七十五話「登校」
第四章「文化祭、殺人者と追跡者」開始!!
「おはようございます、高野彰さん」
どこか慇懃無礼さを感じさせるその声はGW明けの一年二組の教室に響いた。
「どうした、斉藤?」
普段はまじめな高校生、高野彰はあいさつを返す。
しかし能力者会談があったGW明けということで、さすがに学校に来るのがだるく感じているのは否めない。
いつもは元気な輩が多い一年二組も彰同様にだるさを感じており、朝のHRが始まるまでの貴重な時間を机に突っ伏している生徒がかなり見られた。そうでない生徒はGWの宿題がまだ終わっていないのか絶賛悪あがき中である。
というのに、目の前の挨拶をしてきた男子生徒の斉藤は登校してきた彰が教室の扉を開けた瞬間近寄ってきて、とても元気そうだった。
さらにこちらに気づいた二人の男子生徒も彰の方に歩いてきた。
「よう、彰。元気だったか?」
「……久しぶりだな」
「ああ、久しぶり。戸田山、平井」
その二人も休日明けだというのに、エネルギーが有り余っているように見える。
……いや。元気というか、何かに燃えているのか?
三人の態度から考えを修正する彰。
「さて、彰くんには聞きたいことがあるんです」
三人は横一列に並んで彰の前に立ちはだかる。
斉藤、戸田山、平井はよくつるんでいる三人組だ。眼鏡の斉藤、熱血の戸田山、いつも眠そうな平井、と個性はばらばらだが何故かよくまとまっている。
その中でもリーダーだと自認している斉藤が代表して彰に聞いてくる。
「今じゃないといけないのか?」
まだ自分の机にも寄っていない彰は、自分のカバンを持ったままである。
「はい」
斉藤はやんわりとした口調で言う。
「そんなに緊急なのか?」
「そうですね。……僕たちとしては許しがたい行いですので」
「…………?」
斉藤の突然飛んだ言動に、頭をひねらせながら彰は何かを思い出そうとしていた。
そういえばこの三人とは、以前何かあったよな……?
彰の疑問は、次の斉藤の質問により答えを示されることになる。
「GW中、水谷さんと二人きりで旅行していたというのは本当なんですか?」
「そうか! おまえらはボーリング球をぶつけようとしていた三人だったな!!」
斉藤が眼鏡を光らせながら発した質問に答えないで彰は叫んだ。
彰はGW一日目にクラスのみんなでボーリングに行った。
そのとき、途中で突然キレ始めて彰を囲んで「つまり、事故でボウリングの球が誰かに当たってもしょうがないよね♪ って事だ!」と言ったのが斉藤。そのとき一緒に囲んでいた二人が戸田山と平井であったのを思い出す。
一年二組の男子が「リア充、死すべし」をスローガンに活動しているのは彰も知っているが、この三人は特にその傾向が強い。
そんな三人に現在家に一緒に住んでいる少女、水谷恵梨と二人で能力者会談に行ったというのがばれたということは、面倒な話に…………。…………。…………。
「どうしておまえらがそれを知っているんだ?」
素に近い声で彰が三人に聞いた。
能力者会談に行くことは特に公言したわけではないし、話が決まったのはGWに入ってからだったから学校のどこかで盗み聞きされたというわけでもないだろう。
だから知る術がないはずなのだが……。
三人の内の一人、戸田山が教室内にいた一人の女子生徒を指差した。
「それなら西条が教えてくれたぜ」
「おい! おまえは何で知っているんだ!!」
机に座っている中学時代から知り合いである少女、西条美佳に詰め寄る彰。知る術がないというのはこの少女も同じである。
「ふふん。私の情報ソースを舐めちゃいけないね」
得意顔で誇る美佳。情報通の彼女は中学校時代、学校のことで知らないことはないと言われていたが、高校に入って一ヶ月ほどしか経っていない今もそれは通用するのかもしれなくて怖い。
「おまえ毎回思うが、法は犯してないよな?」
「さあね。……それはさておき、私より後ろを気にした方がいいと思うわ」
彰の背中の方を指差す美佳。彰は言われるままに振り返る。
そこには三人がパッと見にはさっきと変わらずたたずんでいた。……パッと見には。
「……そうですか。実は半信半疑だったのですが、彰さんのその反応ということは美佳さんの話は本当だったということですね」
眼鏡のブリッジを人差し指でクイッと上げる斉藤。
「確かに、本当の話だからこそ西条に詰め寄ったってことだよな」
いつもは馬鹿なくせにここぞと言う時だけ頭を働かせる戸田山。
「……話をよく聞かせて欲しい」
ぼそっとつぶやくのは平井。
三人とも言動は落ち着いているように見えるが、内に秘めたるマグマのような嫉妬心を隠しきれていない。
「…………やばい」
彰は冷や汗が出てくるのを感じた。
風の錬金術を扱う能力者である彰は、これまでに科学技術研究会の戦闘人形や、炎の錬金術者の火野、つい三日前には風の錬金術者の彩香と戦ってきた。
いずれも強敵だったというのに、それ以上のプレッシャーをかけてくるクラスメイトたちは何者なのだろうか?
