七十話「会談三日目 風野彩香との試合2」
「二試合目もすごい試合だねー」
「確かに一試合目に負けるとも劣らない試合だな」
雷沢と光崎、二人の実況。
試合の局面は彰と彩香どちらもが、空中にもう一本の得物を作り出したところだ。
「……ねえねえ、タッくん」
「どうした?」
「彩香ちゃんが能力を使うことによって彰くんと同等の腕力を出せる、っていうのは知っているけど、何で同じ能力の彰くんはそれをしないの?」
「いい質問だな。……その答えは能力にどれだけ馴染んでいるのかが関係するんだ」
「どういうこと?」
「風野が使っている技術は自分の動きを能力でブーストさせるというものだ。これには一つ問題があって、自分の動きと能力で動かすのを完璧に一致させないと力が半減されるんだ」
「確かに能力で動かすのが早すぎて腕の動きがついていけてなかったら、単純に能力だけで動かしただけの方がいいもんね」
「そのとおり。…………そして彰くんは自分が能力者だというのを知ったのがつい最近で能力を扱うのに慣れていない。
つまり繊細なコントロールが必要な能力ブーストが、今の彼に出来るとは思えないな」
「ふーん。そうなんだね」
のんびりと実況をしているのとは対照的に、お互いに二つの得物を使う二人の攻防は激しさを増す。
能力を使って男勝りの力を振るえるのに加えて、剣道の熟練者ということで技もある彩香。
力で拮抗し、剣術も自己流の彰が劣勢…………かと思えばそうでもない。
彰の対抗策が上手く機能しているからであった。
それは単純な策で、彩香が持っている竹刀を空中に浮いた剣で受け流すことを基本とした立ち回りだった。
彩香の持っている竹刀は確かに彰の力を凌駕し得る。しかし、彩香が持っていない竹刀――つまり空中に浮いている竹刀は彰の腕力に押し負ける。
そのため彩香の手に持った竹刀対彰の空中の剣、彩香が空中に浮かせた竹刀対彰が手に持った剣という状態を作る事によって、彰は何とか互角に戦っていた。
しかし彩香も能力ブーストを受けた竹刀で彰の空中の剣を突破できるので、彰と状況は同じだ。
戦いは相手の手に持った武器を空中の得物で受け流し、こちらは相手の空中の防御を突き破ろうとする、能力者同士でしか起こり得ない派手な攻防の試合となっていた。
頭が焼き切れそうだ……!
手に持った剣を叩き込んだのを上手く流されて、間髪入れずに飛んできた攻撃を危なっかしく空中の剣で逸らしながら、彰は苦々しい表情で唇を噛んだ。
――俺が今までどれだけ適当に能力を使っていたのか分かるな。
彰は火野と戦ったときも空中の剣を動かしながら手に持った剣を動かしていた。しかしそのときは空中の剣で相手を叩き斬るような動きしかさせてなかった。
なので、現在のように相手の剣を受け流すという高等な動きをイメージしながら自身の体も動かすとなると、頭がこんがらがってしまいそうになる。
現状、試合は互角なのだが、全てに精一杯な彰に対して、能力の扱いに優れる彩香の表情にはまだまだ余裕があった。
「でも、これしか有効な策が思いつかないしな。……けどこのままじゃジリ貧か」
彰は攻防の最中にぼやいて、逆転の一手を模索し始めた。
まだまだ粘るわね。
彩香は優勢ながらも、あと一歩が彰に届いていなかった。
空中の竹刀で彰の攻撃を受け流しながら、彩香は力を込めた面打ちを敢行。力押しで彰の空中の剣による防御を突破し、手に持った竹刀が彰に迫る。
――今度こそは当たったわ!!
