六十九話「会談三日目 風野彩香との試合1」
いつの間にナイフを作ったの!?
風野彩香は飛んでくるナイフを見て前進を中断。サイドステップで胸元に飛んできたナイフを避ける。
彩香の驚く理由には能力者の感覚というのが関わっている。
能力者は例外無く自分の魔力を使って能力を発動させる。そして他の能力者が魔力を使ったとき能力者は魔力の発動を感知することが出来る。
そのため相手に能力の発動を気取られること無しに能力を使うことはできないのだ。
高野彰が魔力を使った気配は右手の剣を作り出した時だけだったはず。その後はそれを維持するためにしか魔力が使われた気配が無かったはずなのに…………。あっ!
彩香は避けたナイフを見送りながら、彰が使ったトリックに気づいた。
さっき右手の剣を作ると同時に、左手にナイフを作ったのね!!
そういえば彰は大仰な仕草――右手を横に突き出すと同時に剣を作っていたわ。それによって無意識な内に右手に私の視線が誘導されていたのかもしれない。
男のくせになかなかやるわね。
彩香は彰を格下の相手だと油断していた気を引き締めて、後ろに逸れて飛んでいくナイフを見やっていた視線を戻すと――。
「!?」
「食らえ!!」
目の前には距離を詰めた彰がすでに剣を振りおろすモーションに入っていた。
彰は彩香が虚を突かれた表情を取るのを見て、奇襲が成功したことを確信していた。
俺と違って相手は自分が能力者であることを前から知っているはずだ。それゆえに能力が発動する時に起きる魔力の感知に長けていて、それを頼りに相手が能力を使ったか判断するだろう。
……という読みだったが当たったようだな。
彩香の視線は投擲したナイフからようやく正面の彰自身に戻ってきたところだ。そこからでは彰の動きに対応は難しいだろうと思っていたが、さすがの反射速度で彰の剣の軌道上に竹刀を差し込もうとしている。
女のか細い腕の力で俺の全力を止められるわけないだろ!!
その上、俺の攻撃が上からの速度を乗せた一撃なのに対し、彩香の防御は下からで速度が乗り切っていない防御だ。負けるわけが無い!
彰の作戦は開幕直後の奇襲。
彩香の心理的死角を突いて隙を作り、全力の攻撃を叩き込むことによって即座に彩香を無力化して勝ちを掴むものだった。
そして事態は作戦通りに進んでおり、すなわち作戦の成功だった。
……そう。作戦は成功だった。
しかし、彰は一つ前提を見誤っていた。
ガキン!!
「なっ!?」
彰の剣と彩香の竹刀が弾き合う――つまり彩香の防御が成功した――音が鳴り響き、彰の目論見が外れたことを示した。
彰の失敗は、彩香が隙を突かれ、男と女という力差があるにもかかわらず、彰の全力の攻撃を防御可能だということであった。
弾かれた勢いと反動で、彩香と彰は後退して距離が開く。
俺の全力がふせがれただと!?
彰はかろうじて構えを維持して彩香の動きを警戒しながらも、たった今起きた事に驚いてばかりだった。
「あら? これぐらいの力しかないのかしら?」
彰が勝ち誇っていた顔をゆがませるのを見て、彩香は嘲笑する。
彰は一つ思い出していた。
それは昨日温泉に入っていた時のこと。火野が去年彩香との試合に負けたと言ったとき、彩香は能力の使い方で力の差を埋めてきたとも言っていた。
……馬鹿な火野の言うことだからって、真に受けていなかったが本当だったのか。
クシュン!
「なんか俺が罵倒された気がするけど……気のせいやな」
観客席の火野がくしゃみをした。
「今度はこちらから行かせてもらうわ!」
奇襲をしのぎきった彩香は攻勢に転じる。
すり足で移動した後、強烈な踏み込みと同時に彰に対して鋭い面打ちを放つ。
「くっ!」
彰は意識を十分に集中していたというのに、彩香の動きがあまりに早すぎて防御が遅れる。
刃を潰した剣なので、不恰好ながらも剣先と柄それぞれを両手で持って受け止めるが。
バシン!!!
「っ!」
古びた試合場を揺るがすほどの音が鳴って、彰は彩香の竹刀を防いだのはいいが、あまりの衝撃に彰の両手がしびれる。
「甘いわね!」
その間にも彩香は防がれた竹刀を振り上げて斜めから打ち下ろし、彰のがら空きの胴を狙っている。
面胴という連続技で、彩香は最初の面打ちが彰に防がれるのは承知済みだった。
やべえ!!
彰は焦った。彩香の攻撃を一撃でも食らったら、その痛みにおののいている間に追撃をもらうだろう。
彩香の竹刀が迫る。
「間に合えーー!!」
彰は風の錬金術を使用。魔力を使って呼び起こした風は金属化して盾となり、ぎりぎりのところで彩香の竹刀から彰を守った。
彩香は剣道をやっている癖で残心を取りながら彰と距離を取る。
「なかなかやるじゃない。私の攻撃を防ぎきるなんて」
「ま、まあな」
余裕そうにうそぶく彰。実際さっきの攻防は余裕を残している彩香に比べ、彰はぎりぎりだった。
なぜ俺が力で押し負けるんだ? 火野が言うからには能力の使い方が関係しているはずなんだが……。
今にも再度の攻撃に移ろうとする彩香を前に、彰はそのからくりについて思考を加速させる。でないと対策も立てられやしない。
彩香の動きの中に何かヒントは無かったか?