彰は高速で言い訳の言葉を二、三個シミュレートしてみたが、全てに光が見えない。
「さて詳しい話を教えてもらいましょうか」「教えるんだ」「…………教えて欲しい」
三人が同時に彰にズイッと近づく。
「くそっ」
その包囲から逃げ出す体勢をとる彰。
しかし彰にとって幸運なことに、この場で戦闘は起こらないようだった。
キンコーン、カンコーン。
「朝のSHRを始めるぞー」
ちょうどチャイムが鳴って教室の扉が開き、担任の畑谷が入ってきたからだ。
「ほら、おまえら自分の席に着け」
斉藤達三人組プラス彰に向かって言う畑谷。
「………………命拾いしましたね」
斉藤が悪役のような捨て台詞をはいて、三人とも自分の席に戻っていった。
「ふう」
どうせ後でまた追いまわされるだろうが、今は助かったことに安堵して自分の席に戻る。
自分のカバンを置いてから、一年二組の委員長である彰は号令をかけるのであった。
「起立! 礼!」
「「「「おはようございます」」」」
「着席!」
担任の畑谷はクラスに欠席者がいないことを確認してから話を始めた。
「さて、GWが明けて今日からまた学校が始まる。確かにそれは疲れるような出来事だ。
……事実、俺だって今日から学校でだるい気持ちだ」
先生のカミングアウトにより、教室内から失笑が漏れ出す。
こういうことをぶっちゃける畑谷は、生徒からしてみると親しみを持ててかなり人気のある先生だ。
「だが、それだけではない。皆も知っている通り六月の頭には文化祭が催されることになっている。GWが明けた今日からその準備が本格化するだろう。……みんな。疲れてる暇は無いぞ!」
少々熱いところのある若い男性教師の畑谷が声を上げると、教室からは男子生徒たちの「はいっ!」「そうだ!」との声が上がる。
「一年二組は委員長である高野の指示をよく聞いてまとまるように! 明日のLHRでは早速文化祭の話し合いを行うからな!
他には特に連絡も無いか。……それでは委員長」
彰の方を見てくる畑谷。
「起立! 礼!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「一時間目は……国語だったな」
「そういえば、高野」
朝のSHRが終わり教室にざわめきがあふれだし始める中、一時間目の準備を始める彰のところに担任の畑谷がやってきた。
「何ですか、先生?」
「今日の放課後、文化祭の準備会議があるんだが聞いているか?」
「それなら分かっています」
「そうか。……ならよろしく頼むぞ」
どうやらその伝言だけの用事だったのだろう。彰に確認を取った畑谷は教室から出て行った。
「彰は今日も会議があるの?」
「ああ。文化祭の準備も本格化するし、決めておかないといけないことがたくさんある」
その会話を聞いていた隣の席の八畑由菜が彰に話しかけてきた。
「何を決めるの?」
「文化祭の準備をする場所の割り振り、クラスごとの出し物が被らないように調整したり、部活動が体育館や運動場を使用する時間を決めたり…………とキリがないようだぜ」
「へえー。大変だね」
ちなみに八畑由菜は彰の家の隣に住んでいる幼なじみでありいつもは一緒に登校するのだが、今日は彰が用事があったために一人で登校している。
そのかわり由菜は恵梨と一緒に登校したんだっけ……。
「…………あの、彰さん」
「うわっ!?」
「……? そんなに驚いてどうしたんですか?」
ちょうど思い出しているところに彰の家で同居している少女、水谷恵梨が後ろから声をかけてきたので彰がイスの上で飛び跳ねた。
「いや何でもない。……それでどうした、恵梨?」
「そのちょっとしたお願いなのですが、ここの文化祭について色々と教えてもらえたらと思いまして」
「そういえば恵梨は最近この町に引っ越してきたんだもんね」
由菜も会話に入ってくる。
「はい。先生の話からすると今日から準備が本格化するんですよね。ですからその前に聞いておきたくて」
「一時間目が始まるまであと少しだが……まあ十分に話せるか」
彰はカバンから取り出した国語の教材を机の上に置いてから恵梨に向き直った。
「まず文化祭っていうのは秋に行われるところが多いが、斉明高校の文化祭は十月に体育祭その他に行事が多い二学期を避けて六月に開催される。
今年の日程は六月の第一週目の土曜日と日曜日の二日間に渡って開催される」
「へえ。二日間開催されるんですか」
「そうだ。一日目は生徒だけで、二日目は一般公開になる。そのため盛り上がり的には二日目の方が大きく、文化祭の本番は二日目だと言われている。
クラスごとに出し物を用意するが部活動ごとにも出し物を用意するらしい」
「私の入っているテニス部も用意するよ」
