谷は咳払いをした。

「コホン。さて話を戻すわよ」

「分かりました、お母さん」

「その話は終わりよ!!」

「毬谷、他の話もするの?」

「しなくていいわよ!!」


 毬谷はもう一回咳払いをした。

「コホン。……えーとどこまで話したかしら。…………あっ、そうそう。あなたの素行まで話したところだったわね」

「そうだったな」

 今度は茶化さない彰。引き際は心得ている。

「そういうことであなたを生徒会に入れるか入れないか私たちは迷ったわ。一年生を生徒会に入れるっていうのがただの伝統で規則があるわけでもなかったから生徒会でも意見が二分されてね。そうこうしている内に文化祭が近づいてきたからそれどころじゃなくなったわけだけれど……」

「それなのに今日になって急に俺の勧誘されているんだが」

「あなたも分かっているでしょう。……決定打は今日の会議での出来事よ」


 毬谷はいきなり立ち上がった。

「まず先にお礼を言わせてもらうわ。……今日の会議で文芸部の企画を通すための説得してくれてありがとう」

 そして深々と礼をする毬谷に彰は目を丸くした。

「礼? 罰じゃなくて?」

「……何で罰を与えないといけないのかしら? あなた本当はマゾだったのかしら」

 意趣返しにさっき自分が冗談混じりに発した言葉で返された。

「違う。……俺が言っているのはさっきの会議で俺が場をかき乱したことに対しての罰じゃないのかってことだ」

「かき乱した? とんでもないわ。あなたは文芸部を救ったじゃない」


 どうやら話がかみ合わない。彰は一つずつ聞いていくことにした。

「まず、文芸部の企画を廃止にしようとしたのは生徒会だ」

「そうね」

「廃止を邪魔したのが俺」

「その通り」

「それで邪魔した俺に、今お礼を言ったのがあんた」

「よく分かっているじゃない」

 毬谷の声には彰をバカにしている成分が入っていた。どうやらさっきからかわれたことを根に持っているらしい。

 彰は虚仮にされたことにむすっとしながらも結論を言った。

「感謝する理由なんてないはずだろう?」


 毬谷は首を振る。

「あるわ。そんなの簡単よ。あなたは私たちに文化祭とは何かを気づかせてくれたから」


 横では古月が毬谷の言葉にうんうんと小さくうなずいている。

「私たち生徒会は文化祭をきちんと運営しようとしていた。けれどその結果規則を重視しすぎて、『文化祭とはみんなで楽しむもの』というのを軽視していたかもしれない。そう、文化祭とは本来そうあるべきなのよ」

「………………」

「でもあなたが勇敢にも立ち上がって質問し、その後みんなに訴えかけて…………。私も規則だ、前例だ言ってないで文芸部のために誰かに場所を折半してもらうようにお願いしたりいくらでもできることがあったはずなのにね。

 とにかく誰かの為に動けるってことはすごいことだと思うわ。だから私はあなたを生徒会に勧誘することに踏み切ったの。過去がどうであろうと大事なのは今だから。


 ということで、あなた生徒会に入ってみない?」


 再度聞き直す毬谷。

「………………」

 彰は毬谷の言葉を聞いて、自分の気持ちが固まっていくように感じていた。

 その思いの通りに、彰はすぐに答えた。



「すいませんが辞退させてもらいます」



「これで晴れてあなたも生徒会の一員……って何でよ!!」

「おっ! ノリツッコミ上手いな」

「ちゃ、茶化さないで!! どういうことよ!!」

 どうやら毬谷は彰が申し出を受けると信じ込んでいたらしい。


 彰はまじめに答えた。

「俺の言葉を本気で受け取ったら駄目ですよ。会議での発言が詭弁の固まりだっていうのはあなたも分かっているでしょう。

 生徒会はどうやら過大評価しているようですが、やっぱり俺のやったことは会議をかき乱しただけです。生徒会の正論に対して、俺は屁理屈で聞こえのいい言葉を集めて数の暴力で通しただけ。規則を破ることを推奨する人間が生徒会に入るわけにはいかないでしょう」

「で、でも、それなら何であなたはあの場で文芸部を助けたのよ!!」

「……理由は特にありません。が、強いて言うなら文芸部の企画が廃止になるのに反対なのに動かない人たちにいらついていたからとか、生徒会相手に反抗するというのも楽しそうだったからですね。

 まあ俺なんてやりたいことしかできない。そんな人間です。生徒会には向いてませんよ」


 彰は窓の方を見ると、五月といえど外は少し暗くなっていた。少々話し込みすぎたようだ。

「ということでこれ以上の用件がないのであれば俺は帰らせてもらいますが」

「……はあ。……いいわよ」

 毬谷は何か言いたそうだったが了承をもらったので彰は振り返って生徒会室を出て行く。

 しかし、その前に一つだけ付け足した。

「そうそう。さっき大事なのは昔では無くて今だ、って言ってくれましたよね」

「ええ」

「ありがとうございます」

 ちょうど過去を悔いて行動を改めようとしている彰には、今の自分を認めてもらえて大変喜ばしい言葉であった。

「それでは」

 彰は廊下に出た後、生徒会室のドアをあまり音が立たないように閉めた。




 彰はまだ自分の荷物を置いている一年二組の教室を目指す。

「あーだりぃ。敬語使うのってけっこう神経を疲労させるよな。食事当番だし、さっさと帰らないと」

 身もふたも無くつぶやきながら歩いていった。




 一方、彰の出て行った生徒会室。

「ねえ、香苗」

「……何?」

 残された毬谷は古月香苗に話しかけていた。

「彰くんって、あのセリフ本気で言っていたと思う?」

「……そう思う、けど。……何故?」

「だって方法はどうであろうと、自分に得が無いのに人を助けるのには大きなエネルギーが要るわ。それをやりたかったから、って理由で行う人間はやはりすごいと思わない?」

「……思う」

「生徒会が過大評価しているって言っていたけれど、私から言えば彰くんは自分を過小評価しすぎだわ」

「……うん」


 毬谷は首をひねった。

「それにしても何で彰くんは過小評価するのかしら?」

 それは独り言に近かったのだが、律儀に古月は答えた。

「たぶん過去」

「過去? それって不良だったってこと?」

「そう。過去の自分が駄目だったから、今回のように良いことをしたと言われても分不相応だと思うのかも」

「それは分かるけど。……そこまで思ってしまうような過去の出来事ってどんなことかしら」

「………………本当か分からない噂だけど」

 そう前置きして古月は言った。



「その出来事は、彼の『幼なじみ』も関わっているらしい」



「………………」

 それはつまりどういうことなのか。どこから聞いた話なのか。

 毬谷は女子としての本能で噂話に花を咲かせようと、口からその言葉が出そうだったが。

「やめましょう。誰にも詮索されたくない過去はあるわ」

「……聞いたのは毬谷」

「分かっているわよ」

 憮然とした古月に、毬谷も悪かったと謝った。



「それでは生徒会に入る一年生はどうしましょうか。……やっぱり彰くんが適任だと思うけど」

「……毬谷」

 諌めるように古月がつぶやく。

「分かっているわ。生徒会に強制で入れさせる事はできない。一応ボランティアだものね。

 だから拒否の意志を示している彰くんは生徒会に入れられない」

「そう」

「……それなら課題試験で二位を取った子に話を持ちかけましょうか。香苗、どこにリストは置いてあったっけ」

「……右の二番目の引き出し」

「ああそうだったわね」

 文化祭前の今、やらないといけない事はたくさんある。毬谷は生徒会室でその後もさまざまな雑事をこなしていった。

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