先ほどの彩香の攻撃時に起きたことを振り返ってみる彰。
彩香はすり足、上下動の少ない動きで俺に迫った。そして間合いに入った瞬間強く踏み込んだ。それを見て俺はピリッと何かを感じる。彩香は振り上げていた竹刀を斜めに振り下ろす。俺の盾が完成してそれを受け止める。
………………?
ピリッとした何かって……何だ?
疑問に思う彰は、これこそが正解を手繰り寄せるための糸だと思った。
さっきのあの感覚は最近慣れてきた感覚で………………魔力の使用なのか? けど、さっきの一連の動きに魔力を使う=能力を使うような動作は無かったはずだ。
彰は思考を進める。
落ち着いて振り返ってみると、彩香が最初の防御をするときもあの感覚はあった。
風の錬金術が出来ることは風を起こす。風を金属化させる。金属化させたものを自由に動かす。解除して風に戻す。これしかないのだが…………。
「………………!!」
そして彰はひらめいた。
もしかしてこれか! ……だからなのか!?
「はあっ!!」
「!」
そのとき気勢と共に彩香が仕掛けてきた。彩香の攻撃は小手を狙っている。
ちょうど意識が弛緩したところに仕掛けられたため、またも彰の対応は遅れる。焦りながらも思ったのは次のこと。
……小手ってどう守ればいいんだ?
彰は剣道をした事が無い。剣道のセオリーでは小手を打たれる時、どのように守ればいいのか知らない。
だから小手を打たれる瞬間、剣を放り出して両腕を引いた。
「! そんな避け方ありなの!?」
それは少なくとも彩香にとっては予想外な避け方だったらしい。
彰の動体視力も合わさって紙一重でかわされた竹刀に、意表を突かれた彩香。
その隙を見逃す彰ではなかった。
彰は能力を発動。さっき放った剣を操り、空中から彩香に斬りかからせる。
「まだっ!!」
彩香は振り切った竹刀を防御に戻すことが叶わないため能力を発動。剣の軌道上に盾を作ったが……。
「それを待っていた!!」
彰は叫ぶと同時に一歩前に出る。そして空中で斬りかかろうとしている自分の剣を掴んでフルスイング。
するとどうだろうか。
ガキン!!
さっきは彩香の防御の前に弾かれていた剣だったが、今度は彩香の盾を破る。
「……ふーーっ。危なかったわ」
しかし、盾を破る間に彩香が後退する時間ができ、彩香自身には攻撃が通らなかった。
惜しいところで避けられた彰だが、その目には輝きがあった。彰は手に持った剣を離れて対峙する彩香に突きつける。
「やっぱりな。おまえの力のからくり見破ったぜ。
女なのに俺と同等以上の力で竹刀を振るえるのは、自分の腕の力で竹刀を振るうと同時に能力でも剣を動かしているからだろう!」
「……そうよ」
彩香が即答するのを見て、彰は拍子抜けた。
「……ずいぶんとあっさり認めるんだな」
「別に隠すつもりは無かったわ」
彩香がさばさばとした口調で答える。
風の錬金術は風を金属化して作った物体を魔力を使って動かすことが出来る。
彰はこの力を空中から相手を攻撃するために使っているが、彩香の使い方はそれだけではなかった。
自分が竹刀を振るうのに合わせて能力を発動。能力による動きをブースターとして、二重の力で動かすことによって、通常以上の力で竹刀を振るっていたのだった。
それによって彰の力と同等だったため、最後風の錬金術の力だけで彰の攻撃を受け止めた時突破されたのである。
「で。それが分かったからといって、どうするのかしら?」
さきほど彰の攻撃があと一歩のところまで迫っていたというのに、彩香の余裕はまだ崩れない。
「色々とやりようはあるさ。とりあえず一つ目はこれだ」
彰にも余裕が戻ってきた。本当に自分と同等の腕力があったのなら対策は立てにくいが、能力を使って誤魔化しているのならいくらでもやりようがある。
彰は風を起こし金属化。手に持った剣とは別に、空中にもう一本の緑の剣を作り出す。
「……へえ」
彰の意図を見抜いた彩香が、状況に合わせて最善手を打ってきたことに感心する。
「なら、私も応じないとね」
彩香の脇に一陣の風が吹く。次の瞬間、金属化して緑の竹刀となって空中に浮いた。
彰は彩香という難敵との戦いに、非常に興奮を覚えはじめていた。
これまで、腕力の強かった戦闘人形、能力を上手く使ってきた火野と戦ってきたが、力も技も兼ね備えた彩香はそれ以上だ。
「ああ、最高だ」
不良時代にも、そうそうはいなかった強敵に策を弄して勝つ。それができたらどんなに気持ちいいだろうか。
それにこの戦いの目的が彩香を救うためなのだからなおさらだ。
ただの暇つぶしではなく、人を助けるために力を振るう。あの日そう自分自身に誓ったように行動できていることに彰は充足感を感じる。
「まだまだ勝負はこれからだ!!」
「当たり前です!!」
戦闘は次の段階に進み、二本の剣と二本の竹刀、計四本が入り乱れるステージが幕を開ける。




