六十七話「会談三日目 中年能力者の試合2」
「その減らず口叩き割ってやる!」
「こっちこそ!」
まだ私、風野藤一郎が学生だったころ。
洋平と初めて戦ったのは、もう随分と昔の事だった。
風野藤一郎は中田洋平との試合に全神経を注ぎながらも、なぜか脳裏には今までの出来事が思い浮かぶ。
子供のころから洋平とは毎年能力者会談の度に会っていた。
あのころの洋平はとても我の強い性格で、それは私も同じだった。そのため会う度にケンカしてばっかりだった。
洋平と試合をしたのは高校生になってからだった。大人が「危ないから」と言って、それまでは許してくれなかったからだったはず。
初めての試合の日、私は打倒洋平に燃えていた。洋平も同じだったはずだ。
私も洋平もソリが会わない相手を一度倒してぎゃふんと言わせたかったのだ。…………ぎゃふんは死語だったな。
そして二人の初試合。
結果は僅差で私の勝ちだった。
「ほらみろ!」
私は洋平を指差して得意がった。
しかし、次の年。
「ざまあみろ!」
敗戦のショックから努力を積み重ねていた洋平に私は負けた。
そして意趣返しということで得意がられた。
そうやってお互いに毎年勝ったり、負けたりして時は過ぎ。
洋平は試合の時以外は性格が丸くなって、私は大企業の社長になって。
それでも今年も戦う。
理由は単純。お互い、相手に負けたくないから。
「ねー、タッくん。何で中田さんってあんなに早く動けるの? 確か身体強化の能力の効果って、体の耐久力を上げるだけだったよね?」
「だからこそだ。……純は筋肉が普段は全力を出せないようになっているって事を知っているよな?」
「うん。何かで聞いたことがあるよ」
「けれど耐久力が上がれば筋肉を限界まで酷使することが出来るから、普段は出せない速度で走ることが出来るし、通常以上の力で殴ることも出来るって事だ」
「そうだったんだ」
「それにスタミナも上がるらしい」
「至れり尽くせりだねー」
「そこだ!」
「甘いわ!!!」
雷沢と光崎が実況する間も風野藤一郎と中田洋平の戦闘は続く。
実況の二人が能力の説明というあまり戦闘の内容に関わりのないことを言っているのは、戦闘のリズムが早すぎてついていけないからだ。
局面の説明をしようにも次の瞬間にはがらりと状況が変わっている。なので、
「おおー、風野氏の攻撃がクリーンヒットだ!」
「中田氏が上手く攻撃をかいくぐって一撃を入れた!」
この程度の事を雷沢が叫ぶだけで精一杯である。
さらに戦闘が激しくなって、それすらも諦めた結果が先の実況だった。
「ハッ!」
一瞬の気の緩みも許されない戦闘の中、風野藤一郎が手に竹刀を一本、空中に竹刀を三本展開した。中田洋平に肉迫する。
スッ! スッ! スッ! スッ!
中田洋平に反撃の機会を与えないために、四本同時ではなくタイミングをずらした連続攻撃。竹刀が上から、下から、横から走って、縦に、横に、斜めに空間を切り裂く。
四本を同時に扱うのには並々ならぬ集中力が必要となる。能力を使い始めたばかりの彰には到底無理な芸当を、風野藤一郎は易々と行ってみせる。
しかし、それを全て応対する中田洋平も離れ技じみていた。
「このっ!」
四連続攻撃のうち、頭を狙ってきた二本目の攻撃だけ腕で防御。右腕、足、左腕を狙ってきた攻撃は無視する。
バシン!
当然、中田洋平の肌からは鋭い音が鳴るが、それを無視して正拳突きを放つ。
「おっと」
そのまま五回目の攻撃に移ろうとしていた風野藤一郎は体を引く。
中田洋平の戦い方はこうだ。
身体強化により耐久力の上がった体で受けられる攻撃はそのまま受け、急所などを狙われた時だけ防御する。
猛撃にさらされる合い間には風野藤一郎へ単発の蹴りなどの反撃を入れて、隙あらば連続技を叩き込もうとする。
これら高度な攻防が非常に早い時間の流れで行われていた。状況は一進一退の様相を呈している。
しかし、この試合の決着条件はどちらかが戦闘続行不可能になるか、負けを認めるかだ。つまり、引き分けになることはない。
終わらない勝負はない、ということで二人も優劣が分かれてきた。
「ここだ!」
「くっ!」
ビシッ!
