七十四話「GW最終日 At彰家&Inアメリカ」
GW最終日。
能力者会談から帰ってきて次の日のこと。
昼。
久しぶりに自宅へと帰った彰と恵梨は、そのリビングにいた。
「手伝ってください、お願いします」
「嫌だ」
「そこを何とか」
「駄目なものは駄目だ」
彰が恵梨の要求をつっぱねる。
恵梨は何を手伝って欲しいのか? それは手に持っている問題集を見れば明らかである。
「彰さん、宿題を手伝ってください!」
学生の本分、勉強。
恵梨はGW前半もがんばっていたのだが、GWなので大量に出された宿題は難敵だったようだ。まだ終わらせていない恵梨はそう彰に要求する。
「駄目だ。宿題は自分でするものだろ」
真面目な彰は拒否し、議論は平行線を辿るのであった。
その後議論は紛糾したのだが彰は手伝ってくれそうに無く、ならば諦めて一人でするしかないということで恵梨はリビングで宿題に取り掛かり始めた。
その彰はリビングのソファで読書をたしなんでいる。
手伝うことは主義に反するが、恵梨が分からない問題があった場合は教えるくらいのことはするということで、いつでも教えられるようにそばに控えているのであった。
そうしてゆったりした時間が過ぎて、日も傾き始めた夕方。
電子音が彰の傍らに置いてある携帯電話から流れてきた。
「おっとメールか」
音の種類からそう判断した彰は、読書を中断して携帯に手を伸ばす。
「…………ああもう、私も休憩にします」
かなり長い間集中して勉強していた恵梨は、その音を契機に自らも休憩に入ることにした。
「ああ、悪い。集中が途切れたか?」
「いいんです。ちょうど休憩を入れようと思っていましたから」
宿題も八割ほど終わり、ラストスパート前に休憩を入れたいとはちょうど思っていたころだ。
恵梨はキッチンに行きお茶を入れたコップ二つを手に持ってリビングに戻ってきた。
「はい、彰さん」
「ありがとな」
メールの返信を中断して、恵梨が差し出したカップを受け取る彰。
恵梨は宿題を一旦片付けて、できたスペースにお茶を置く。
「そういえば誰からのメールだったんですか?」
「彩香からだったぞ」
「えっ? 彩香からですか?」
友人の名前が出てきたことに驚く恵梨。
「いつの間にアドレスを聞いたんですか?」
「昨日の別れ際にな。……そういえば恵梨は聞いてなかったんだっけ」
メールの返信が終わったのか彰は携帯を置いて、テーブルを挟んで恵梨の正面に座る。
そして、彩香とアドレスを交換した経緯を話し始めた。
「……そうだったんですか」
「呪いのメール、って言うからどんなのが来るかと思えば、中身は結構普通のメールだしな。……何がしたいんだあいつ?」
彰は首をひねるが恵梨にとっては一目瞭然である。
――彩香は確か男友達もいないと聞いたからそういう風に男子にアドレスを聞くのは初めてで、だから彰さんにアドレスを聞くことが恥ずかしかったのでしょう。
それにしても罰ゲームという名目にするとは。
「恵梨も見てみるか? 彩香の自称呪いのメールを」
「いえ、いいです」
恵梨は彰の誘いを断る。
たぶんそのメールは恵梨が見た事も無い、彩香の女の子の部分が満載のメールなのだろう。
彩香の初々しいだろうメールは気になったが、それを本人の了承無しに見るのは悪いと思う恵梨。
「そういえば、彰さんは試合には負けましたけど……」
「何だ? ………………もしかして彩香の過去のことか?」
恵梨が言いにくそうにしていると、それだけで分かったのか彰が聞いてくる。
「それです。……どうなったんですか?」
「試合の最後、彩香は『本気を出していない』って言ったんだ」
「……それって」
「ああ。話にあった不良二人のセリフだ。それをあの局面で言える位なんだから、たぶん大丈夫だろう。あいつはもう前を向いていると思うぜ」
自身の成果を誇らしく語る彰。
「ということは、彩香も彰さんに救われたんですね」
「……まあそうだな」
ははは、すごいだろ俺。彰は正面から褒められて恥ずかしかったのか冗談混じりに笑った。
恵梨はお茶を飲んで一息つきながら思索にふける。
今回彩香は彰さんに救われました。
その結果、彩香は彰さんのことを憎からず思っているのか、携帯アドレスを聞いてメールのやりとりをするなど積極的になっているようです。
私は……。
同じく彰さんに科学技術研究会に襲われたのを救ってもらった私はどうしたいのでしょうか…………?
