七話「来訪者」
チャイムが鳴ったのを聞いて、彰は反射的に立とうとした。
だが、それを制するように、ガチャ! と玄関の鍵が開く音がした。
一応、鍵を持っているというのに形だけ鳴らしたチャイム。そんなことをするやつも、こんな夜に訪れるやつも、あいつしか思い浮かばない。
そう思い彰はまた座りなおした。
当然、それを見た恵梨は疑問を持つ。
「出なくていいんですか?」
「? ……ああ。鍵が開いたのを聞いただろ。勝手に入ってくるから」
恵梨が、誰が? と聞こうとしたとき、廊下につながるドアが開いた。
「ようっ、彰。ちゃんと飯食っ、ている、か……?」
彰の幼なじみの由菜が入ってきた。元気な声をあげて入ってきたが、恵梨を見ると声が尻すぼみに消えた。
「……誰だこの女?」
立ち直った由菜は彰を問い詰める。彰は落ち着いて答える。
「えーっと」
「同じ学校じゃないな」
「今日の夕方」
「近所でも見たことがないな」
「俺が助けた」
「まず一度も見たことがない女だ」
「恵梨だ。……話聞いてないよな、由菜」
それもスルーして由菜がまくしたてる。
「って、この家に二人きりじゃない! 何するつもりだったの!?」
「なぁ、由菜。話を……」
「私が会ったことがない。つまり、こいつと彰も初対面。なのに親密。そして二人きりの家の中……分かった! 出会い系サイトで知り合ったんだな! ふ、不潔だ!」
「………………」
発想が飛躍しすぎだ。
時々こういう風に暴走する由菜だが、こうなったら手のつけようがないので、彰は放っておくことに決めた。
そこで恵梨が由菜に対応する。
「すいません」
「誰なんだおまえは!」
二人の中空に火花が散って、女同士の壮絶な舌戦の始まり……のように見えた。
が、
「あの、彰さんの彼女ですか?」
「…………か、彼女!?」
邪気無く言われた由菜は、開幕そうそう先制パンチを食らった格好となった。
そもそも、由菜は恵梨に敵意を持っているようだが、恵梨は由菜のことを知らないので敵意があるわけも無く、舌戦になりようが無い。……と思われるのだが、何故か恵梨の言葉は的確に由菜をとらえた。
「すいません。こんな時間に家に二人きりだと、誤解されても仕方ないですが、事情があるんです」
「……そ、そうだぞ! 男は狼なんだ! 家に二人きりなんて、どんな事情があっても関係なしに襲われるぞ!」
しかし、由菜も反撃のジャブを放つ。
人が黙っているからって調子に乗りすぎだ、と彰が口をはさもうとする。
が、その寸前で少し考えていた恵梨が言った。
「……そうですね。ではあなたは襲われに来たのですか?」
由菜に、上手いカウンターが入った。
「は、はい!?」
「私がいなければ、彰さんと二人きりだったみたいですし」
「っ!」
「こんな夜遅くですし」
「!?」
「男は狼なんですよね?」
「!!! そ、それは誤解だ! いや、誤解じゃない。けど誤解なんだ! しかし……」
しどろもどろになる由菜。はっきり要ってKOである。
由菜が落ち着いてきたようなので、彰はレフェリーのごとく双方の間に入って、誤解を改めるべく、まず由菜のほうを向いた。
「落ち着け由菜。さっきも言ったが、こいつは水谷恵梨だ。事情があってここに居る」
そして恵梨の方を向く。
「恵梨。こいつは八畑由奈だ。俺の幼なじみで、彼女ではない」
「そ、そうなの?」
「そうですよ。そっちこそ幼なじみなんですね」
理解しあった由菜と恵梨。
「そういうことだ。どちらも仲良くしてくれ」
「それにしても幼なじみですか」
「な、何よ」
由菜を見て恵梨がニヤニヤしている。
「いえ……それ以上を望んでいるんじゃないですか」
「そ、それは」
「私を見て嫉妬していましたしね」
由菜がうなだれる。
「……私ってそんなに分かりやすいかな?」
「そうみたいですね」
その後、彰は夕食の食器の後片付けをして、恵梨と由菜は会話していた。
皿を洗うために水を出している音で、彰には二人の会話が聞こえない。
「こんなことを何回もしているんですか?」
「こんなことって?」
「だから、夜にこの家に訪れることですよ」
「そりゃほぼ毎日だけど」
「なのに、襲われないと」
「お、襲うって! いや、その……。私はいつも緊張しているのに、彰が鈍感だから」
「なら、こっちから襲ったらどうですか」
「お、襲う!? そんな恥ずかしいことを」
「でもあんな鈍感じゃ、いつまでたっても気づかないと思いますよ」
「……でもそんないきなり襲うとかじゃなくて……その、まずは告白とか」
「じゃあ、告白してください」
「はめられた!?」
「二人とも、もうかなり仲がいいようだな」
「!?」
彰が皿を洗い終えて帰ってきた。由菜が血相を変えて彰に詰め寄る。
「今までの話、聞いてないわよね!?」
「ああ、聞こえなかったが。……で、何の話をしてたんだ」
「何でもないわよ!」
「がんばってくださいね、由菜さん」
「?」
意味が分からなかったが、彰は話を変えた。
「そういうことで恵梨が今日うちに泊まるからな、由菜」
「えっ! ……あっ、いや、事情があるのは分かるけど、どんな……。いや、言わなくていいわ」
恵梨と彰の表情で訳ありの雰囲気を感じて、詮索をやめる由菜。
「……ありがとうございます」
恵梨は由菜にお礼を言う。
「……それなら、ここを自分家だと思って、ゆっくりしていきなさい」
「ここは俺の家なんだが」
「私の家でもあるようなものなの」
「何だそれ」
彰は苦笑した。
「何笑っているのよ」
「ごめん、ごめん」
「お二人とも仲がいいんですね」
「そう、恵梨。彰と二人きりなんでしょ。襲われそうになったら悲鳴を上げなさい。私は隣の家に居るから。聞こえたらすぐ私が助けに行くから」
「? ……組織の追っ手に襲われたからって、お前が力になれるとは思えないが。……そもそも何でお前が知っている?」
「彰さん、襲われる相手が違います……」
その後も、リビングは笑い声にあふれていた。