由菜が説明を付け足す。
「他には音楽系の部活がライブを行ったり、二年生はクラスごとに劇をしたりとイベントには事欠かないぞ。出し物を紹介するパレードも二日目の最初に行われるし、その夜は後夜祭が行われる」
「なんか……私が中学生だったときの文化祭に比べると派手ですね」
中学のころは田舎に住んでいた恵梨にとって、文化祭とは小ぢんまりとしたものだった。
「だから二日目の一般公開のときもたくさんの人が来るぞ」
「本当に楽しそうですね」
恵梨が期待を隠し切れないように笑ってみせる。
彰はその表情を見て満足する。
少女恵梨は水の錬金術者であり、つまり彰同様に能力者である。科学技術研究会なる組織から追われていたところを彰に助けられている。
恵梨は確かに能力者だが、それと同時に普通の少女である、というのが彰の考えの根底でありだからこそ理不尽に追われている恵梨を助けたのだ。
その恵梨が普通の学生のように文化祭を待ち望んでいる。彰にとってこれほど嬉しいことは無かった。
「それにしても彰はよく文化祭のことについて知っているね」
「一応文化祭のクラス委員だからな。そこら辺のことは知っていないとやってられない」
由菜からの賞賛に彰が素っ気無く返して。
そのときちょうど一時間目のチャイムが鳴った。
「あっ! もうそんな時間ですか!」
恵梨があわてたように自分の席に戻っていく。
彰も気を引き締めた。
恵梨に会って以来能力者絡みで色々あったが、今後あのような騒動に巻き込まれることも無いだろう。
科学技術研究会、能力研究部門は異能力者隠蔽機関のラティスの異能、記憶によって記憶を封じられているから俺たちのことを思い出すことができない。
日本にいる能力者も、この前襲ってきた火野みたいな馬鹿は他にはいないだろうから突っかかってくることも無い。
つまり騒動の火種となる物が無いのだ。
となれば、やはり学生として勉学に励むのが一番だろう。俺は能力者である前に学生なのだから。
チャイムに遅れること数秒、教室前方の扉が開いて教師が入ってくる。
委員長の彰は号令をかけるのだった。
「起立!」
……しかし彰は思い違いをしていた。なまじ頭が良いために、自分の知っていることが世界の全てだと思っていたからだ。
当然のことながら世界には彰が知らないことの方が多いというのに。
Inアメリカ。
金髪碧眼で年は十代後半と見られる男が、自室で荷物をまとめていた。同室している飄々といた雰囲気の男、異能力者隠蔽機関のラティスは話しかけた。
「それでモーリスの拠点場所が分かったんだって~?」
「はい」
「捕まえたのかい?」
「……いえ。僕たちが踏み込んだ時にはもぬけの殻でした」
苦虫を噛み潰したような表情になる金髪の男。
「ふ~ん。で、どこに向かったんだい?」
「『過去視』の能力者にその拠点を調べさせたところ、モーリスは偽名で日本行きの飛行機のチケットを手配していたようで」
「……察するところ、君もこれから日本に向かうのかい?」
「はい。日系人が家系にいるので僕は一応日本語を話せるんです」
「二言語話者なのか」
ふむふむとうなずくラティスに、金髪の男はふと疑問に思った。
「そういえばラティスさんはどうして英語を話せるんですか? どこの国の生まれなんですか?」
経歴どころか存在自体にも謎なラティス。
なぜ記憶という強力な異能を持ちながら世界の秩序を守っているのかも不明であったりする。
「ああ、僕? 僕は英語を話すことはできないよ」
そのラティスは全く予想していない答えを返した。
「え? ……何を言っているのですか? 今こうやって意思疎通ができているじゃないですか」
「それはほら」
ラティスが部屋の隅に座っているハミルを指差した。
「ハミルがいろいろと能力を持っているのは知っているだろう。その中の一つ、能力『言葉』。その場にいる人たちの会話を自動で翻訳してくれるありがたい能力さ」
「………………初めて聞きました」
「よく見れば分かると思うんだけどね。だって口の動きと話している言葉が全く合っていないだろう?」
「……確かに」
「それにこんな能力でもないと、異能力者隠蔽機関として世界中で働くことができないからね」
「そうですね」
その言葉に納得した金髪の男は気づいていなかった。ラティスが「どこの国で生まれたのか?」という質問に答えていないことに。
「さて、僕たちは忙しいからこれで行くよ。すまないけど、殺人者の確保がんばってね~」
「はい。不肖ながらこのルークがんばらせてもらいます」
ラティスは傍らの女性、『空間跳躍』の能力者リエラに合図をして一瞬でその場から消えた。
荷物をまとめたルークも自室から出て行くのであった。




