六十八話「会談三日目 二試合目開始」
昼。
午前中に風野藤一郎と中田洋平の試合を見た彰たちは、昼食を食べている最中だった。場所は朝食会場と同じ旅館内の和室である。
二試合目は午後から始まるので、その間の昼食休憩というわけだ。さっきまで試合を見ていた能力者たちの多くが、見世物という娯楽のための試合だというのに死闘を繰り広げた二人の戦いについて語り合っている。
その一角では彩香以外の未成年能力者が集まっていた。
「いい勝負だったな」
「いつもと同じで、見てて鳥肌が立ったわ」
「最後、新技のワイヤーを作り出したときは本当に驚いたな」
戦い好きで血の気の多い男勢、彰、火野、雷沢も今見てきた試合について語り合う。
「本当にいい勝負だった…………。二人とも毎年こんな勝負を見ていたなんてうらやましいぞ」
「まあな。……そういえば雷沢の兄さんは実況お疲れ様やな」
「そんなに言われるほどじゃない。実況なんて毎年やっていることだ。いまさらそんな苦労は無いさ」
と言いながらも雷沢がさっきから水分補給を多くしているのを彰は見ている。午前中実況のために声を出しすぎたからだろう。
「俺は初めて聞いたけど、それにしても雷沢は実況の時ハイテンションだったな」
「そうやな。人が変わったような感じさえするやろ」
「……そこは何というか、慣れ、だな。……二試合目、彰君の試合のときも全力で実況するからな」
「それは助かる」
男三人が盛り上がるよそで、女三人も会話していた。
「そういえば彩香ちゃんはどうしたのー?」
光崎がこの昼食の場に姿を見せない彩香を怪訝に思って発言する。
「午後から試合があるからあまり食べたくないって、昼食を軽く取ってすぐに試合場に戻りましたよ。たぶん今ごろ体をほぐしたりしているんじゃないんですか?」
恵梨はブロック状栄養補助食品のチーズ味を食べただけで昼食を終わらせた友人を見ていた。
「ふーん、そうなの? …………けど、その試合相手の方はガッツリ昼食を食べているね」
理子が彰の方を見て言った。彰が食べているのはカツ丼らしく、げんかつぎとしてはいい食べ物かもしれないが消化に悪く、少なくとも運動の前に食べることが推奨される物ではない。
「私も呆れたんですけど…………本人いわく、腹が減っては戦ができない、ですって」
先に彰に注意していた恵梨がため息をついた。
――この勝負、彩香のためにも彰さんが勝って欲しいのに。
彩香の過去を知る恵梨としては、友人の認識を改めさせるために少なくとも彰が試合に勝つことが必要なのを知っている。
今までは彰さんと協力して敵を退けたりしてきたけど、今回私は何もできない…………。
そう。今回は戦闘ではなく一対一の試合のため、戦闘人形や火野と戦った時のように恵梨は彰の手助けをすることはできなかった。
友人のために何の力にもなれないことが、恵梨には歯がゆい。
「…………がんばってくださいね、彰さん」
だから出来ることなら何でもしようと、とりあえず小さな声で少年の応援をつぶやいた。
ということで昼食を終えた彰たちはもう一回、旅館の同じ敷地内にある試合場に戻ってきていた。
「君はもうすぐ試合だろう。僕たちはこのまま二階の観客席に向かうが、君はそこを右に曲がってつきあたりの選手控え室に向かってくれ」
「ああ、分かった」
と雷沢に指示されたので彰は入り口のところで皆と別れる。
「…………ここか」
指示された通りの場所に着いてドアを開けると、
「おお来たか。……本当に勝手を言ってすまないが、今日の試合よろしく頼むよ」
そこは更衣室のようだった。狭い部屋には先客――今日の試合をセッティングした風野藤一郎が申し訳なさそうにしていた。
彰の姿を見るなり風野藤一郎は深々と礼を始める。その姿を見て、逆に彰があわてだす。
「そ、そんなしなくても。……とりあえず顔を上げてください」
「……そうは言っても、今日の試合は完全にこっちの事情で本来君とは関係無い事だ。それに巻き込んでいる張本人としては謝っても謝りきれない」
「真面目だな……」
子供相手だというのに、大人がこのように真摯に頼み込む事ができるだろうか。それほど娘の事を大事に思っているのか……。
これが親という生き物なのか、と自分の両親には一人暮らしという放置プレイをされている彰はそんな感想を抱く。
「気にしないで下さい」
だから、自然と彰のその言葉は投げかけられていた。
風野藤一郎が顔を上げるのを見て、彰は今の思いを言葉に変換していく。
「そちらの事情は聞いています。そして、聞いた上で俺が判断しましたから気にしないで下さい。実際俺は彩香に指摘されたとおり戦うのが好きみたいですから」
「………………」
「それにどうせ試合開始直前のいまさら引き帰すことなんてできません」
「………………」
驚いたように風野藤一郎はまじまじと彰の顔を見てくる。まるで未知の生物を見たかのような驚きようだ。
……なんだ? 俺、変なこと言ったか?