攻撃をかいくぐって放たれた中田洋平の蹴りが風野藤一郎にヒットする。風野藤一郎は何とか防御するものの、衝撃を殺しきれず後ずさる。
試合開始からいくばくか経って。
優勢なのは中田洋平だった。
理由は単純だ。どちらも全力で戦って互角な以上、先に消耗した方が負ける。
風野藤一郎が息が上がっているのに対し、身体強化の効果により体力が上がっている中田洋平は表情が涼しいままだ。
スタミナ差がそのまま戦況に影響していた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「どうした、諦めたか?」
風野藤一郎は後ずさった先で、壁に手をつきながら敵をにらむ。その手には竹刀も何も持っていない。にらんだ先は余裕綽々な中田洋平。
中田洋平によって、風野藤一郎は一階の隅に追い込まれていた。後ろには壁が迫っている。
「諦める……わけが、ないだろう」
「息も絶え絶えなくせによく言うぜ」
隅に追い詰められたのは中田洋平が誘導したからだ。隅に追い込めば単純に逃げ場が少なくなるし、壁に囲まれれば風の錬金術による竹刀も展開しにくい。
つまり中田洋平がかなり優勢な状況だ。
――さて、これからどう動く?
毎年やっている二人の試合の中で、最も決着のつき方として多いのが風野藤一郎が序盤で一気に押し切るか、長期戦に持ち込んで中田洋平がスタミナ勝ちをするかだった。
「………………」
得意な展開に持ち込んだが、しかし無言でこちらを見る風野藤一郎の目からは強い意志が感じられる。
――まるで逆転の秘策があるようだ。……少し警戒しないとな。
観客席の彰も試合の行方を凝視していた。恵梨が張り詰めた緊張感に耐え切れず口を開く。
「どうなるんでしょうか?」
「さあな。……だがこのまま終わりそうにはないぞ」
ケンカに明け暮れた日々を送ってきた彰は、今の風野藤一郎のような目を見たことが何回もある。
追い込まれて、なお諦めていない者の目。
――この目をした敵は、例えどんなに自分が優勢でも注意する必要があるんだよな。手負いの獣ほど怖いものは無い、って言うし。
手負いの風野藤一郎が逆転をするか、中田洋平がそのまま押し切るか彰には分からないが――。
「すぐに決着がつくだろう。……どちらが勝つにしろ」
「………………」
ここがクライマックスと見て雷沢も盛り上げるべきなのだろうが、あまりの緊張感に余計な実況は入れない方が良いと判断した。隣の光崎も固唾を呑んで試合の行方を見守っている。
中田洋平が、試合場の能力者全員がある一点を注視する。
その視線の先、ピンチに陥った風野藤一郎の取った逆転の一手とは。
「少し話をしてやろう」
「…………は?」
息も絶え絶えなのに、そして試合の途中だと言うのに。――風野藤一郎は敵を相手に世間話を始めた。
「一ついい事を教えてやる。この度、アクイナスは鉄鋼系の事業も始めることにしたんだ」
「………………」
「どこがいい情報なのかという顔をしているな? ……例えば、これはまだ極秘中の極秘だから、株とかでも買えば儲けることが出来るんじゃないか?」
「………………」
「そのとき見たもので――」
「時間稼ぎのつもりか!? 笑えるわ!!」
最初中田洋平は風野藤一郎の真意が量れなかったが、所詮時間稼ぎでしかないという結論にたどり着いた。
それなら最後まで話に付き合う義理などない。
「息を整えるまでの時間を稼ぐつもりだったのかもしれないが…………もう終わりだ!!」
ダッ!
吼えた中田洋平は拳を握ってすぐに動き出す。
――藤一郎の目的が時間稼ぎなら、その目論見を真っ先に潰してやる!!
相手は後ろに引くことができず、横にも満足に移動できない。
防御をしてもコーナーに追い込んでる以上逃げられない。ならば、いつかはその防御を破ることが出来る。
「………………」
負けが迫っているというのに、風野藤一郎は何の行動も起こさない。
――それはそうだろう。何か行動が起こせるなら、時間稼ぎという最終手段をとるはずがない!!
