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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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七十八話「会議後」

「……これで会議を終了させてもらいます」

 毬谷が締めのセリフを口にして、今日の文化祭準備会議は終了した。


「ようやく終わったかー」

 彰はいすから立ち上がり伸びをする。ずっと座っていたせいで体が固まっているからだったが、同じように伸びをしている生徒もちらほらと見られる。

 生徒会長の毬谷は真っ先に会議室を出て行っていた。足早に会議室を出ていく生徒は多いが、たぶんこれから部活なのだろう。

 帰宅部の彰はのんびりとしていたが、そこに声をかける者がいた。


「あのー」

「ん?」

 彰が振り向くとそこには女子生徒がいた。小動物の印象を与える自信なさげで小柄な少女である。

 ……誰だっけ?

 彰は脳内の知り合いリストを検索するが、目の前の少女と一致する者は見あたらなかった。

「えーと、誰ですか?」

 正直に聞き返す彰。

「……え? ……その、私は文芸部の部長ですけど」

「あー……」

 そういえばそうだった。

 確かに話したことは無かったが、少女は彰が助けた文芸部の部長である。

「……えーと、私が言うべきことか分かりませんが、その、彰さんは私が知らない人だったのに助けてくれたんですか?」

 部長は不思議そうに聞いてくる。

「まあな」

「そ、即答ですか」

「嘘言ってもしょうがないと思うが」

「……そうですけど」


「ところで何しにきたんですか?」

 彰と文芸部の部長は知り合いではない。だからなぜ声をかけたのかが彰には疑問だったが。

「……その、流れからしてお礼を言いにきたという風には想像できないんですか?」

 部長は当然といった口調で言う。

「あー、うん。お礼ね」

 彰はその可能性について微塵も考えていなかった。

 というのも。

「お礼なら場所を半分くれた絵画同好会と結局許してくれた生徒会長にしといてくれ。俺はただ質問しただけだから」

 謙遜でもなく彰は本気でそう思っていたからだったのだが、それを聞いた部長が彰に詰め寄ってきた。

「何言っているんですか。これもそれも彰さんのおかげです!」

 おどおどとしていたさっきまでとは一変して、いきおいそのままに語り出す。

「私、企画が不成立だって聞いたとき本当に困ってたんです。去年先輩たちと一緒に部誌を売って楽しんだ記憶もあって今年の文化祭も楽しみにしていたので。……当然反論しようとしましたが、何を言えばいいのか分からず人前で話すことが苦手な私はパニクるばかりで。

 そんなときです。彰さんが手を挙げたのは。何も言えなかった私と代わってくれたかのように彰さんは生徒会長に質問して。その上企画の不成立に異議を唱えて、会議室のみなさんに訴えかけて。結局生徒会の決定を覆してくれました。

 私は本当に、本当に感謝しています! ありがとうございました!」

 彰の手を握りしめてお礼を言う文芸部の部長。



 ……話すの苦手じゃなかったのか?

 彰はのんきにそんな感想を浮かべる。そしてこのような賞賛を受けるほど自分は何かしたわけではないと思ってしまう。

「………………」

 けど、ここでまた謙遜しても部長は引かないだろうな。はあ。それなら減るものでもないし礼を受けるとするか。

「どういたいまして」

「はい。……って、あっ!」

 笑顔で返した部長は、そこで勢いが切れたのか急に落ち着いたようだ。そこで自分がまだ彰の手を握りしめていることに気づく。

「す、す、すいません!!」

 あわててパッと手を離す。

「私なんかに手を握られて嫌に思いましたよね。すいません、気づきませんでした!」

 彰になぜか謝ってくる少女。

「そんなことないぞ」

 いつぞや幼なじみの由菜に手を握られたときは赤面していたが、今回は全く動じていない彰。

「私に気を使わせないためにそんなことを……。いいんです。本当のことを言ってください」

 ……自分を卑下しすぎだろ。

 部長は彰の他意ない発言すら曲解しそう言う始末。どうやらとても自己評価が低いみたいだ。

 このままでは何を言っても部長は止まらないだろうと、途方に暮れる彰。


「ちょっと」


 そこに第三者が割り込んできた。眼鏡をかけた無表情な少女で彰の知り合いリストには無い顔だ。

「私なんてだめだめですから。それに…………。だって…………。きっと…………」

「……その、代わりに話を聞いておきましょうか」

 暴走している部長に代わって彰が対応する。が、その少女はゆっくりと首を振った。

「いえ。そこの文芸部の部長ではなくあなたへの用事」

「……また俺ですか?」

 どうやら今日は知らない人から話しかけられやすい日だったようだ。


「私は生徒会副会長の古月香苗(ふるつきかなえ)

「生徒会……」

 そういえば毬谷の隣でサポートしている生徒が文化祭準備会議中にいたが、こんな顔だったような気がする。

 しかし彰には話しかけられる当てが無い。

「用件は何だ?」

「あなたを会長が呼んでいる」

「会長が?」

 さっき敵に回したばかりだというのに?