彩香は確信するものの、
「やっべ!!」
直前で彰があわててバックして、紙一重のところで当たらなかった。
「ああ、もう。さっきからこれの繰り返しになっているわね」
すこし苛立ちながら、急な後退によりしりもちを着いたような状況の彰を追撃する彩香。
剣道をしている勘から絶対に当たると思った攻撃を、さっきから彰は並外れた本能と反射神経で危なっかしいながらも避ける。
……戦ったことは無いけれど、獣と戦ったらこんな感じなのかも知れないわね。
彩香が上から振り下ろした竹刀を、空中の剣で弾こうとする彰。彩香はそれを読んでいて、その剣を空中の竹刀で相殺する。
彩香の竹刀は止まらない。
「くそ!!」
腕の力で体を起き上げ中腰の体勢となった彰は、回避が間に合うとは思えなかったので不本意ながらも手に持った剣で防御することを選択する。
バシン!!
先ほどと同じように竹刀と剣が弾きあう大きな音が鳴った。あまりの衝撃に彰はまたも手が痺れる。
「そろそろ終わりにしましょうか!!」
そして今度も彩香はそれでは終わらない。
弾かれた勢いのまま竹刀を振り上げ、ここがチャンスだと思った彩香は彰の面を狙う打ち込みを全力で放つ。
普段は柔軟に相手の動きに対応するために攻撃するときも相手の動きをよく観察している彩香だが、このとき全力を出すと決めた彩香は相手の動きなどに意識を割かずに攻撃に全てを注いでいた。
それにつられて今までは洗練さがあった打ち込みも、どこか力任せなものとなっている。
――この一撃で終わらせてみせる!!
攻撃に全てを注ぐことを意識するだけで、さっきとは比べ物にならないほど力強くなった彩香の斬撃。
まともに受ければ彰はひとたまりも無いだろう。
「今だ!!」
それが分かっている彰は、当然まともに受けなかった。
そう。これは彩香の判断ミスだ。
地力で彰に勝っている彩香は、彰を嬲るような長期戦に持ち込むべきだった。そうすれば彰はなすすべもなく敗れるしかなかったはずだから。
短期決戦に持ち込もうと大振りした彩香。
しかし、彰にとってはピンチこそ最大のチャンスであった。
「えっ!?」
彩香は戦場に似合わない素の驚きの声を出す。
彩香が追撃していた対象――――彰の姿が視界から消えたからであった。
といっても、彰がその場から消えたわけではなくて。
彩香と彰の間に、お互いの姿が見えなくなるほどの大きさで緑の壁が、彰の能力――風の錬金術によって作られたからであった。
「こんな手があったの!?」
普段ならこのような壁を作られたとしても、事前に魔力発動の兆候を察知してサイドステップで避けることができたはずだ。
しかし攻撃ばかりに意識を注いでいた彩香は気づくのが遅れたため、足に急制動をかけて壁への突撃を中止。
「くっ!」
そして身を固くして衝撃に備える彩香。風の錬金術で作った物は自在に投射することが出来る。そのため彰が壁を投射すると読んだからだ。
といっても、壁と彩香が近すぎるため速度が乗らずダメージはそこまでは無いだろう。ただ、距離が離されるだけだ。
つまり、彰の目的は時間稼ぎのようね。
またも攻撃の届かなかった彩香は忌々しい目つきで壁を見つめ。
「解除!!」
次の瞬間、彩香の予想に反して金属の壁は風に戻った。
「何っ!?」
壁が消えて彩香の目に入った光景は、体勢を整え直した彰がすでに剣で縦に斬ろうとしているところだった。
――壁によって私の突撃を止め、さらにその壁を目隠しとして迫ったのね!!
彰の策の全貌が分かった彩香だが、攻撃はすぐそこに迫っており、加えて急制動中であるため動けない。
「俺の勝ちだ!!」
能力者として駆け引きに勝った彰。あとは剣を振り切るだけだった。
バシン!!
そして体を打ち据える大きな音が鳴って。
「グフッ!?」
――彰の胴に竹刀が叩き込まれた。
抜き胴。
彰の剣が迫る直前。剣道熟練者の彩香はなんとか動き出して、正面から迫る彰の剣を本能のままに斜めに飛び出しながら避け、自らの竹刀を水平に振るっていた。
完全なカウンターのため、彰は防御をとることさえ叶わない。
能力者としては上回った彰だが、剣士としての彩香には負けたのだった。
「………………」
ドサッ。
彰はその場に崩れ落ちた。
続きます。