「これで、詰みだ!!」
中田洋平が勝ちを確信して、殴りかかろうとしたそのとき。
風野藤一郎がポツリとつぶやいた。
「時間稼ぎ? ……違う。挑発が目的だ」
スッテーン!!!!!!!
中田洋平は何かに足を引っかからせて転んだ。
「グオッ!!!!」
くぐもった悲鳴を上げながら、中田洋平は全速力だった勢いを殺さずに体ごと壁に衝突してしまう。
常人なら惨事だが、例のごとく能力により体が頑丈な中田洋平にとっては、まだ耐えられるレベルだった。
――何だ!? 何が起こった!?
よろよろと体勢を整えながらも、中田洋平の頭の中は疑問符で埋め尽くされている。
屋外ならまだ石につまづいたとかがあるが、ここは室内だ。つまづくような場所はないだろう!?
そうして壁に手をつきながら立ち上がった中田洋平が転んだ辺りで見たのは、ちょうど足の高さほどにピンと張られた――。
「糸…………?」
「ワイヤーだ」
風野藤一郎が指摘する。糸とよりも硬質なそれは金属製のワイヤーだった。
「…………ワイヤー? なぜそんなものがこんなところに!!」
それでもなお残る疑問点。風野藤一郎は嘆息して言った。
「よく見れば分かるだろう。このワイヤーが緑色をしていることに」
中田洋平が極細いワイヤーを穴が開くほど見つめて分かったが、確かに緑色をしていた。
そこから導き出されるのは一つの事実。
「まさかおまえの能力で――!!」
「察しがいいな」
さっきとは位置が入れ替わって、部屋の隅の壁を支えに立つ中田洋平を悠然と見ている風野藤一郎。
「……そんなことができるっていうのか!?」
風の錬金術は金属を生み出す。だからワイヤーを生み出しても不思議は無いのかもしれない。
だから中田洋平が驚いているのはそこではなかった。
「去年まではそんな技使った事がなかっただろう!!」
そう。ワイヤーを張るということは動きを制限できる便利な技だ。だというのに風野藤一郎がそれを使ったのは初めてのことだった。
だからこそ中田洋平が警戒せずに突っ込んでひっかかったのだが……。
風野藤一郎はうなずく。
「そうだ。……去年、おまえに負けて私は非常に悔しい思いをしていた。
どうにかしたいと思っていた私は、さっきも言った通り最近仕事で鉄鋼系の工場に視察に行ったとき、ワイヤーが作られるのを見てひらめいてな。
……風を細いワイヤー状に金属化。初めての試みだったから最初は上手くできなかったが、イメージが重要なこの能力。練習を繰り返すうちにできるようになった。
全ては今年、おまえに勝つためにな」
ワイヤー練成は風野藤一郎が敗戦のショックから立ち直ってできた新技だったのだ。
風野藤一郎は能力を発動。
空中でワイヤーが作られて、中田洋平向かって飛んで身体に絡みつく。
「くそっ! 動きが!」
壁を使って固定されたワイヤーに雁字搦めにされ、身動きの取れないボロボロな中田洋平。
それを前にして風野藤一郎は静かに指を三本立てた。
「まあおまえが学ぶべきことは三つだな。
一つ。オッサンと呼ばれる年になった私たちだが、その気になれば新たなことに挑戦できると言うこと。
二つ。もっと注意深く周りを見ること。ワイヤーが極細いとはいえ、よく見れば分かったはずだからな。
そして三つ目。……おまえはこの私に勝てないということだな!!」
風野藤一郎は手に竹刀を握り、動けない中田洋平に対してフルスイング。
「この!! 覚えてろよ、藤一郎!!!」
「ああ、また来年な」
バシン!!
竹刀を振り切った姿勢で風野藤一郎は能力を使用。中田洋平を戒めていたワイヤーを解除して風に戻すと、グラリとその身体が崩れ落ちる。
さすがに中田洋平も、今まで受けたダメージ量に加えて全力の攻撃を食らい事切れた。
「…………試合終了!!!
中田洋平が気絶により戦闘続行不可能なため、この試合風野藤一郎の勝ちです!!!」
すかさず雷沢の声が飛んだ。
学生のころから、オッサンになった今もお互いに切磋琢磨しあっている両者。
今年勝利の女神が微笑んだのは風野藤一郎だったが、来年はどうなるか分からない。
オッサンたちは来年も、再来年も、そのまた次の年も戦いをやめないのだろう。