「そう」

 古月は小さく首を縦に振って肯定した。

 嫌な予感しかしないな、彰はこめかみに手を当てる。さっきまで争っていた毬谷が俺を呼んでする話なんて、文化祭準備会議をかき乱したことに対しての注意とか嫌な話しか思い当たらないのだが。

 ……………………よし、逃げるか。


「すいませんが俺はこれから用事があるので」

 彰はすらすらと嘘を述べる。

「それではさようなら。……っと」

「それは嘘」

 足早に去ろうとしたところを古月に制服の裾を掴まれた。

「私はあなたをさっきから見ていた。が、そこの文芸部の部長とずっと話をしていた。……だからそんな早急な用事はないはず。

 だから私はあなたの今の言動を嘘と判断する」

 感情を込めずに淡々と論理を展開する。


「……先に観察していたなら言ってくれよ」

 彰は悪びれ無いどころか相手を非難する。

「重要な用事なの。来て」

 古月は掴んだままだった制服をグイグイ引っ張る。

「分かった、分かった。ちょっと待てって」

 見かけによらず力の強かった古月にいきなり引かれてバランスを崩しかける彰。

「そんな引っ張らなくてもついていくから」

「……そう」

 古月は手を離す。


 彰は古月についていく前に、すっかり忘れていた文芸部の部長の方を振り向いた。

「ということで部長さん。俺はこれで行きますけどいいですか?」

「それはいいですけど。……もしかして彰さん、私の名前知らないんですか? 会議中の紹介の時に一度は言ったはずですが」

 文芸部の部長は『部長さん』と呼ばれたことが気になったようだった。

「まあちゃんと自己紹介はしていませんし、今日初めて話しましたから知らなくても当然かもしれませんが」

「そんなこと無いですよーー」

 そう。記憶力のいい彰は覚えていた。


「田中さん」


「私は田中じゃありません!!」

「あれ?」

 ……わけではなかった。ただ勘で呼んでみたのだが外れだったようだ。

「田中さんは絵画同好会の部長の方です!!」

「あーそうだった。……すいません、中西さん」

「それはバスケ部の部長です!!」

 文芸部の部長の渾身の叫び。


 見ると風船がしぼむように一気に部長のテンションが落ちていった。

「やっぱり彰さん、私なんかの名前覚えていないんですね」

 どうやら部長が先ほど見せた落ち込みモードに入る兆候を見せる。

「……これ以上やるとやばいか」

 彰は部長の反応おもしろかったからからかっていただけだったのだ。

 しかしこれ以上やって落ち込まれるとまた話が長くなる。だから彰はふざけるのを止めにした。



「すいません、峰岸さん」



「違・い・ま・す!! 誰ですかそれ!!」

 ……止めにしたかったが彰は本当の名前を覚えていなかった。



「もう! 彰さん私をからかっているんですね!」

「ごめんなさい」

「私の名前は中谷花(なかたにはな)です!! 覚えておいてくださいね!!」

 怒った文芸部の部長こと中谷花は、そのまま会議室を出ていこうとするので彰は追いかける。

「待ってくれ――(ガシッ!)」

「逃げるのは駄目」

「……チッ! ばれたか」

 ――フリをして逃げようとしたところを古月に制服の裾を掴まれて阻止された。

「ほら、ついてきて」

「……はいはい」

 逃走を阻止された彰はしぶしぶついていった。




「毬谷、連れてきた」

 古月についていくと案内されたのは生徒会室であった。

 生徒会室には応接用のソファやテーブルが部屋の中央に、壁際には本棚が、そして奥には教室用の机よりも一回りは大きい執務机があった。

 そこに座っていたのはこの部屋の主、生徒会長の毬谷千鶴。

「ごくろうさま、香苗」

「それで話って何だ?」

 面倒くさいことはせずに彰は立ったまま毬谷に直球の質問をぶつけるが、毬谷は何やら書類に書き込みながら言葉を返す。

「いきなりね」

「あいにく嫌なことが長引いて欲しいというマゾではないのでね」

「そんなカリカリしないで欲しいわ。……よし、これで終わり」

 書類を脇にどけて毬谷は顔を上げる。


 彰の顔を見ながら毬谷は言った。

「そういえば嫌なことって言ったわね。どうやら彰くんは会議のことで何やら叱責を受けると思っているのかしら?」

「……そう俺に聞くってことは違うのか?」

「ええ、違うわよ。その逆。良い話だと思うわ」


 そして毬谷は告げる。



「あなた生徒会に入ってみない?」

続きます。

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