自分としては素直な気持ちだったのだが、ケンカが好きとか言ったところでやっぱり引かれたのか?
彰が不安になったところで、風野藤一郎は言葉が口をついて出た。
「……どうして。本当にどうして君のような思いやりの深い子が不良だったんだ?」
風野藤一郎が心底不思議そうに聞いてきて、思いもかけず彰はあまり思い出したくない記憶のフタが開かれた。
……ああ、それは。
「…………………………不良であった事を後悔しているからです。後悔したところから作り上げたのが、今の自分ですから」
あのことを思い出すと、彰は冷静ではいられなくなる。
「……ああ、いや、すまない。君にも色々と事情があるよな」
彰が自分でもコントロールしきれずに冷たい表情と声音になったのを見て、風野藤一郎は失敗を犯したのに気づいたようだった。
「……いえ、こちらこそ。…………あなたに当たっても仕方が無い事だというのに」
そうだ。攻められるべきは自分なのだ。
反省した彰は、今はこれ以上それを思い出さないことにする。
そのとき。
「彰くん、試合の時間だ」
タイミングよく控え室の扉を開けて入ってきたのは中田洋平だった。
ちょうど気まずい雰囲気になっていたところだったので、彰は安堵の息をつく。
そして部屋を見回した中田洋平は風野藤一郎の姿を認めたようだった。
「……藤一郎。あなたもここにいたのですか?」
「そうだ。試合前に彰くんと話しておきたかったからな」
「……といっても、本当に後すぐで試合が始まります。もう、観客席に戻った方がいいと思いますが?」
「ちょうどそう思っていたところだ」
言葉通りに風野藤一郎が中田洋平のいる出口向けて歩き出す。その途中で彰を振り返って、
「それではすまないが、がんばってくれ」
彰を鼓舞してから部屋を出て行った。
「まったく、あいつは自由気ままだな」
「………………」
「どうしたのかね、彰くん」
彰は驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせていた。
この人、午前中と雰囲気違いすぎだろ!!
風野藤一郎に対して悪態をついたり活動的だった人物と目の前の本当に人の良さそうな人物が同一だというのが彰には信じられない。
「あの中田洋平さんですよね?」
だから本人に対してそんな間抜けな質問をしてしまった。
「? そうに決まっていますよ」
「あの午前中に風野藤一郎と試合をして――」
「だからそうです」
「惜しくも負けてしまった中田洋平さんですよね?」
「………………………………藤一郎のやつ、来年こそは覚悟しとけよ。絶対倒してやる」
「!?」
あれ? 口調が……?