「…………は何がいいか、恵梨?」
「えっ? えっと……?」
いきなり彰が名前を呼んできたため思考を中止する恵梨。
「どうした? 聞いていなかったのか?」
「……すいません。ちょっと考え事をしていて」
「夕食は何がいいか、と聞いたんだ。……どうせおまえは宿題に忙しいだろうからな」
「……それを思い出させないで下さい。はあ。…………夕食は何でもいいですよ」
「OK」
彰はコップを持って立ち上がり、キッチンに向かう。
「………………」
本当に私はどうしたいのでしょうか?
恵梨は答えが出ないまま、彰の背中を見やる。
「…………とりあえず宿題を終わらせましょうか」
いつかこの問題と向かい合わないといけないのが分かっていながらも、このとき恵梨は一旦保留することに決めた。
夕食。
十五分ほどでちゃっちゃと夕食を作った彰に、恵梨は宿題を進める手を止めて夕食にありつくことにした。
二人きりの食卓。
いつもは夕食に来る由菜もGW最終日ということで、普段は仕事が忙しい父親と母親と三人で外食に出かけているらしい。
「そういえばさ」
「何ですか?」
その場で彰が発言する。
「俺は今までに戦闘人形、火野と戦ってきて、今回は彩香と試合をしただろ」
「そうですね」
「けど、なんか今回はしっくりこないと思っていたんだよ」
「……何故ですか?」
突然の彰の話に、恵梨には少しの見当もつかない。
「考えてみて分かったけどさ。今までは戦闘が終わる度に異能力者隠蔽機関の三人が出てきただろう。だからそれが戦闘終了の合図みたいに思えてきてさ」
「……まあ、今回の試合は能力者しか見ていませんでしたからね。ラティスさんの異能、記憶で記憶を消す必要が無いんですから当然ですよ。
それよりも、人を戦闘終了の合図扱いですか?」
「感覚の問題なんだから仕方ないだろ。……あののんびりした口調を聞くと落ち着くのかもしれないな」
「あれ~? 人を合図扱いなんて失礼だね~」
恵梨がラティスの口調をまねた。結構似ている。
彰は箸を置いてつぶやいた。
「いまごろ、あの三人どこにいるんだろうな?」
彰がつぶやいたその頃。
日本から太平洋を越えた先に位置する国。
アメリカ。
時差があるため日本は夕方だがアメリカは夜中である。
場所は日本とは比較にならない土地を持つアメリカらしい閑静な住宅街。
「ここで間違いないんだよね~」
住宅街の中でもかなりの広さを誇る家。
そのリビング、夜中で電気もついていないため真っ暗であるそこに、能力『空間跳躍』を使って闇からにじみ出るようにその三人は突然現れた。
異能力者隠蔽機関の機関長のラティスとリエラ、ハミルの三人である。
この家は異能力者隠蔽機関の拠点の一つ……ではなく、全く関係ないはずの家だ。
空き家でもなく、所有者が住んでいる。
それでは何故この家に三人は現れたのだろうか?
