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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
一章 水の錬金術者
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六話「夕食」

 キッチンの場所は教えたが恵梨には何がどこにあるか分からないだろうと思い、彰もキッチンに入った。

 それに気づいて恵梨が声をかける。

「野菜炒めでも作りますね。いいですか?」

 恵梨は、冷蔵庫から野菜を取り出していた。 

「ああいいよ。そうそう、包丁はそこの棚に入っているから」

「いえ。必要ありません。作りますから」


 作る? 


 その言葉に首を傾ける彰の前で、恵梨は流し台の蛇口をひねる。その水は浮いて包丁の形に。そして金属化した。

「ほら。けど、まず野菜を水洗いしないといけませんね」

 恵梨は手に取った包丁を置いた。

「……水の錬金術には、そんな使い方があったのか」

 驚くというより、虚を突かれた。そんな日常的使い方があるとは思わなかった。

「逆にこんな使い方のほうが普通ですよ。……この平和な日本で今日のような戦い起こる事こそ、普通じゃありません」

「……そうだな。もしかしてあんな戦いは初めてなのか?」

「はい」

 道理で戦い慣れてないと思った。


 そして、恵梨は野菜を洗い終え、自分で作った包丁で切り始めた。彰の目からも、かなり手際がいいように見えた。

「料理、得意なのか」

「得意とかそういうのは……ただ母を手伝っていただけですよ」

 いきなり恵梨の声が空気の抜けた風船の(よう)にしぼむ。

 親につながる話題は地雷だったか。しまった、もっと注意しておくべきだった。

 彰は後悔するも遅い。

 恵梨は口を閉じた。彰もかける言葉を持たない。


「「………………」」


 トン、トン、トン。

 リズム良く動く包丁の音だけが、キッチンに響く。

 そして沈黙を破ったのは恵梨だった。

「彰さんは休んでいて良いですよ。私が作るって言い出したんですし。それに見られていると料理がやり難いです」

 彰は、気遣(きづか)われたと思った。しかしこの申し出を断れば、更に恵梨に気を遣わせることになる。

「……分かった。お言葉に甘えさせてもらう。油は、コンロ下の引き出しにあるから。それと、フライパンは……。フライパンも作るつもりか?」

「はい。そうです」

「そうか。じゃあ、よろしく」

 彰はキッチンを出た。




「出来ましたよ」

 恵梨が皿を持ってリビングに来た。彰は暇つぶしに読んでいた雑誌を閉じる。

「おいしそうじゃないか」

 メニューはさっき言ってあった通り野菜炒めだ。キャベツ、ニンジン、たまねぎ。そして豚肉だけのシンプルなものであった。それとレンジした朝の残りのご飯だ。

「では、いただきましょうか」

「いただきます」

 彰は両手を合わせて言った。

 野菜炒めをおかずにご飯を食べる。シンプルなだけに味付けが重要なのだが、恵梨の味付けは絶妙で、彰の箸は止まらなかった。

「そんなにあわてて食べて……、おいしいですか?」

「ああ。最高だ」

 彰は、自分も料理は得意だと思っていたが、恵梨はそれよりも上手かった。

 彰が食べたことのある同年代女性の手料理は幼なじみの由菜が作った物だけだったが、それはまずくは無いにしろ、ここまで上手ではなかった。


「ごちそうさま」

 ほどなく彰が先に食べ終わった。皿を流し台に持っていくついでに、デザートのみかんを冷蔵庫から持って来る。

「ごちそうさまでした」

 彰が二個目のみかんに食べ始めたころに恵梨も食べ終わり、みかんを手にとった。



「すいません。この能力のことなんですが」

「何だ?」

 恵梨が唐突に話し始めた。

「私の能力が、物語の登場人物が持っている能力みたいだと思っていますか?」

「……まぁ、そう思ったが」

「確かに、能力だけを見ればそうかもしれません」

「?」

 恵梨の言いたいことがつかめない。

「どういう意味だ?」

「多くの物語では、能力を持つ人物というのは能力を得るために努力したり、能力を使う目的があります。

 しかし私はこの能力、水の錬金術を遺伝したというだけで持ちました。……努力も無く、そして目的も無いこの能力を」

「……そうか」

 彰は理解した。



 恵梨にとっての能力は、ただ生まれ持った才能でしかないということを。普通の人にとってすれば、頭が良いとか、運動神経が良いという次元でしかないことを。



 さらに恵梨が内心を吐露(とろ)する。

「幸いにも、最近まで私は能力を持ったことを、苦に思いませんでした。使わなければよかったからです」

「……最近?」

「研究会に追われ始めるまでです」

「………………」

「それって、……まるで何かの物語みたいじゃないですか……。能力を持った少女が、組織の追っ手から逃亡するなんて。……私は、普通の学生になりたいんです! 劇的な展開なんていらないんです! ただの日常が欲しいんです!」

 最後のほうは悲鳴のように叫んでいた。


「………………」

 彰は打ちひしがれていた。

 恵梨の本質が、普通の少女だってことは見抜いていたが、その奥にこんな背景があるとは思いもよらなかった。

 俺も、まだまだ駄目だな。

 彰は自分を攻める。

 恵梨につらいことを思い出させてしまった。できることなら自分が気づいてその話題を避けるべきだった。

 

 そうしたかった。

 もう、周りの人間に俺のせいで嫌な思いをさせたくないから……。

 

 そこで恵梨ははっと気づいた顔をする。

「す、すいません。彰さんにあたっても仕方が無いことなのに。……気分悪くしましたか?」

「いや、大丈夫だ。こっちこそ、すまない」

 彰はこぶしを握りしめて謝る。そうしないと自分を保てそうになかった。

「「………………」」

 気まずい雰囲気になった。

 お互い手慰(てなぐさ)みに、みかんを食べているだけの状況になる。

 彰はこの状況を変えたいと思うも、話題が見つからない。


 しばらくそれが続いた後、恵梨がおずおずと話題を切り出した。

「……次は研究会のことについて話しましょうか」

「ああ! ……もぐっ、……そうだな!」

 無理やり雰囲気を変えるために、みかんを食べながら明るい声を出す。

 恵梨もみかんをむきながら話しだした。

「と言っても、あまり詳しくは知らないんです。正式名称は、科学技術研究会」

「科学技術研究会?」

 普通な組織に思えた。

「はい。その名の通り、科学技術を研究するのが主な活動らしいです」

 普通な活動に思えた。

 彰は頭を抱える。

「……普通の組織のように思えるが。なら、なんで恵梨が狙われたんだ?」


 恵梨が少しためらったが続ける。

「……組織の人が言っていたでしょう」

「何が?」

「目撃者は邪魔なんだって」

「…………すまん。もういい」

 また悲しげな声になる恵梨。それは親の話題が出るたびになっていた声だ。

 よって、彰にはその先が想像できた。

 そして後悔する。さっきの今で、またつらいことを思い出させたことを。

「すいません。でも聞いてください。……言ったほうが楽になるんです」

 最後のセリフは彰を気遣ってだった。そこまで言われては聞かないといけない。……それでも恵梨に言わせたくなかったが。

「……恵梨は何を見たんだ?」

「………………」

 恵梨は押し黙って覚悟を決める。そうして、心からしぼり出したような悲しげな声が口から漏れた。



「……あの組織は、一週間前……私の両親を殺しました。……私はそれを見たんです」



 否応(いやおう)が無く沈黙する彰。


 そのとき玄関のチャイムが鳴った。

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