彰が虚を突かれていると、中田洋平はいつも通りに言った。
「悪いですが時間が無いんです。ついてきてもらいますね」
「……あ、ああ」
固まる彰の腕を掴み、中田洋平は部屋を出た。
部屋を出て二人は少し歩き、大きな扉の前で立ち止まった。
「さて、この扉を開ければ試合場です。ここからでも雷沢くんの実況は聞こえると思いますので、適当にタイミングを見計らって入ってください」
「分かった」
「…………それとこれは怪我防止です」
中田洋平が彰の額に右手を当てる。そして、その右手がほのかに光った。
「もしかして今……?」
「はい。彰くんに身体強化をかけました。私の能力は他人にも使うことができますので。
といっても今日の試合で使って見せたようなフルパワーではなく、怪我をしない程度に耐久力を高めただけです」
中田洋平の手が離れる。
「でもそれって何か卑怯な気が……」
「ああ、それなら大丈夫です。彩香さんの方には私の姉が身体強化をかけていると思いますから条件は同じです」
「さーて、昼食休憩を挟みこれから始まるのは二試合目です!」
「そうだねー」
雷沢のはりきった声と光崎の間延びした声が扉の向こうから聞こえてきた。
「いきなりですが、選手は入場をお願いします!」
「っ! 本当にいきなりだな!」
選手である彰は心の準備もまだほどほどだというのに、入場を促されてしまった。
ええい、ままよ!
彰は内心で景気付けのために叫んで、扉を開けた。
「それではがんばってくださいね」
扉が閉まる直前、中田洋平の声が聞こえた。
彰は二階まで吹き抜けとなっている試合場に入った。剣道の試合場が一面作れるので広さは約10メートル四方だ。
彰が正面を見すえると、
「………………」
反対側の扉から、彰と同じように凛とした顔立ちの彩香が入ってきていた。
彰が適当に動きやすい服装なのに比べて、あちらは剣道で使う胴着を着ている。
彩香がそのまま部屋の中央に歩を進めるのも見て、彰もあわてて歩き出す。
「さて皆様二人の戦士を拍手でお迎えください!」
一試合目の時と同じ台詞を雷沢が言って、試合場には拍手の音が重なる。
その中を彰は周りを気にせずに歩き続け、そして立ち止まった。
同様に立ち止まった彩香との距離は三、四メートルほど。一試合目の二人の時も最初はこれくらいの距離を開けていたのを覚えている。
「……さて、衆人環視の中負ける覚悟は決まったのかしら?」
先に挑発してきたのは彩香だった。
「そっちこそ負けたときの言い訳は考えたのか?」
彰も負けじと言い返す。
「今回の対戦カードは、皆さんもご存知である風野藤一郎さんの娘、彩香ちゃんと」
「最近自分が能力者であることを知った特異な能力者。高野彰です!!」
光崎に続いて雷沢が選手の紹介する。
パチパチパチパチ。
その紹介で拍手が再度鳴らされて盛り上がる。それが落ち着いたタイミングで雷沢がマイクを握った。
「一試合目のときにルールを説明していますがもう一回確認です。
試合開始は僕の合図で、そして試合終了はどちらかが戦闘続行不可能となるか降参をするまでです。なお殺傷力の高すぎる攻撃は禁止です」
「逆にそれ以外なら何でもありなんだよー」
光崎が説明を締めた。この二人の実況かなり息が合っている。
彰は右手を横に突き出した。
その手の中で風が収束。金属化して風はそのまま剣となる。
今回殺傷能力の高い攻撃が禁止されているため剣の刃は潰してあった。彰もその程度には能力をコントロールできるようになっている。
彩香は剣道の基本、中段の構えを竹刀を持たずに取った。
竹刀が無くておかしな構えに最初は見えた彰だったが、能力により風が吹き竹刀が忽然と彩香の手に現れると彰の表情は引き締まった。
彩香の構えは一朝一夕なんかでは身につかない一部の隙も無いものだった。
「両者ともに風の錬金術者であり、能力に優劣はありません。雌雄を分けるのはお互いの技ということになるでしょう!!
さあ、ここに試合の開始を宣言しましょう! 両者構えあって――
レディ、ファイト!!」
雷沢の宣言と共に両者が動き出す。
「りゃあーーーーーー!!」
彩香は攻めに積極的なのか、気勢を上げながら彰目掛けて駆ける。
「フッ!!」
彰も同様に前に走りながら『左手』を振るった。
「なっ!?」
彩香が驚愕を表す。
彩香の目がとらえた光景は、彰が左手に隠し持っていたナイフが自分向けて飛来するところだった。