「はい。私の『探知』はこの家で反応を見つけたのですが」
「……逃げた後みたいね」
三人は真っ暗の家を月明かりを頼りに探索する。
電気をつけないのは、こんな夜中に電気をつけていると外から不審に思われる可能性もあるからだった。
リビングを出て、一階の部屋を見回るも目的の物は見つからないようだった。なので階段を使って二階に上がる。
二階の部屋もしらみつぶしに探す三人。その中、ある一つの部屋を開けた時ラティスがつぶやいた。
「ビンゴみたいだね~」
その部屋は寝室のようだった。
大きなベットが置かれ、四方の壁の一面がクローゼットとなっている。
「………………」
ベットの上には、この家の所有者である女性がいた。
自分の家に我が物顔で現れた異能力者隠蔽機関の三人に、その女性は驚いて何も言えない――――のではなかった。
驚いて何も言えないのではなく。
死んでいるから何も言えないのであった。
三人は真っ暗では状況が分かりづらいので、止むを得ず電気をつけて部屋の入り口から状況を眺める。
「無残ですね」
その女性の死因は、医者でもないリエラにも分かる。部屋中に飛び散った血飛沫から明らかだからだ。
「手口からして、モーリスの仕業で確定ですね」
普段はおどおどしているハミルだが、死体に恐れたりはしない。異能力者隠蔽機関として記憶を消して世界を周るうちに、能力者同士の争いで死んだ死体を見慣れたからだ。
ハミルは死体が肩から腹にかけて、まるで獣に引っかかれたような傷があるのを見てそう判断したようだった。
「『獣化』の能力ね~。……野生の本能、第六感みたいなのも強くなるのかな?」
ラティスは自分たちがハミルの『探知』で察知し、リエラの『空間跳躍』によりすぐに駆けつけたというのに、姿が見当たらない殺人者を分析する。
異能力者隠蔽機関が出張っていることから分かるように。
この猟奇殺人は能力者によって引き起こされたものだった。
コン、コン。
そのとき、寝室の窓が外から叩かれた音がした。
「……もう来たようだね~」
ラティスが血飛沫にまみれた部屋を横切って、窓に向かう。
ちょっとしたベランダとなっている窓の外には、さっきまではいなかった人がいた。
ラティスが鍵を開けるとその人物が部屋に入ってくる。
「早かったね~」
「急ぎましたので。電気がこの部屋だけついていたのですぐに分かりました。……うわー。それにしてもひどいですね」
部屋の状況を確認するその青年。
髪は金髪で目は碧眼、肌は白色で生粋の白人であった。年は十代後半のようである
彼はどうやって階段もないのに、二階のベランダから部屋に入って来れたのか?
それは常識のあてはまらない者……つまり能力者だからである。
「で、また逃げられましたか」
「そうみたいだね~。……僕たちも急いだんだけどね」
「仕方ないことです。あなたたちだけの責任ではありません。この事件は僕らの管轄なのですから、謝るのは僕の方です。…………一応この家を中心に包囲網を敷きましたが、もう離脱されているでしょうね」
そして口の中でつぶやいた。
「………………のルークとしては不甲斐ないばかりです」
そのセリフの前半は誰にも聞き取れなかったが、
「まあ、君もがんばっていると思うよ。ルーク君」
後半を耳にすることができたラティスがその青年、ルークを励ました。
場所は戻って日本。
「はあーーーー」
夜になったので、彰は自室のベットに寝転がっていた。
恵梨はさっきようやく宿題が終わったらしい。よほど疲れたのか、燃え尽きたような表情で彰におやすみと言って部屋に引っ込んだのを見ている。
「明日から学校か」
しかし、ただ学校が始まるだけではない。
六月の頭にある文化祭に向けて準備が激化するからだ。
一年二組の委員長である彰は、その準備でもクラスをまとめることになるだろう。
「疲れそうだな」
一癖も二癖もあるクラスメイトをまとめるのは骨が折れることだが、高校生になって初めての文化祭にわくわくしている自分がいるのも事実だった。
「さて、寝るか」
そのためにも体力を確保しておかないといけない、と彰は眠りに落ちるのであった。
文化祭を控えた風の錬金術者である彰。
そしてアメリカで起きた猟奇殺人事件を追うルークなる人物。
この二人が近い内に交差することになるとは、すべてを見透かしたかのように振舞うラティスでさえこのときは予想できなかった。
<第三章 日本、能力者会談 完>
いきなりの第四章予告!
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GWが明け、私立斉明高校の文化祭の季節が近づく。
彰は一年二組の委員長として、クラスをまとめてその準備に奔走していた。
忙しいながらも充実した日々を送っていた折、結上市では猟奇殺人事件が発生。
そして彰もある能力者と出会う。
彼の名前はルーク。
アメリカからやってきた能力者であった――。
GWも開けて学校も始まる、異能力アクション×学園コメディ、第四章「文化祭、殺人者と追跡者」開幕!!
「会議を始めるわよ」
斉明高校の生徒会長登場!
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